8 ある男の心 ?視点
幼い頃、平民の母が亡くなり、父が貴族だったため、俺は父に引き取られ貴族となった。
引き取られたのはいいが、夫人や異母兄弟たちからのいじめられてよく怪我をしていたし、よく食事も抜かれていた。
俺には逃げる術もなくてただ耐えるだけの毎日。逃げたら逃げたで、また叩かれ、食事を抜かれる。
そんな辛い日々が何年も続いた。
ある日のこと、上位貴族が集まるお茶会が王宮で行われることになった。
この時、第二王子の婚約者や側近を決めるため、同じ年頃の令息や令嬢たちが呼ばれたんだ。
俺は夫人に文句を言われながらも公爵家の体面を保つために一張羅を仕立てられ、お茶会に参加した。
初めてのお茶会にマナーもわからずクスクスと笑われ、俺は逃げるように席を外し、中庭の奥にある噴水のある場所で一人時間を過ごしていた。
そこで俺は令息たちのからかいの対象になった。
妾の子だと言って同年代の令息たちは俺を笑い、噴水に突き落とそうとしていた時、小さな令嬢が目の前に現れる。
俺が九歳だから彼女は当時、五歳。あどけなさの残る子供だったのを今でも覚えている。
「ここに綺麗な噴水があると聞いてきたのに。みんなで何をしているの?」
「ハッ。ベルジエ家の子か。チビ、お前に用はない。弱っちい女のお前はあっちにいけよ」
一人の令息が馬鹿にしたように彼女に言うと、彼女はクスクスと笑い出した。
「私が弱っちい? 面白いね! 試してみよう?」
彼女は泣きだすどころか笑顔で彼らに挑もうとしている。幼いながらの無鉄砲さなんだろう。
ここにいる令息たちは第二王子の側近になるべくこの場にいる。騎士を目指している者や文官でもある程度剣術も嗜んでいるのだ。
小さな女の子がそんな彼らにかなうはずはない。
「は? 怪我したくなかったらあっちにいけ」
そう一人が声を掛けた時、彼女は笑顔で彼らに答えた。
「だって私より強い人に会ったことないもん。どうせ貴方達も弱いんでしょう?」
まさかこんなに小さい女の子が令息たちに喧嘩を売るとは思っていなかった。俺は彼女を止めに入ろうとした時、彼女満面の笑みを浮かべ、動き出した。
「いっくよー」
言葉と同時に素早い動きで令息たちを一気に叩きのめした。
彼女は幼いながらも魔力で身体強化し、自分より身体の大きな相手を難なく倒すと、不思議そうな顔をしていた。
「いってぇな!! やっちまえ!」
なんて言葉は聞こえてこなかった。
その小さな令嬢は瞬時に彼らの意識を奪っていたからだ。俺には彼女がどんな動きをしたのか理解できず、衝撃を受けた。
「大丈夫? お兄さんかっこいいね。でももう少し鍛えた方がかっこいいと思う」
「お嬢様、ここにいらしたのですか? 早く戻りますよ」
彼女を探していた従者が呆れたような顔をしながら中庭に戻るように話をする。
「はーい。じゃあね!」
彼女はそう言ってくるりと向きを変えて従者に手を引かれて去っていった。
彼女にとってはただ力比べをしたかっただけかもしれない。
彼女の動きを見て全くわからなかったのが俺にとっては衝撃的だった。
幼い女の子の動きとかけ離れていた。
凄い。
こんなに小さくて可愛い女の子が自分より身体の大きな男の子を一瞬で倒すなんて。
全身が震えた。
俺は彼女が去ってからも当分その衝撃で動くことができなかったのを今でも覚えている。
その後すぐに一緒に来ていた母君に先ほど受けた衝撃を話し、「彼女をもっと知りたい。彼女の傍にいたい」と話すと、彼女の母は『強くなったらね』と笑っていた。
俺も騎士を目指して訓練すれば彼女のように動くことができるのだろうか。
強くなりたい。
そう考えるようになり、翌日からは俺を馬鹿にしてきた教師に頭を下げ、俺は人が変わったように剣術の練習を始めた。
人と同じことをしていては彼女に追いつけない。
もちろん勉強も必死に頑張った。学生の頃は『からかいがいのないつまらない男だ』という評価だったが、俺にはクラスメイトの評価などどうでもよかった。
何年もの間、歯を食いしばり、必死になって彼女の影を追いかけた結果、国中で一番の猛者が集まっているという噂の王宮魔獣騎士団に入団できた。
俺自身が強くなると周りの評価も変わってきた。
この頃にもなると夫人も義兄たちも以前ほど手を出してくることは無くなり、嫌味を言うだけになった。
魔獣騎士団に入ると自分がいかに狭い世界で生きてきたのかを思い知らされる。
このままではだめだ。
もっと強い男になる。
そう思い、団長へ魔獣討伐の前線に立ちたいと願った。
父と仲のいい団長は渋い顔をしながら「そんなに望むのならまずは南の辺境伯領で修行してこい」と許可をもらい南の辺境伯領へ半年の間、赴任することになった。
「父上、魔獣討伐のため南の辺境伯領へ半年ほど赴任してまいります」
「……心配だ。お前が望むのなら止めはしないが、無理はするな」
「もちろんです」
彼女の活躍を噂で聞く度に「俺は彼女に相応しい男になっただろうか」と自問自答を繰り返している。




