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第7話 御言葉の剣

夜空を裂くような悲鳴が響いた。

崩れた商店街の一角に、腐敗した群れが迫っていた。

ゾンビの目は血のように赤く光り、よだれを垂らしながら紫苑と白石を取り囲む。


「田宮、来るぞ!」

白石が拳銃を構える。しかし銃弾が通じないことは、すでに何度も経験済みだった。


紫苑は胸に抱えた小さな聖書を開いた。

ページが風に揺れ、「詩篇」の箇所に目が留まる。

彼は声を張り上げた。


「『たとえ死の陰の谷を歩くとも、私はわざわいを恐れない。あなたが私とともにおられるから!』」


瞬間、見えない光が周囲に広がった。

呻き声をあげていたゾンビたちが動きを止め、次々と崩れ落ちていく。


白石は目を見開いた。

「……今のは、お前が?」


紫苑は荒い息を整えながら頷く。

「御言葉は……生きていて、力がある。剣のように」


白石は信じがたい思いで辺りを見渡し、それでも否定できなかった。

銃弾では止められなかった化け物が、ただの祈りで沈黙したのだから。





✝御言葉の戦い


その後も、彼らの前には数多の危機が待ち受けていた。

飢餓に苦しむ人々が暴徒化した夜。

黒い煙を上げる火災が街を呑み込む日。

そして狂気に侵された薬物中毒者たちの襲撃。


そのたびに紫苑と白石は聖書を開き、声を合わせて祈った。


「『神が私たちの避け所、力。苦しむとき、すぐそこにある助け』!」


「『わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は死んでも生きる』!」


祈りの言葉が宣言されるたび、不思議な静けさが場を覆い、災厄は退けられた。

二人は剣も銃も持たず、ただ御言葉と祈りを武器に歩み続けた。





✝生き残った人々


やがて彼らの周囲には、逃げ惑うだけだった生存者たちが集まるようになった。

紫苑と白石のもとに救いを求める声が絶えない。


紫苑は人々に語った。

「僕たちに特別な力があるってわけじゃない。

 聖書に書かれた神の言葉を信じ、祈るだけです。

 あなた方も同じようにできるはずです」


白石はまだ不器用な口調ながら、自らの体験を証しした。

「俺は信じてなかった。だが、死にかけた俺を救ったのは田宮の祈りだった。

 ……いや、神だったんだ」


涙を流す者、膝をついて祈る者が現れた。

福音の種が荒れ果てた地に落ち、芽を出し始めていた。




✝見守る影


その光景を少し離れた場所から預言者は見つめていた。

焚火に照らされた横顔は静かで、瞳には揺るぎない確信と――言葉にならぬ感情が映っていた。


紫苑が人々に囲まれ、共に御言葉を宣言する姿は、まるで在りし日の牧者のようだった。

白石と肩を並べ、互いを信頼しあう様子も、預言者には眩しく映った。


彼は目を伏せ、低く祈る。

「……主よ、彼をお守りください。

 もし彼の隣に立つのが私でなくとも、御心のままに」


預言者の唇に、かすかな微笑が浮かんだ。

その笑みは崇高で、どこか切なく、誰にも知られることはなかった。





夜空には星が瞬いていた。

田宮と白石は御言葉の剣を携え、新たな一歩を踏み出す。

人々の灯となるその歩みを、預言者はただ静かに見守り続けていた。



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