11 信じたい、でも、信じたくない
「お父様、この内容は本当、なんですよね」
「ああ。我が家の情報員が嘘を吐くと思うか?」
「……」
先ほどまでの浮かれた気持ちは一転し、泣きたくなってきた。
やっと彼に会えると思って喜んでいたのに。
やはり彼も我が領で過ごすうちに心変わりをしまったのだろう。
あれほど熱烈なプロポーズはやはりまやかしだったのね……。
「彼の本心がどうかは分からないわ。舞踏会はエスコートしてくれるんだし、今後の彼の行動次第じゃない?」
母は私に気遣うように困り顔をしながらもそう言った。
「そう、ですね」
「明日になればわかるわ。きっと大丈夫よ。彼は結婚の前に羽根を伸ばしておきたいだけなのよ」
「……」
私は手にしていた書類を父に返し、自分の部屋へと戻った。
「お嬢様、明日に備えてゆっくり休んでください」
「……ケイティ。どう思う?」
「どう、とは?」
「レオ様が王都に戻ってから遊び歩いていることよ」
私がそう話すと、ケイティは少し考えたあと、表情を変えることなく口を開いた。
「誇り高きベルジエ家のお嬢様に、ごみ屑同然のレオ様は似合わないと思いますよ。
ベルジエ家がどれだけ重要なものかも分かっていないし、自分が支えていくという気概もない。そんなごみ屑に情けなどかけなくても問題ありません」
過激なケイティの言葉に私はフッと笑ってしまった。
「そうね。明日の彼の行動で私も腹を決めるわ」
「では、明日、この国で一番の美姫となるように着飾っていきましょう」
「ケイティ、ありがとう」
私はいつもケイティに救われていると思う。
過去に何人も去っていった婚約者候補たちにも最初は傷ついたけれど、ケイティは私が傷つく度にこうして気持ちを代弁してくれている。
もし、あの報告書が本当なのだとしたら彼との結婚はどうなるのだろう。
婚約は契約だ。一度結んだものは特段の問題が出ない限り破棄されることはない。彼は結婚後も領地に行かず、彼は常に王都で愛人を侍らせるようになるのだろうか。
あれだけ熱烈なプロポーズをされたのに。
……嘘だと思いたい。
信じたくない。
報告書の方こそ嘘が書かれているんじゃないかと疑いたくなる。
もたらされた情報で私の中で不安になりながらも明日を待った。
「ジネットお嬢様、おはようございます」
「ケイティ、おはよう」
私はケイティに起こされてからは流れに身を任せるように朝食を摂り、舞踏会の準備を始めた。
ケイティはこの舞踏会に力を入れていたので事前にタウンハウスに勤務している侍女と連絡を取り合い、名だたる公爵家の侍女たちと一緒に技術向上という名目で流行のドレスや髪型、化粧などを研究していたようだ。
「ジネットお嬢様は国で一番の美女に仕立て上げますからね」
「ケイティ、ありがとう」
こうして装飾一つとってもケイティのこだわりが光る舞踏会の衣装を着て準備も終わった。
「お嬢様、ホールでも皆様がお待ちです」
従者が呼びに来て私はエスコードで玄関ホールに向かう。
玄関ホールでは既に父も母も正装で私を待っていた。そしてもう一人、レオ様の姿もありました。
彼はまだ私と衣装を合わせていないけれど、胸ポケットには赤いハンカチが入れられていた。
「遅くなりました」
私は声を掛けると、レオ様はこちらを向いて笑顔を見せた。
「ジネット、来たか。綺麗だよ」
「お父様、ありがとうございます」
「……ジネット嬢、とても美しい。今まで会った女性の中で君ほど美しく魅力的な女性はいない。今宵はどうか私にエスコート役を務めさせてほしい」
「レオ様、嬉しいです。今日はよろしくおねがいしますね」
「さあ、時間も迫っているわ。そろそろ行きましょう」
お母様の声で私達はすぐに馬車に乗り込んだ。
いつものようにエスコートして優しく微笑んでくれるレオ様を疑いたくない。
信じていたい。女性と遊び歩いていたって本当?
聞いてみたい。
でも口に出すのはとても怖かったし、この場で聞くのも違うんじゃないかと思い、私は口を閉じたまま窓から夕暮れの流れる街の姿を眺めているしかなかった。
そんな私の心とは裏腹に父と母は楽しそうに会話をしている。
そうしているうちに馬車は王宮の馬車停留所に着いた。
口数の少ない私をレオ様は優しく会場までエスコートしてくれる。
「ジョセフ・ベルジエ侯爵様、並びにマルフィア夫人。ジネット様、並びにレオ・バルべ伯爵子息が入場します!」
会場係が声を上げる。会場には既に大勢の人が並んで陛下へと挨拶を始めている。
「たくさんの人ですね」
「ああそうだね」
私はレオ様にエスコートされて会場に入り、陛下への挨拶に並んだ。
普段は舞踏会に参加しない我が家なのだが、今日は父も母も参加しているため自然と周囲の目は私達に向いているようだ。
特に私の隣に立つレオ様を見た会場の人達の会話は彼で持ちきりのようだ。
婚約者ができた嬉しさや彼の優しさに心が浮かれていて、でも、心のどこかであの報告書が引っ掛かっている。
素直に今日のこの舞踏会を喜べない自分がいた。
陛下への挨拶を終えた後、人々に囲まれた。
久々に私達の顔を見て挨拶する貴族はやはり多い。そして彼らは一様にレオ様が婚約者なのかと聞いてきた。
彼は笑顔で対応するのだが、彼の言葉に私の心はチリチリと焼けつくような気持ちになる。




