13 彼への気持ち
「レオ、様?」
「あ、ああ。ジネット嬢。どうしたんだ?」
「いえ……」
「ジネット嬢、私達《《も》》そろそろ戻ろうか」
「……はい」
ああ、そういうことなのね。
その思いはストンと腑に落ちた。
それと同時に私の気持ちも切り替わる。
自分でもおかしいくらいに。
今までの自分ってなんであんなにウジウジしていたのだろう。
ほんの少し前の自分を殴れるものなら殴りたいほどだわ。
ため息が出そうになるのを堪えていると、後ろから声が掛けられた。
「ジネット様、おひさしぶりですわね」
「マリーズ様! おひさしぶりですわ」
振り向くとそこにはマリーズ様と婚約者のエリク様が仲睦まじげに立っていた。マリーズ様は私を見て目が笑っている。
きっと彼の行動を見ていたのだろう。
「レオ・バルベ伯爵子息様、ジネット様をお借りしても?」
「ええ、構いません」
「今回の主役であるミラ嬢がダンスのお相手を探していたようですし、声をかけてあげて欲しいわ」
「わかりました。ジネット嬢、すぐ戻ってくるから」
「はい」
レオ様は私の手の甲にそっとキスを落とし、彼は意気揚々とこの場を足早に去っていった。
「あらあら。彼はどうするのかしら? 先ほどミラ嬢の紹介の時、彼はジネット様に声を掛けた時と同じように見つめていたけれど、ねえ?」
「そうですね。彼はミラ嬢と新たに婚約されるかもしれませんね」
「あら、折角できた婚約者なのに手放してもよろしいの?」
「彼を一ヶ月の間、見ていましたが、領地で生き抜くのは難しいですね。彼のことを考えるなら私から解放してあげたほうがいいと思います」
「あらあら。相変わらずジネット様は優しいこと」
マリーズ様は面白そうに扇を仰ぎながら話をしているとエリク様も話しかけてきた。
「ジネット嬢、私から見ても彼は不誠実だと思う。早めに切り替えて新たな婚約者を探したほうがいい。ジネット嬢のお眼鏡に叶う男か……。魔獣騎士団のオルガ・サラフィス副官はどうだろうか。彼はまだ独身だし、剣の腕も素晴らしい」
レオ様は満面の笑みを浮かべながらミラ嬢にダンスを誘っている。
ミラ嬢はやや俯き加減で顔を真っ赤にしながら承諾したようだ。レオ様のエスコートでホールの中央まで行き、二人は踊り始めた。
私たちはその様子を横目で見ながら会話を続ける。
「あら。でも彼はセレスティナ王女のお気に入りよ? 王女が手放すとは思えないわ」
「王女は彼と結婚を望んでいるが、彼の出生問題や跡取りではない彼に嫁ぎ先としては相応しくないと陛下から別の婚約者を宛がうような動きが出ているらしいんだ。オルガ副官は狙い目だと思う」
確かオルガ・サラフィス副官は公爵家の出だけれど、公爵の愛妾の子だったはずだ。既に公爵家には男児が三人いて後を継ぐわけではない。
それに彼は本妻からも跡取りからも嫌われているという話だ。
公爵が彼に持っている爵位の内の一つを渡したところで公爵家の後ろ盾はもらえない。それどころか攻撃される恐れもある。
それであれば魔獣騎士団の副官としてこのままでいる方が安定しているのかもしれない。
内情を調べなければもっとも詳しいことはいえないが。
「まぁ、オルガ副官は実直な方だと聞いているけれど、セレスティナ王女のお気に入りなら早々手を出すわけにはいかないわ。陛下も王女には甘いし、様子見ね」
私はマリーズ様の言葉を聞いてついフッと笑みを溢した。
「ジネット様、何か変なことでも言ったかしら?」
「いえ、ここへ来るまでの間、ずっと考えていたんです。私なりにレオ様のことを好きになっていたのだと。
だから王都に戻ってからの彼の行動も嘘だと信じたい。足りないところは私が支えなくてはいけないと不安を抱えながらどうすればいいのか悩んでいました。
でも……。
今の彼の行動を見て、ミラ嬢を見る彼を目の当たりにして、何か自分の中でスッと割り切れたというかなんというか。
マリーズ様達と一緒に次の婚約者について考えている自分がいて、こうも自分の中であっさり割り切れたと思うと自分に笑えてしまったんです」
私の言葉を聞いたマリーズ様は満面の笑みを浮かべる。
「あら、よかったじゃない。いつものジネット様に戻ったのだと思うもの。ジネット様でも恋する気持ちがあって良かったとは思いますが、ゴミを掴むくらいならいくらでも目を覚まさせてあげるわ」
「ふふっ、ありがとうございます。恋って難しいですね。気づかない間に周りが見えなくなっていました。いい経験をさせてもらいました。オルガ副官のことは父に話をしておきます」
「ええ、そうした方がいいわ。今度こそ上手くいくといいわね」
「マリーズ、そろそろ私達も踊りに行こうか」
「エリク様、行きましょうか。踊った後に挨拶周りが待っていると思うと面倒だけど、お伝えしないといけないこともできたし、楽しみだわ。ふふっ。ではジネット様、ごきげんよう」
マリーズ様は何か思いついたらしく、いたずらっ子のような笑みを浮かべた後、二人はお互い見つめ合い、笑顔で去っていく。
マリーズ様も公爵家の跡取りとして色々苦労している方なので良き伴侶に恵まれたことが私も自分のことのように嬉しい。
それと同時に二人の仲睦まじい姿を見て、私も夫となる人とああなりたいな、と羨ましく思う。




