24 深夜の帰宅
「お嬢様、準備は出来ております」
「ケイティ、気が早いわ。まだ襲いにくるなんてわからないもの」
「あの王女様のことですから。目先のことしか見えていないに決まっています」
「……否定できないのが悲しいところね」
私はふうと立ち上がり、ドレスをたくし上げて武器を取り出す。
「短剣しか持っていないのが残念ね。でも本当に彼らは来るのかしら?」
「さあ、我がベルジエ家に盾突くのはどこの家の者ですかね」
私たちが準備をして待っている間に小さな鈴の音が鳴り、ふわりと目の前に手紙が届いた。
上質な紙に凹凸の加工がされていて封には家紋が付いている。
父からの手紙だった。
父からの手紙では陛下は視察を切り上げて既に帰途についているとのことだった。
陛下からは直接騎士団に連絡を取ったので私はこのまま帰っても問題ないらしい。
同封されていた紙には陛下のサインが書かれてあった。
「お父様からの手紙はもう帰ってもいいみたい。戦闘にならずに済んで良かったわ。ケイティ、帰りましょうか」
「はい、お嬢様」
私たちは持っていた武器を仕舞い、扉を開けた。すると警備をしていた騎士が驚いて帰ろうとする私たちを止めたけれど、陛下の指示だとサインを見せると頭を下げて通してくれた。
「お嬢様、お待ちしておりました」
我が家の御者が待っていてくれていたようだ。私はさっと馬車に乗り込んでタウンハウスへと戻っていく。
「お嬢様、準備できております。そろそろ日が暮れますが領地へお戻りになりますか?」
「そうね。暗闇に紛れて帰れば襲撃されることも少ないでしょうし、安全を選ぶのなら夜の方が安全よね」
私は従者たちの言葉に流されるように着替えて領地に戻る準備をする。
中庭では松明が点けられ、どこか緊張の糸が張り詰めている。
「ケイティ、準備はいい?」
「もちろんです」
「出立!」
数人の従者の小さな声で小型のドラゴンは中庭を飛び立った。
次第に闇が私たちを包んでいく。
幸いなことに月明かりに照らされ、航行には問題ない。
私は今日あった出来事を一人静かに思い出す。
オルガ様は大丈夫かしら。
私の心配する声はそっと夜の空に言葉は溶けていった。
「ジネットお嬢様、お帰りなさい!」
小型のドラゴンは中庭に降り立ち、厩務員に餌をもらい厩舎へと戻っていく。
「ただいま。夜遅くなってしまったわ。お父様たちはもう寝ているかしら」
父への詳しい報告は明日の朝にしようと思っていたけれど、邸に入った時、執事のポートは私が到着するのを待っていた。
「ジネットお嬢様、お帰りなさいませ。旦那様が首を長くして待っておられます」
「夜遅くなってしまってごめんなさい。今行くわ」
どことなく邸内は慌ただしい雰囲気だ。お茶会での出来事を鑑みていつでも動けるような態勢をしているのかもしれない。
私はケイティを連れて父の待つ執務室へと足を運んだ。
「お父様、ただいま戻りました」
父は不機嫌な顔でお茶を飲みながら待っていたようだ。隣には母の姿もある。
「ジネットお帰りなさい。王宮はどうだったかしら?」
母は微笑みながら聞いているが、手にはナイフを持ち、丁寧に布で磨いている。これは今から投擲するということかしら。
「私たちが考えていたよりもずっとお粗末なものでした。セレスティナ王女の茶番劇に皆が付き合わされてうんざり、といったところでしょうか」
「そう。セレスティナ王女には困ったものね。でも、もう成人を迎えたのだから我が家にケンカを売ったことをしっかりと理解してもらわないといけないわね」
「ジネット、王妃は出てきたのか?」
「いえ、ですが事情を聞いても私を領地に返すなと上からのお達しがあったようです。詳しい話はまた明日書類に纏めておきます」
「ああ、そうしてくれ」
「陛下は視察を取りやめて戻ると書いてありましたが、これからどうするのでしょうか」
「まあ、セレスティナ王女の廃嫡に動くしかないだろう」
「我が家を虚仮にして何もなかったでは済まされないからな」
「さっさとどこかへ嫁がせればよかったのに。馬鹿よね。まあ、ジネットが無事に戻ってこれて良かったわ」
「お母様。ご心配をおかけしました。王宮で襲撃されても返り討ちにしていましたが」
「そうよね! ジネットの強さを知らしめるべきだったかしら」
「陛下からの連絡があった。もちろんジネット、お前には何の瑕疵もない。
こちらで事前に得ていた情報を考えても警備に当たっていた騎士や参加者からの話、毒入りのお茶を出した侍女の証言からも無実だと証明された。
だが、王妃はセレスティナの可愛さにジネットを無理やり犯人に仕立て上げようと動いていたようだ。愚妃は害でしかない」
「お父様、陛下は王妃様を病にするおつもりですか?」
「いや、王女をどうするかにもよるだろう。切り捨てればまだ道はあるかもしれんな」
「レイニード王太子はどうされるのでしょうか。私が王宮に居た時も動く気配はありませんでした」
「ああ、王妃の息がかかっているからな。だが、王を継ぐ者としての自覚も出てきていると報告もある。陛下の代わりに動けるかどうか」
「その辺は後日知らせを待つだけですね」
「ああ、そうだな」
簡単にお茶会での出来事を報告し、この日はベッドに入った。さすがに疲れた。
まさか、あんな茶番劇をするとは思ってもいなかったし、あれに巻き込まれてしまうなんて考えてもいなかったもの。
母なら怒りに身を任せてその場でセレスティナ王女へナイフを投げていたかもしれない。
でも、いくら陛下しか知らないとはいえ、我が家は辺境伯なのに無下に扱えることが信じられなかった。
そんなに軽んじていい存在だと思われていたのだろうか。
取り巻きの貴族たちも数人の表情は優れなかった。
事前に分かっていたのだろうか。
王女を止められなかった家もあるようだった。




