表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/9

第6話 狭き門の友

夜明けの空は灰色に澄み、瓦礫の街を静かに染めていた。

昨夜の狂気が嘘のように、世界は沈黙している。


紫苑は白石の腕を支えながら歩いていた。

「傷はもう平気か?」


「……ああ、妙な話だが、もうほとんど痛まない」

白石は短く答えると、笑った。

「お前のおかげだよ、田宮」


二人の歩調は自然に揃っていた。

嵐の中で掴んだ確かな絆が、今も互いを支えていた。




✝狭き門の解き明かし


彼らの前を歩く預言者は、立ち止まって聖書を開いた。

声は凛として澄んでおり、響き渡る言葉は石造りの廃墟に沁み入るようだった。


「『狭き門から入れ。滅びに至る門は大きく、その道は広い。そこから入って行く者が多い。

 命に至る門は狭く、その道は細い。そして、それを見出す者は少ない』──マタイによる福音書7:13-14」



紫苑はその言葉を噛みしめるように目を伏せた。

「俺たちが選んだ道は……狭き門、ということか」


預言者は静かに頷く。

「お前たちの前には幾重もの試練が待っている。

 その道を共に進めるかどうか――それが命の分かれ道だ」


紫苑がこの狂った世界で正気を保っていられるのは、隣に立つ白石の存在が大きい。

そんな紫苑の気持ちを察してか、白石は短く「大丈夫だ」とだけ告げ、迷いなく前を見据えていた。




✝沈黙の影


二人のやりとりを、預言者は沈黙のまま見つめていた。

その眼差しは、どこか遠いものを見透かすようでありながら、紫苑の一挙手一投足を逃さぬ熱を帯びていた。


彼は紫苑を「選ばれし者」として守る使命を帯びている。

それは天から与えられた絶対の役割。

しかし――紫苑が白石と肩を並べる姿を見るたびに、胸の奥で言葉にならない揺らぎが生まれていた。


預言者はそれを打ち消すように、再び聖書に視線を落とす。

「紫苑……お前は神の憐れみによって選ばれた者。

 その意味を忘れるな。お前を守るのは私だ」


その声には確かに神聖さが宿っていた。

だが、かすかな切実さが混じっていることに紫苑は気づけなかった。





✝壊れたレコード


その夜、瓦礫に囲まれた小さな廃墟で焚火を囲んだ。

白石が眠りについた後、預言者は紫苑に低く語りかける。


「……お前は特別だ。

 数えきれぬ人々が滅びの道を選ぶ中で、神はお前を見出した。

 理由はお前の力でも、善でもない。ただ、神の一方的な憐れみだ」


紫苑は言葉を失った。

自分は教師としても人間としても中途半端で、何かを誇れる存在ではない。

その自覚があるだけに、預言者の言葉は心を抉るように響いた。


「……なぜ、俺なんだ」


預言者の瞳が深い影を宿す。

「その答えは神にしか分からない。ただ――お前は選ばれた。それだけだ」


その声は崇高でありながら、どこか切ない響きを帯びていた。


「お前は何を聞いても、神、神、神ばっかりじゃないか」


まるでこいつは壊れたレコードだ。

紫苑は途方に暮れて焚火の炎を見つめた。

自分の隣に眠る白石が、唯一まともな存在の、何よりの拠り所となっていた。


その姿を、預言者は黙して見つめ続けていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ