19 バルべ伯爵家 レオ視点
「レオ、お前は一体何したんだ!?」
自室で休んでいると、父が怒りながら部屋に入ってきた。
「父上、どうしたのですか」
「お前は舞踏会でジネット嬢に何てことをしたんだ!」
「? いえ、何も?」
私は父の怒っている理由がよくわからなかった。
「勝手にベルジエ侯爵令嬢を妻に迎えたいとミュール公爵家でのたまい、ミュール公爵にもベルジエ侯爵にも頭を下げてようやく婚約者となったのに」
「その話のどこも可笑しくはありませんが」
「舞踏会の時、婚約者のジネット嬢と一曲しか踊らず、すぐにミラ嬢の手を取っただろう!? 王太子殿下の後に彼女と踊るということは、お前はジネット嬢がいながらミラ嬢を狙っていると言っているようなものだ。それがわかっていないのか!?」
「ですが、父上。ミュール公爵令嬢からミラ嬢と踊ってくるようにと言われたし、問題ありません」
「馬鹿なのか? いや、馬鹿だとは思っていたが……。試されていたとは思わなかったのか?」
父は眉を顰めた。
試されている……?
「本来ならそこで断り、ジネット嬢の傍にいることが婚約者だろう。他の令嬢とも楽しく踊っておいて婚約者は放置か」
父の怒っている理由がそこでようやく理解した。
何においてもジネット嬢を優先するべきだったか。
だが、ミラ嬢はジネット嬢とはまた違った可憐さを持ち、不器用ながらもダンスをする姿はとても新鮮で彼女に惹かれたのは間違いない。
『レイニードお兄様以外の男性とダンスはこれが初めてで……。こんなに素敵なレオ様と踊ることができて嬉しいです』
緊張しながらも懸命にダンスを踊り、顔を赤らめながら話すミラ嬢の言葉を思い出し、にやけが止まらないのは仕方がないだろう。
ジネット嬢も美しいが、どうせジネット嬢とこれから夫婦になるのだから一度や二度他の令嬢を優先したところでなんの問題もない。
そう思い、父の怒る理由を話半分で聞いていたのだが。
「ベルジエ侯爵令嬢との婚約は白紙になった」
父の言葉に耳を疑った。
「え?」
「婚約は白紙となった。よかったな。王家から口添えもあった」
「王家から……?どうして王家が我が家に?」
父は大きなため息を吐いた。
「お前が一番にミラ嬢と踊ったからだ」
ミラ嬢と踊った、から?
俺の中では疑問ばかりが浮かんでくる。父はまたあきれたようにため息を吐くと、口を開いた。
「あの場でミラ嬢は故ジョール大公の娘だと聞いていただろう? 母親は平民で最近まで平民として過ごしていた。大公は一代限りの爵位だ。
クレマンティーヌ男爵が王族の色を持つ彼女を見つけ、養子の手続きをしたと聞いている。ミラ嬢は平民として生活をしてきたということは教育も真面に受けてはおらんのだ。
この厳しい貴族社会で生き残る術を知らん。もちろんジョール大公の資産などとうの昔に国に返却されておる。彼女は資産もない。
そんな娘を嫁にするとなればどうだ? 夫の足を引っ張りかねない。王家が後ろ盾になっているとはいえ、彼女は今、男爵令嬢だ。クレマンティーヌ男爵のことだ、ここぞとばかりに婚約者の家に口を出してくる。
上位貴族は誰もミラ嬢を結婚相手に選びたくないだろう。そんな中、お前はミラ嬢と踊った。王家が見逃すはずはない」
鈍器で頭を思い切り殴られたような衝撃だった。まさか、そこまで考えていなかった。
「父上、まさか……」
「そのまさか、だ。王家からミラ嬢との婚約打診が来ている。王家からでは断る理由はない。我が家としてはベルジエ侯爵家に睨まれず過ごしていきたかったのだがな」
美しいジネット嬢と結婚後、王都で仲良く暮らしていくのもいいし、彼女が領地に戻っている間は妾でも作って楽しく過ごしていけたらいいなとさえ思っていた。
ミラ嬢は確かに可愛かった。
庇護欲を掻き立てられるような少女だ。
一緒に話もしたいし、食事だって誘おうかとすら思っていた。恋愛をするならミラ嬢のような可愛い令嬢としたい。そう思った。
だが、それはあくまでもジネット嬢が妻になるからという前提があった。
平民だった彼女に上位貴族として、伯爵夫人としてお茶会や舞踏会で貴族たちと渡り合うことができるのかといえば難しいのではないか。
背中に冷たいものが流れてくる。
「……父上。すみません」
「レオ、後悔してももう遅い」
「……はい」
私は浮かれてジネット嬢の気持ちに胡坐をかいた。その結果がこれだ。後悔しかない。




