16 新しい婚約者
「ジネットお嬢様、おはようございます」
「……ケイティ、まだ眠いわ。今日はまだ寝ていてもいいんじゃないかしら」
「お嬢様、奥様がお呼びです」
「わかったわ」
私はあくびを抑えつつ服に着替え、そのままサロンへ向かった。
「お母様、おはようございます」
「ジネット、おはよう。起こしてごめんなさいね。少し聞きたいことがあったの」
私は執事にお茶と軽食を出してもらい、軽く食べ始めた。
「聞きたいことですか。なんでしょう?」
「レオ・バルベ伯爵のご子息のことよ。彼のことをどう見ているのかしら?」
どう思っている、ではなくどう見ている、か。
「私から見たレオ様の領地経営は並み程度です。人脈を築いていく人当たりの良さもあり、将来領主としては平凡よりやや上だと思います。ですが戦闘面では戦略を立てることは不得手で戦闘自体は中の下といったところでしょうか。バルベ伯爵家を継ぐには問題ありませんが、ベルジエ家の夫としては不適任だと考えます」
母は私の言葉を聞き終わると、笑顔でお茶を一口飲んだ。
「よかったわ。恋愛感情にかまけて物が見えなくなっているかと思っていたのに」
「お母様、それとこれは別です。確かにレオ様の見目は美しいとは思いますし、私を好いてくれることは嬉しかったです。否定はしませんが、彼には不安になる要素が多いです。結局のところ、私は感情よりも理性が強かったのだと思います」
「ふふっ、誰に似たのかしら」
「お母様、呼び出した理由はこのことですか?」
「ジネットがまだレオ君のことを好きならどうしようかなと思って聞いてみたけど、大丈夫そうね」
「?」
母は面白そうだと満面の笑みを浮かべて執事に指示をすると、執事は数枚の紙を持ってきて渡してくれる。
紙に書かれていたのは――新しい婚約者の身辺調査だった。
「オルガ・サラフィス公爵子息です、か?」
「あら彼を知っているの?」
「セレスティナ王女のお気に入りと名高い彼ですよね。それくらいは知っております」
「ふふっ、なら話は早いわ。彼が次の婚約者よ」
母の笑顔を見て気が重くなった。厄介事が襲い掛かってくる予感しか見つけられない。
「お母様、楽しんでいますね?」
「ええそうよ? 一人の男を巡って二人の女が争うなんて面白いじゃない」
「私は全然面白くないのですが……。まあ、わかりました」
「楽しみにしているわ」
「時々母がオーガに見えます」
「あらあら。それは嬉しいわ! 領地に湧く魔獣を殲滅していけるもの」
「……」
時々母の思考が可笑しいところへ飛んでいくのは仕方がない。改めてオルガ・サラフィス公爵子息の身辺調査の紙を読む。
彼は現在二十三歳で魔獣騎士団の副官を務めており、セレスティナ王女の意向で王女の警護を担当している。
私の聞いた話と大差はないが、身内の内情やセレスティナ王女との関係などは詳しく書かれている。私としてもこの書面を見る限り、とても良さそうな方なのだと思う。
自分が思っているより気持ちの切り替えが早くて苦笑してしまう。
オルガ様は若くして魔獣騎士団の副官まで上り詰めるほどの実力者で可愛い王女のお気に入りとくれば同僚などのやっかみも多そうだ。彼の周りは敵だらけね。
「お父様は何か言っていましたか?」
「ジョゼフ? うちの娘にわざと屑を押し付けやがってと怒っていたけれど、オルガ君は婿に迎えたいって前向きよ」
「押し付ける、やはり彼を焚きつけたのは陛下だったのですか?」
「そうね。浮気性の彼にサラ嬢の婿には向かないって思ったんでしょうね」
私ならいいと……。
なんだか色々とモヤモヤするが、父が怒ってくれたのなら許すしかない。それに婚約も解消すると決まっているでしょうから。
オルガ様はどんな方かしら?
ここに書かれている通りの方ならいいな。
「ジネット、話の途中で花畑の世界に飛んでいくのはやめて、来週、王都へ飛んでちょうだい」
「分かりました」
先ほどとは違い、母は真面目な顔でそう話をしている。
「先ぶれは出しておいたわ。オルガ君を見定めてきなさい」
「はい」
呼び出された理由はこれか。昨日の今日で。相変わらず動きが早い。
私は一旦部屋に戻り、着替えてからマリリンの元へ向かった。
「マリリン、一緒に湖に行かない?」




