14 物憂げな表情をしている彼
彼はミラ嬢と踊った後、令嬢たちと笑顔で踊っている。私はその姿を見て重い息を一つ吐き、父の元へと戻った。
「ジネット、もうダンスはいいのか?」
父は入れ替わり立ち替わりする貴族たちからの挨拶の合間に、私に言葉をかけた。
「ええ、構いません。ミラ嬢はとても可愛い令嬢でしたね」
「ああ、そうだな」
父も母も既に察しているのだろう。それ以上問うことも聞くこともない。
一部の貴族たちも気付いているのだろう。
誰もが『ああ、また駄目だったのかと思っている』に違いない。私の婚約者について触れようとしないもの。それがかえって私を傷つける。
着飾った令嬢たちと楽しそうに話をしているレオ様と目が合った。
彼は微笑みながら小さく手を振り、こちらに歩み寄ってきた。その姿にまた心がずしりと重く苦しくなってくる。
「ジネット嬢、ごめん。待たせてしまった。なかなか彼女達が放してくれなくて」
笑顔で戻ってきた彼に微笑みを返した。
「もう良かったのですか?」
「ああ、構わない」
「こちらも挨拶は一通り終えたし、私達もそろそろ戻りませんか?」
「いいのかい? 私も挨拶しなくて」
「ええ、問題ありません。父達が挨拶をしていますから」
「私たちはまだ少し仕事が残っているから、ジネットたちは先に帰ってちょうだい」
珍しく母が笑顔で私達を帰るように促している。
……笑顔の裏に笑っていない目を見れば理解できるだろう。彼以外は。
「わかりました。では家まで送るよ」
「ありがとうございます」
「……」
「……」
悲しいかな。
私と彼の沈黙はきっと違うものだと思う。だって彼の目には既に私が映っていないもの。
私は彼のエスコートで馬車に乗り込んだ。
静かな車内にはカラカラと車輪の音だけが振動とともに響いていた。
月明かりが心恋しげな表情をした彼を照らしている。
だめね。ちゃんと切り替えないと。
馬車はベルジエ家へと程なくして到着した。
「レオ様、今日の舞踏会楽しかったです。本当にありがとうございました」
「ああ。こちらこそ。美しいジネット嬢とダンスが出来て嬉しかった。明日には領地に戻るのかな?」
「ええ、父達と戻る予定にはしています。レオ様、今度はいつ領地に来られますか?」
「んー。騎士の仕事も立て込んでいるし、当分は無理かもしれない」
「……わかりました。今度会う時を楽しみに待っていますね」
「ああ、私もだ」
こうしてレオ様は伯爵家の馬車に乗り換え、彼はバルベ家へと戻っていった。
「お嬢様、おかえりなさい」
「ケイティ。疲れたわ」
私はケイティと共に部屋へ入りドレスを脱ぎ捨てベッドに勢いよく倒れ込む。
「お嬢様、お行儀が悪いですよ。せめて化粧を落としてください」
ケイティはやれやれと言いながら濡れたコットンを持ち私の顔を丁寧に拭いていくれる。
「はあ、最悪。今日は本当に最悪だったんだから」
「例の婚約者様のことは聞いております」
「さすがケイティ。耳が早いわね。あのウエイターから?」
「そうです。私があの場にいなくて良かったです」
「確かにそうね!」
私はくすくすと笑い少し気持ちを落ち着かせる。
父たちは今、何を話しているのだろう。
あとで聞かないといけない。レオ様とのこれからを考えないといけないし、そうなってくると新しい婚約者も見つけなければいけない。
まだ領地のこともあるし、マリリンのお世話もある。
考えることが面倒になってきた。
全てのことが面倒。
投げてしまいたい。
何も考えずに、邪魔されることなくゆーっくりと寝て、好きなことをして遊んでいたい。
そう思いながらごろごろとベッドの上を転がり、父達の帰りを待つことなく一足先に眠りについた。




