3 クレマンティーヌ家の養女
私たちは二人改めて向かいに座りなおし、優雅にお茶をいただく。
「ふふっ。面白いことになりそうね」
「もうっ、マリーズ様。絶対からかっていますよね!? 私、びっくりしちゃったわ。今日はマリーズ様の婚約者の調査結果を報告しに来たはずなのに」
「あら、私は楽しかったわ。久々にジネット様が困っているところを見られたのですもの」
「もうっ、マリーズ様の意地悪っ。そうそう、書類をまとめておきました」
そう言うと、後ろに控えていた侍女のケイティが書類を差し出した。
「これは?」
「マリーズ様の婚約者のエリク・シャルドール様の調査結果です」
「相変わらず仕事が早いわね。行動調査の緻密さに感心するわ」
「ふふっ。私の特技ですから」
「そうだったわね」
「そうでなければ魔獣と渡り合えませんからね」
「でも、それだけでは跡取りにはなれないわ。私達には内緒にしているようだけど、ジネット様は騎士顔負けの怪力で大斧を自在に操ると聞いていますわよ?」
「バレないように隠していたのに……。やはり公爵家の力は侮れませんね」
マリーズ様は私との楽しい会話を続けながら報告書に目を通している。どうやら彼女は報告書を気に入ってくれたようだ。
「ジネット様がそこまで勧めてくれるのならこのまま彼と結婚しようかしら」
「マリーズ様はきっと誰よりも幸せになるはずよ」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。ジネット様はどうなの? レオ様と上手くいきそう?」
マリーズ様はどこか不安に思っていたのだろう。安堵の笑みを浮かべながら私のことを聞いてきた。
「……そうですね。まだ彼とは初対面だし、分からない、というところでしょうか。言動や行動の端々に不安が残りますね。父は婿が来たと喜びそうだけど」
「まあ、そうでしょうね。でもよかったじゃない。顔は良いんだし。私達は生涯独身を貫くことになると思っていたんだもの」
「マリーズ様は私と違って引く手あまたですのに」
「そんなことないわ。我が家は両親が厳しいですから」
マリーズ様はそう言うと、フッと笑みを浮かべた。
我が家の場合では生き残る婿が必要だが、マリーズ様の場合は筆頭公爵家に相応しい人を探さなければいけない。何より両親の溺愛ぶりは有名でお眼鏡に適う人はかなり少ない。
美しい彼女を望む人は多いが、声を上げることができないのが実情なのかもしれない。
「最近の王都の動きはどうなっていますか?」
「大きな動きはないわね。ああ、でも。一つ動きがあったわ」
「動き?」
「『クレマンティーヌ家の養女』の件と言えばいいかしら」
「クレマンティーヌ家の養女? あの男爵家がどうかしたのですか?」
男爵家は数多いが、クレマンティーヌ家は特段目立つものはなかったように思う。王都から少し離れたところに領地を持ち、資産家という感じではなかったはずだ。
彼女はふっと含んだ笑みを浮かべた。
……ああ、きっと醜聞めいた話なのね。
「男爵家が何かしたのですか? マリーズ様のことだから王家が絡んでいるような気もします」
「ふふっ。実はね、最近クレマンティーヌ家から王家に接触があったみたいなの。養女となった令嬢は今年でデビュタントらしいわ」
「……確か、貴族図鑑に新たに載った養女はミラという名前でしたっけ? 私達の二つ下の十六歳だったかしら」
そう口にすると、マリーズ様は小さく頷いた。
「彼女がどうかしたのですか?」
「ミラ嬢は王家の瞳を持っているみたいなの。夫人は既にお亡くなりになっているためどういった経緯でミラ嬢がお生まれになったか分からないのよね」
マリーズ様は私の前では包み隠さず満面の笑みを浮かべている。確かに《《色々と》》憶測を呼ぶような状況ね。
「なぜ今頃になって王家に接触してきたのかしら。デビュタントを機に、ということでしょうか」
「きっとそうよね。私も彼女のことはよく知らないけれど、何かは起こりそう。楽しみだわ」
マリーズ様は一波乱起こりそうだと面白そうに語っている。私は反対に少しだけ不安を覚えた。
一男爵令嬢の行動が多くの貴族を巻き込み、波紋を広げなければよいのだが。
「王族のデビュタントなら半年後、ですね」
「そうよね。王宮が主催する行事のあとに開かれる舞踏会ね。ミラ嬢は第三王女と呼ばれるのかしら」
「まさか。陛下のご落胤だと公式に認めてしまうとは考えにくいですね。王妃様が許さないのではないでしょうか」
「たしかに。今の王家は王妃様と側妃様から生まれたお子は五人もいるし、男爵家の令嬢がいまさら王族入りしたところで、ね」
「どんな令嬢なのか会ってみたいですね」
私も彼女が貴族に与える影響を考えると、不安に思うが、それ以上に興味が勝ってしまう。私の言葉にマリーズ様も笑顔で返す。
「ええ、半年後の舞踏会が楽しみね。ジネット様もレオ様と参加されると思うし、ちょうどいいわね」
「私のことはさておき、マリーズ様とエリク様の仲睦まじい姿を見せてもらいに領地から出てきますわ」
「ジネット様はこれから領地に戻る予定なのかしら? それともあと数日はタウンハウスに滞在するのかしら」
「私はこの後、領地へ戻ります。レオ様のこともあるし、あまり長い間領地を空けておけませんからね。ドラゴン便で帰ります」
「ドラゴン便、ね。さすが辺境伯様は違うわね」
マリーズ様はくすくすと笑う。
確かに貴族令嬢がドラゴンに乗って領地へ戻るのは私ぐらいだと思う。
「ではそろそろお暇しますわ」
「ジネット様、今日はありがとう。また半年後に」
私はマリーズ様に礼をした後、王都の邸へと戻っていった。
王都で滞在している邸は郊外にあり、王宮や貴族が住んでいるタウンハウスと離れている。
何故かというと、庭には小型のドラゴンや魔獣がいて近隣の住民に迷惑をかけないためだ。
我が家は魔獣と常日頃戦っているが、仕事はそればかりではない。
王宮には魔獣騎士団と呼ばれる騎士団が存在しているが、そこで騎乗される魔獣の殆どを我が領地で育てている。魔獣を育て、国に納品しているのだ。
納品前のドラゴンやヒポグリフなど様々な魔獣が庭にいるため、他の貴族の庭とは趣がまったく違うのは仕方がないわよね。
騎士団の訓練場のような我が家の庭には可愛い小型のドラゴンが私の帰りを待ってくれているの。
マリーズ様の馬車で家の前まで送ってもらい、お礼を言った後、邸に入った。