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第5話 憐れみの選び

夜の東京は炎と闇に包まれていた。

夜が開けてから預言者の怪しい廃教会を飛び出し、当面のサバイバル生活に役立つ物品を調達できないかと街に出たのが迂闊だった。

崩れかけたビルの間を抜けると、ゾンビの群れが咆哮を上げながら迫ってくる。


「紫苑、後ろだ!」


白石登が叫ぶと同時に、腐敗した死者の腕が紫苑の肩を掴もうと伸びた。

その瞬間、白石が飛び込み、銃身でゾンビを押しのける。

だが次の瞬間、別のゾンビの牙が白石の脇腹に食い込んだ。


「ぐっ……!」


血が噴き出し、白石はその場に膝をついた。

紫苑は必死に彼を抱え、どうにか廃れた教会へと逃げ込んだ。

扉を閉めた瞬間、背後でゾンビが打ち付ける音が響き渡る。


「白石……!」

紫苑が押さえる手の下で、血が止まらない。


白石は唇を噛みしめ、呻く。

「……お前を……庇ったんだから、無駄死には勘弁だぞ……」



✝預言者の言葉


祭壇の前に、黒衣の預言者が立っていた。

蝋燭に照らされ、その影は異様に長く伸びる。


「また会えると思っていたよ……紫苑」


「ふざけるな!」白石が怒鳴る。

「てめぇのせいでこんな事態になってるんだろ! 

 預言だの神だの言って、こいつを洗脳する気か!?」


預言者は微動だにせず、ただ静かに告げた。

「洗脳ではない。紫苑は選ばれたのだ」


「選ばれた……?」紫苑が掠れた声で問う。


「そうだ。紫苑、お前は自分の努力や正しさによって選ばれたのではない。

 神の一方的な憐れみによって──選ばれたのだ」


紫苑の胸が揺さぶられる。

教師としても、男としても何一つ成し遂げられなかった自分が、なぜ。

「……俺が……神に選ばれた?」


「バカなこと言うな!」白石が吠える。

「じゃあ俺はどうなんだ!? 妹が失踪して、親父も自殺して……俺には何も残っちゃいねぇ。

 そんな俺は『選ばれなかった』から野垂れ死ねってのか? 神なんざクソ食らえだ!」


預言者の視線が白石に向けられる。

「神は誰も滅びに定めてはいない。ただ、人が自ら滅びを選ぶだけだ。

 白石、お前も選ぶ時が来る」


「ふざけんな!意味のわからないこと言いやがって」

白石は唾を吐き捨て、紫苑を見た。

「紫苑、こいつの言うことに乗るな。カルトの手口だ」


紫苑は言葉を失い、ただ白石の苦痛に満ちた表情を見つめるしかなかった。



✝福音の解き明かし


預言者は聖書を開き、低く語り始めた。


「初めに、神は天地を造られた。人は神の似姿に造られ、神と愛し合う存在として創造されたのだ。

 しかし人は自らが神のようになろうとする禁忌を犯し、死がこの世に入り込んだ。

 アダム以来、人は皆罪の下にあり、自らを救うことはできない。


 だが神はノアを選び、さらにアブラハムを選び、その子孫から救い主を送ると約束された。

 やがてイエスが来られ、罪なき神の子が、罪人のために十字架で死なれた。

 その血によって人は赦される。


 そして三日目にイエスは復活した。

 死もサタンも打ち破り、今も生きておられる」


紫苑の胸に熱いものが込み上げた。

これまで求めてきた「真理」が、今ここに示されている──そうなのか。


「紫苑、お前がこの方を信じ告白するなら、永遠の命を受ける」




✝紫苑の告白


紫苑の瞳に涙が溢れた。

「……俺は、ずっと真理を求めてきた。

 だがこの世界では何も見つけられなかった。

 イエスこそ、俺が求めていた真理なのかもしれない……」


彼は声を震わせながら告白した。

「イエスを……十字架の死と復活を信じてみたい……!」


その瞬間、教会の空気が変わった。

光が差し込んだわけではない。

だが確かに、紫苑の心に聖霊の炎が宿った。





✝奇跡と癒し


白石の呻きが耳を打つ。

紫苑は震える手を伸ばし、血に濡れた彼の腹部にそっと触れた。


「白石……死なないでくれ……!」


その瞬間、紫苑の手から柔らかな光が溢れた。

じわり、と温もりが広がり、裂けた肉が閉じ、血が止まっていく。

白石の目が見開かれた。


「な、なんだ……? 痛みが……消えていく……」


数秒後、傷口は完全に塞がれ、ただ薄い痕跡だけが残っていた。


紫苑は呆然とし、両手を見つめた。

「……俺が……やったのか……?」


預言者が低く頷いた。

「神の霊が働かれたのだ。信仰によって、人は癒しの器となる」


白石は肩で息をしながら、呟いた。

「……これは……夢か……?

 いや、俺の体で起こったことだ。……もう、否定できねぇ……」


彼はしばらく沈黙し、やがて深く頭を垂れた。

「……俺もイエスを……信じる」


紫苑は息を呑み、友の決断を見つめた。

その瞬間、白石の胸にも温かな炎が灯り、二人を包んだ。



預言者は二人を見つめ、静かに微笑んだ。

「これで二人は同じ道を歩む者となった。

 嵐はこれから激しくなる。だが恐れるな。

 狭き門を通る者にこそ、永遠の命が開かれている」


教会の扉を叩くゾンビの咆哮が響く。

だが紫苑と白石の胸には、確かな光が燃えていた。



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