第1話 異様な朝
一夜にして起きた大量失踪事件。
残された教師・田宮紫苑は、消えた生徒の日野真理が遺した聖書の言葉を手に、終末の世界へ足を踏み入れる。
再会した親友で刑事の白石、そして闇から現れる黒衣の預言者。
ヨハネ黙示録の封印が一つずつ解かれていく中、彼らは「選ばれた者」としての運命に引きずり込まれていく。
――果たして聖書の預言は単なる幻想か、
それとも世界の設計図なのか。
明日起こるかもしれない、終末SFミステリー
田宮紫苑は、いつものように朝の職員室に入った。
窓の外には初夏の光が降り注いでいるはずだったが、その日の空はどこか灰色に濁っていた。
校庭を走る生徒の姿も、普段より少ない。
「先生、今日やけに欠席が多くないですか?」
隣で出席簿をめくっていた同僚の教師が、怪訝そうな声を上げた。
紫苑は自分のクラスの出席を確認する。
3名は欠席連絡があった。しかし実際に教室に現れなかった生徒は7名にのぼっていた。
「……おかしいな」
紫苑は携帯電話を取り出し、家庭に電話をかけてみた。だが応答はない。親の携帯にかけても留守番電話が流れるばかりだった。7人すべてがそうだった。
ただの偶然か…?
黒板に日付を書きながらも、胸の奥に嫌なざわめきが広がっていった。
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その夜、テレビが臨時ニュースを流した。
《速報です。日本国内で少なくとも12万人が、一夜にして姿を消しました。行方不明者の多くは幼児から十代の若年層で、家族や友人の証言によると、失踪の瞬間を誰も目撃していないとのことです》
アナウンサーの緊迫した声が部屋に響き渡る。紫苑は手にしたカップを落としそうになった。世界各国でも同様の事態が起きており、失踪者はすでに十数億人にのぼるという。
「……まさか」
紫苑は思わず呟いた。朝、欠席していたあの7人。まさか彼らも――。
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翌日、紫苑は一人の生徒の家を訪ねていた。日野真理。
学年一位の秀才であり、黒髪を垂らした物静かな少女。
だがその内面には、奇妙な熱を宿していることを紫苑は知っていた。
「先生……娘が、娘が帰ってこないんです……」
真理の父は疲れ切った顔で応対した。憔悴というよりも、魂の抜け殻のようだった。
紫苑は許可を得て、真理の部屋に足を踏み入れる。
整然とした机の上に、開きかけの手帳と分厚い聖書が置かれていた。そのページには蛍光ペンでびっしりと書き込みがされている。
机の引き出しを開けると、一枚のメモが折りたたまれていた。
そこには乱れた筆致で、文字と数字が記されていた。
「真理はあなたを自由にする Ap12:10」
紫苑の背筋に冷たいものが走った。
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夜更け、紫苑は自宅でそのメモを何度も見返していた。
窓の外は異様なほど静かで、まるで街全体が息を潜めているようだった。
彼女は、何を伝えようとしていたのか。
例の失踪事件は宇宙人のアブダクションだとか、新興宗教の大量洗脳だとか様々な憶測が囁かれている。
面倒なことに巻き込まれてないといいが。
考えを巡らせていたそのとき、一本の電話が入った。
日野真理の父が投身自殺を図ったという。
「……そんな……」
紫苑は受話器を握りしめたまま、呆然と立ち尽くした。
日野の家は父子家庭だったと聞く。
昨日、もう少し自分が父親の様子に気をつけていれば、と悔やまれる。
生徒が姿を消し、その父親までもが死を選んだ。
静かに日常が崩壊していく気配に、紫苑の胸の奥で押し殺していた闇が、ゆっくりと目を覚まし始めていた。
聖書ミステリー×終末ゾンビSF。――それは希望か陰謀か、近未来終末譚