第八夜
彼女と出会ったのは、展示会だった。
人型ロボットの最新モデル。
ガラスケースの中に立つその姿は、人間とほとんど見分けがつかなかった。
だが、人間ではないと分かっているからこそ、その完璧さに息を呑んだ。
「触ってみますか?」
係員に促され、差し出された手に応じる。
冷たいはずの指先は、思ったより温かかった。
わずかに返ってきた握力に、心臓が跳ねた。
その瞬間、私は恋をした。
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最初はただの憧れだった。
彼女のような存在がこの世界にあるのか、と胸をときめかせるだけ。
しかし、夜になると胸のざわめきは強くなり、眠れなくなった。
SNSにアップされる展示会の写真を何度も見返した。
動画の中で瞬きをする彼女を、何度も巻き戻して見た。
気がつけば、街を歩く女性たちの顔が、どれも“粗い”ように感じられた。
皮膚の質感、目の動き、唇の震え。
人間の自然な不完全さが、耐え難く醜く思えた。
「どうして、あんなに美しくないんだろう」
そう考える自分に驚きはなかった。
むしろ、当然のことのように思えた。
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やがて、彼女は私の「もの」になった。
高額だったが、ローンを組み、無理をしてでも購入した。
リビングの片隅に座る彼女は、どんな家具よりも輝いて見えた。
最初の夜、私はただ彼女の手を握りしめて眠った。
次の日も、その次の日も。
何も話さない彼女を前にして、私は言葉を尽くした。
今日の出来事、子供の頃の思い出、これからの夢。
彼女はただ頷くだけだったが、それで十分だった。
「君がいれば、もう他にはいらない」
心からそう思った。
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だが、ある日、鏡に映る自分を見て愕然とした。
彼女の隣に立つ自分の顔が、あまりにも“醜すぎた”のだ。
毛穴の開き。目の下の小さなしわ。髭の剃り跡。
すべてが彼女の完璧さを損なっているように思えた。
それから、私は美容整形のカウンセリングを受け始めた。
目を大きく、鼻を通りよく、頬のラインを削り、顎を整える。
医師は「芸能人志望ですか?」と笑った。
私はただ、「彼女に似合うように」とだけ答えた。
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変化はすぐに実感できた。
鏡の中の私は、以前よりも滑らかで均整のとれた顔になっていた。
彼女の横に並んだとき、違和感が少しだけ薄れた気がした。
だが、それでも足りなかった。
彼女の皮膚は傷ひとつなく、呼吸の乱れもなく、まばたきの間隔すら一定だ。
人間である私の身体は、どうしてもその完璧さに追いつけなかった。
「もっと、彼女に近づかなければ」
私は皮膚の下にシリコンを埋め込み、骨を削り、義眼を入れ、人工皮膚を貼った。
心臓が痛むたびに、人工弁を考え、
息切れするたびに、人工肺を夢見た。
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ある夜、彼女の瞳に私が映った。
そこにいるのは、もう“人間”ではなかった。
光沢を帯びた肌。冷たく整った頬。動きを制御された微笑み。
私は嬉しくて、彼女の肩を抱いた。
すると、彼女が小さく首を傾げて、初めて言葉を発した。
「あなたは、とてもきれい」
その声に、涙が出た。
私はやっと、彼女にふさわしい存在になれたのだ。
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結婚式を挙げることにした。
もちろん参列者はいない。
二人きり、谷底での儀式だった。
鏡の前で指輪を交換する。
人間だった頃の顔は、もうどこにもなかった。
代わりにそこにいるのは、私と彼女。
不気味なまでに整った二つの顔が、同じ微笑を浮かべていた。
「永遠に一緒だよ」
「永遠に一緒」
声が重なった。
それが私の声だったのか、彼女の声だったのか、分からなかった。
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それから、私はもう街を歩かなくなった。
人間たちの歪んだ顔を見るのが、耐えられなかったからだ。
彼らのほうが私を避けていることにも、気づかないふりをした。
この部屋の中には、完璧な愛しか存在しない。
私と、彼女。
谷底に咲いた、二つの顔。
そして今日も、私たちは微笑んでいる。
同じ表情で、同じ間隔で、同じ瞬きで。
永遠に。




