33 マリリンの審査
「オルガ様、このままサラフィス公爵家に戻りますか?」
「いや、父にはこのままベルジエ侯爵領へ向かうと伝えてある」
!?
「お仕事の方は大丈夫ですか? ベルジエ侯爵領は魔獣の襲撃もよくあるし……」
私はレオ様のことを思い出し、来てほしいと言いづらかった。
もし、オルガ様がレオ様同様に私をドラゴン女だと言われたらどうしよう。
立ち直れないかもしれない。
私の不安など意に介さないかのように、オルガ様からは笑みが零れた。
「心配は無用だ。ベルジエ侯爵へ先触れを出し、許可を取ってある。
それに陛下からはこれまで取れなかった休みを頂いたし、父もベルジエ侯爵領へ行くことに賛成してくれている。
俺はジネット嬢のことをもっと知りたい。貴女がどんな生活をしているのか、何に喜びを感じ、何に心を痛めるのかどんな小さなことでも知りたいし、知っていきたいと思っている」
オルガ様の真っ直ぐな言葉で私の顔に熱が集まるのを感じる。
「……う、嬉しいです。オルガ様、これから大型のドラゴンに乗るのですが、大丈夫ですか?」
「ああ、小型のドラゴンには何度も乗っているし、問題ない」
それでもまだ不安は消えないけれど、心臓がトクトクと心地よく跳ねている。
王都の邸に戻ってきた私たちはいつもの動きやすい服に着替え、中庭で落ち合った。
「マリリン、お待たせ。今からオルガ様と一緒に領地に戻るわ」
グゥゥゥ。
マリリンは待っていたとばかりに私に顔を寄せてきた。
「オルガ様、この子が私の相棒のマリリエットグリーン(略してマリリン)です」
「美しい竜だ。私の名はオルガ・サラフィス。マリリエットグリーン、よろしく」
私はそう紹介するとマリリンはオルガ様を見て瞬きを一つした。
どうやらマリリンもオルガ様に挨拶してくれたようだ。
マリリンは態勢を低くし、私たちを乗せてベルジエ侯爵領へ向かった。
「オルガ様、ベルジエ侯爵領は魔獣が多くいますが大丈夫ですか?」
「俺はこれでも魔獣騎士団の副官だ。それに副官になる前は南の辺境伯領で魔獣討伐に参加していたんだ。魔獣の脅威も辺境伯の強さも理解しているつもりだ」
オルガ様の言葉に嬉しさが込み上げてくる。
この地を理解した上で望んでくれているということに。
嬉しさと気恥ずかしさを感じながら領地に到着した。
「ジネットお嬢様、お帰りなさいませ。オルガ・サラフィス公爵家子息、ようこそおいで下さいました。侯爵様がお待ちです」
ポートはそう言って私たちを執務室まで案内する。
「ジョセフ様、ジネットお嬢様がオルガ・サラフィス公爵子息とお戻りになりました」
私たちは部屋に入るとそこには父と母が待ち構えていた。
「お父様、お母様、ただいま戻りました」
「ジネット、お帰り」
「オルガ・サラフィスです。この度はベルジエ侯爵領で滞在の許可をいただき感謝しております」
「ああ、君の活躍は南の辺境伯から直接聞いている。サラフィス公爵からも連絡を貰っている。私はジネットと上手くやってくれればそれでいい」
「オルガ君。貴方、ジネットの傍にいたいと言っていたあの気持ちは今でも変わらないの?」
「マルフィア夫人、覚えていたんですね。俺はあれからジネット嬢に追いつくよう努力を重ねてきました。今もなお、ジネット嬢の夫になりたいと望んでおります」
父は過去の婚約者たちのことを懸念しているのか、慎重だったが、母はとんでもないことを口にしていた。
オルガ様と母は昔に話をしたことがあるのね。
話しぶりからしてかなり前のようだが、一体どんな話をしたのだろう。
「ふふっ、嬉しいわ。ジネットのことをそれだけ思ってくれていたなんて。王都と違い、ここでは貴方を狙う者も貶める者もいないわ。ゆっくり羽を休めてちょうだい」
「ありがとうございます」
父たちはオルガ様を歓迎してくれているようだ。私たちは執務室を出てオルガ様が滞在する部屋へ案内する。
「オルガ様、ここがオルガ様の部屋になります。先に届いた荷物はここにあり、あとでまた公爵家から届く予定ですので何か足りないものがあればいつでも仰って下さい」
ポートがそう言って退室する。
私たちが部屋に入り、少し話をしようと二人でソファに座ると、オルガ様が滞在中に付く従者がお茶を淹れる。
「オルガ様、前に母と話をしたことがあったのですね」
「ああ、ジネット嬢が四歳くらいの頃の話だ」
「四歳……? 随分と前の話ですね」
「そうだ。俺はまだひ弱でみんなから馬鹿にされていじめられていた。それをジネット嬢が助けてくれた。
その時に俺はジネット嬢のように強くなりたい。貴女の傍にいたいと思った。俺はそう思い、居ても立っても居られず、その足でマルフィア夫人に直談判したんだ。今思えばおかしな子だっただろうな」
オルガ様はお茶を飲みながら当時のことを思い出してクスリと笑っている。
「覚えているような、いないような……」
「ジネット嬢はまだ幼かったからな」
オルガ様はそう言うと、真剣な表情で私を見つめた。
「ジネット嬢、俺はあの当時から君と共に歩みたいと思い、君に似合う男になろうと努力してきた。君との婚約が決まった時、俺は天にも昇るような気持ちだった。
サラフィス公爵家とベルジエ侯爵家としての契約したのではなく、君を伴侶として婚姻したいと思っている」
私は彼の飾らない言葉に胸が高鳴った。
嬉しい。
本当に嬉しい。
本当に私でいいの?
私は騙されていない?
本当に?
ドラゴン女だと言われたらどうしよう。




