18 初顔合わせ
王宮のホールで王宮の従者に案内され、私は中庭のガゼボへと向かった。
「ジネット・ベルジエ侯爵令嬢、今しばらくお待ちください」
そう言って従者はガゼボへと案内し、私は用意されていた椅子に座って待つことにした。
今の季節、少し肌寒い。
外でお茶を飲むのなら一枚羽織るのがちょうどいいくらいだ。
私は薄手のケープを羽織っていたが、少し心もとない気もする。
一人の従者が熱いお茶を淹れてくれる。
私はホッと湯気を感じながらお茶を口にしていると、オルガ副官が早足でこちらへ来るのがガゼボから見えた。
長身でグレーの髪は一つに纏められており、遠くからでも素敵な男性だとわかった。
彼の様子から王女の警備を一時的に外れてきたのだろう。
彼は私の元へとたどり着き、互いに挨拶をする。
「待たせてすまない。ジネット・ベルジエ侯爵令嬢、私の名はオルガ・サラフィスだ」
「オルガ・サラフィス公爵子息様、私はジネット・ベルジエと言います。この度、婚約のための顔合わせにお越しいただいてありがとうございます」
彼は私の向かいに座った。
「サラフィス公爵子息様、お仕事中に呼び出し、このような場を設けさせてもらい申し訳ありませんでした」
「いや、こちらの方こそベルジエ領からわざわざ来ていただいてすまない。ジネット嬢、どうか私のことをオルガと呼んでほしい」
「オルガ様、私のことはジネットとお呼びください」
「わかった」
「ジネット嬢、不躾なことで申し訳ないのだが聞いてもいいだろうか」
「はい」
「先日、新しい婚約者と共に王宮の舞踏会に出席していたと聞いたのだが、彼のことはよいのだろうか?」
私はお茶に口をつけていたけれど、フッと笑ってお茶を零してしまいそうになった。
「オルガ様、何も心配いりません。彼との婚約は王家の事情によるものでしたから……。オルガ様との婚約打診も同じような事情です。反対にお聞きしますが、問題ばかりある私でよろしいのでしょうか?」
「俺は婚約の打診があったこと、嬉しく思っているんだ。君と婚約したいと思っている。でも君のことを考えると迷う気持ちもある。本当に俺でいいのか」
私はオルガ様の言葉にトクリと心が跳ねた。
婚約を嬉しく思ってくれる人がいるなんて。
でも、レオ様のように女性が武器を持つことに忌避感があるかもしれない。不安を感じながら話を聞く。
「嬉しい、ですか?」
「ああ、とても嬉しい。俺はずっと公爵家から望まれてこなかった。俺には敵が多い。俺が近くにいれば危険な目に合ってしまう。本当にそれでもいいのだろうか」
オルガ様は公爵夫人や夫人の息子たちに疎まれてきたのだろう。
彼の仕草や言葉を見て感じる。
彼は嘘をつくような人でも、婚約者には誠実でありたいと思っていそうだ。
彼が真摯に向き合おうとしてくれるのはきっと公爵や愛妾だった母の愛情をしっかりと受けてきたのだと思う。
「私の方は何も問題ありません。身に降りかかる危険など自分で振り払える力を持っていますから。オルガ様のことも守ってみせます」
私が笑顔で話すと、オルガ様は少し緊張が解けたのかフッと笑みが零れた。
「頼もしいな。こうしてジネット嬢と話をして、君のことをもっと知りたいと思う。これからジネット嬢に手紙を書いてもいいだろうか」
「ありがとうございます。私もオルガ様とお話ができてとても嬉しいです。私も、オルガ様に手紙を書きます」
フッと零した笑みに私は彼のことをもっと知りたいと思った。
今まで自分はここまで男性に積極的だっただろうか。
ふわりと舞い上がりそうな心をどうにか鎮めようと視線を泳がすがオルガ様と視線がぶつかり、なんだか気恥ずかしくなる。
「っ。ジネット嬢、寒かっただろうか。自分のことに必死で気遣いが足りず、すまない」
オルガ様はそういうと席を立ち、自分の着ていた騎士服をそっと私に掛けてくれる。
彼の温もりが私の冷えた肌を包み込み、優しさが伝わってくる。
「あ、ありがとうございます。オルガ様は寒くないですか?」
「俺は常に鍛えているからこれくらいの寒さなら問題ない。ジネット嬢、「オルガ! ここにいたのねっ! 探したわっ!!」」
オルガ様の言葉を遮るようにセレスティナ王女は笑顔で駆け寄ってきた。
私たちはセレスティナ様を見てから立ち上がり、礼を執った。
「オルガ、楽にしていいわ。私、貴方のことを探していたの。さっきお父様がね、婚約者をそろそろ決めると言ってきたの。だから私、オルガが良いって言ったわ。オルガもそう思うでしょう?」
セレスティナ王女は私を無視してオルガ様だけに甘えるような声で話しかけている。
「国王陛下がお決めになることですから私からは申しあげることはできません」
オルガ様はセレスティナ王女に優しくそう答えた。
「私はオルガと結婚したいの。オルガじゃなきゃ嫌! だって私たちは相思相愛でしょう? お父様は私のことなんてちっとも考えてくれていないもの。オルガが傍にいないと私は死んじゃうわ。私が死んでもいいというのね」
彼女はそう言ってシクシクと泣き始めた。
今までも自分の思い通りにいかないとこうして泣いてわがままを通していたのだろう。
私は彼女の行動に呆れ、内心で大きなため息を吐く。
「セレスティナ王女殿下、ここは寒いですから、王宮へ戻りましょう」
「そうね。オルガ、お父様のところへ一緒にいきましょう。きっとオルガが言ってくれればお父様も聞いて下さるわ。二人、愛し合っているときちんと伝えるべきなの」
「セレスティナ王女殿下、王宮へ戻りましょう」
オルガ様が動き、彼の手が視界に入る。
彼の手は一瞬、私の手をキュッと包んだ。
セレスティナ王女は彼の一瞬の行動には気づいていないようでずっとオルガ様に話しかけている。
王女は私を無視したままオルガ様を連れて王宮へと歩き始めた。
セレスティナ王女の声が聞こえなくなり、ようやく私は礼を執るのを止め、立ち上がった。
彼は私に『申し訳ない』と言っているような動きだった。私は彼が触れた手を握り、彼の気持ちに触れた気がする。
「……ケイティ、顔合わせという目的は達成したわ。帰りましょう」
「畏まりました」
その場に居た王宮の従者たちも私たち同様に礼を執るのを止めて動き始めた。
きっとセレスティナ王女の行動は陛下に筒抜けだろう。
そうして私はタウンハウスへと戻り、着替えをしてから領地へと戻った。




