32 手錠を掛けた女の希望
「さあ、ジネットもオルガ君も一旦我が家へ戻ろう」
「「はい」」
私たちは父と一緒に席を立った時、サラフィス公爵が目の前にやってきた。
「ベルジエ侯爵、息子を助けていただいて感謝する。挨拶が遅れてすまない」
「サラフィス公爵、こちらは婿の命を助けたまで。そちらの内情は私のところへも聞こえております」
「すまない。オルガを家へ戻してくれるか?」
「夫人は落ち着いたのでしょうか」
「ああ、今は《《穏やか》》に過ごしている」
「そうですか。オルガ君、公爵と戻るか?」
「はい。ベルジエ侯爵、助けていただきありがとうございました。俺は戻ります」
「そうか。三日後、ジネットは領地に戻る予定だ。君が領地に来るのを楽しみに待っている」
「はい。ありがとうございます」
「オルガ様、無理しないでくださいね」
「ああ、大丈夫だ。必ず君の元に戻る」
オルガ様は目を細め、私の頬を撫でる。
その様子を父たちが見ていて気恥ずかしかったが今更よね。
父と私はオルガ様たちと別れを告げて馬車に乗り込んだ。
「ジネット、悔いはないんだな?」
「ええ、お父様。我が家を虚仮にして許されるなんて甘い考えは持っていません」
「そうだな。やるときは徹底的にやれ」
「はい」
そうして迎えた三日後の朝、私はケイティに磨かれ、そこには美しい令嬢が鏡に映っていた。
「お嬢様、素晴らしい。傾国の美女とはお嬢様のことです」
「ふふっ。ケイティ、ありがとう。ではいってくるわね」
そう言って馬車に乗ろうとした時、後ろから声が掛かった。
「ジネット嬢、待ってくれ」
振り向くと、そこにはオルガ様が立っていた。
「オルガ様……」
「セレスティナの所へ行くのだろう?」
「ええ、よいのですか?」
「ああ」
私たちはそれ以上言葉を交わさず馬車に乗り込んだ。
カラカラと進む音とが響く中、重い感情がずしりとくのしかかってくる。
オルガ様にはこの姿を見せたくはなかった。
「ジネット様、護送の馬車を見つけました。追跡します」
御者はそう言うと、セレスティナの乗っている馬車の後ろにぴたりと付けて走っていく。
馬車は一本道を引き返すせず、時折スピードを上げたり、落としたりしてこちらの様子を窺っているようだ。
そうして馬車は道幅が広くなったところで私たちの馬車を先に行かせようと横に避け停車した。
チャンスとばかりに私は護送の馬車の横に停め、動けないようにして馬車の扉を開いた。
「襲撃者だ!」
護送していた騎士たちが馬車の後ろから飛び降り、こちらへ向かってきたが、私とオルガ様の姿を見てあっさりと抵抗を止めた。
事前に話がついていたのかもしれない。
「さて、お邪魔しますね」
「オルガ! 私を助けに来てくれたのねっ!!」
車中では手錠で繋がれたセレスティナ王女が座っていた。
彼女はぼさぼさの髪に殴られたような跡が見える。
彼女を見て被害者たちの怒りが伝わってくる。彼女を恨む気持ちはこの程度ではないだろう。
「何を仰っているのかわかりません。オルガ様、セレスティナさんを助けたいと思っていますか?」
私は彼の答えは分かってはいたけれど、敢えて聞いてみた。
「いや? 最後を見送りに来ただけだ。俺の愛するジネットを害した者を許すはずがないだろう?」
「嘘よ! 嘘! 嘘!オルガ! オルガ!」
オルガ様はこれ見よがしに私の腰を抱き、頬に口づけする。
「オ、オルガ様っ」
「俺はずっとジネット嬢とこうしていたいが」
私は顔に熱が集まるのを感じるけれど、今は目的を忘れてはいけない。
私はオルガ様の腕をそっと離し、魔法でセレスティナの動きを止める。
私は笑顔でゆっくりとセレスティナに近づいていくと、彼女の目は恐怖の色に染まっていく。
「ふふっ、何をされるのか分からない恐怖が伝わってくるわ。大丈夫ですよ、手荒なことはしません」
私はポケットから小瓶を取り出し、セレスティナの口に液体を流し込んだ。
彼女の口を閉じ、飲み込ませた後、魔法を解く。
「馬鹿女! 何を飲ませたのっ!?」
「ああ、この薬は陛下も飲んでいる薬です。毒ではないので安心してください」
次第に彼女の目が赤く潤んできた。
……原液を更に濃縮させたものはやはり強力ね。何年くらい効果が持続するのやら。
「ああっ! オルガ! オルガ! ここに来てっ!早くきてよ。私、死んじゃうっ。私を慰めてっ」
セレスティナは苦しそうに叫び始めた。
「ふふっ、そのまま修道院へ向かうといいわ。オルガ様、私たちも王都へ戻りましょうか」
「いいのか? あれだけで。亡き者にするのだと思っていたが」
「ええ、私が直接手を下さなくても彼女を恨む者も大勢いますし、問題ありません」
「そうか。では戻ろう」
「はい」
私は叫ぶ王女を無視してオルガ様と一緒に馬車で王都へ戻った。
途中で何台かの馬車とすれ違うのを車窓から眺め、笑顔を浮かべる。
ふふっ、彼女は次の町で下級の娼婦として暮らすのかしら。




