第七十八話 切り札、波動炉の覚醒
深海を揺るがす轟音が収まらない。
結晶核が粉砕され、勝利は目前と思われた。
だが――要塞艦バシリスクは、なおも沈まなかった。
裂け目の奥で崩れ落ちた巨体が、不気味に再構築を始めていた。
溶けた金属が蠢き、断面から無数の光条が走り、まるで“肉体を再生する怪物”のように艦影を形作っていく。
「信じられない……!」
ユイが絶句する。
「制御核を破壊されたのに……自己修復アルゴリズムが残っていたなんて!」
レイリアも青ざめた顔で言う。
「こんなもの、倒せるの……?」
艦橋に漂う絶望を振り払い、遼は立ち上がった。
「倒すしかない。俺たちが止めなければ、あれはこの海域どころか、地上の国々まで飲み込む」
◆再生する怪物
再構築を終えたバシリスクが、咆哮のような低周波を発した。
その衝撃波だけで〈みらい〉の艦体がきしみ、艦橋の警告灯が赤く点滅する。
「外殻に膨大なエネルギーを集中させています!」
ユイが報告する。
「おそらく、全方位殲滅波……!」
「撃ってくるぞ!」
遼の叫びと同時に、バシリスクの外殻から環状の光波が放たれた。
瞬間、海が震え、巨大な衝撃が迫り来る。
「防御フィールド展開!」
ユイの手が舞い、艦の周囲に青い結界が広がった。
しかし、直撃の瞬間――
艦全体が軋み、警告音が鳴り響く。
「シールド強度、四割減少!」
「二撃目が来ます!」
ユイの声が焦燥に震える。
◆遼の決断
遼は拳を握りしめ、叫んだ。
「ユイ! 波動炉を最大解放しろ!」
ユイは目を見開いた。
「……艦長、それは――!」
波動炉を最大解放すれば、艦のシステム全体が臨界に達する。
制御に失敗すれば、〈みらい〉そのものが爆散しかねない。
レイリアが必死に止める。
「遼! それは危険すぎる!」
だが遼は譲らなかった。
「俺たちが背負ってる命は、この艦だけじゃない。この世界で生きようとしてる人々全てだ。
賭けるしかない!」
ユイは遼を見つめ、深く息を吸った。
「……分かりました。艦長がそう望むなら、私は全力で応えます」
◆切り札、覚醒
ユイの両手が制御パネルを走り、艦内の波動炉が唸りを上げる。
青白い光が艦橋の床下から脈動し、〈みらい〉全体が震えた。
「波動炉、解放率一二〇%……一五〇%……!」
通常ではあり得ない数値を突破し、艦体の外殻に青い紋様のような光が浮かぶ。
それはまるで艦が“命を宿した”かのような輝きだった。
「エネルギー値、安定化……完了!」
ユイの声に、遼は叫んだ。
「全砲門、目標は奴の再生核! 一斉射撃、用意!」
「エネルギーチャージ完了!」
「撃てぇぇぇぇぇっ!」
◆光の一撃
轟音と共に放たれた砲撃は、深海を貫く巨大な光柱となった。
再生中のバシリスクを直撃し、その外殻を灼き、崩壊させる。
「再生組織、崩壊率七割……八割!」
ユイの声が高鳴る。
さらに、遼が叫んだ。
「波動炉出力を全て艦首に集中! ――これで終わらせる!」
〈みらい〉の艦首が輝き、巨大な光の槍が形成された。
それは深淵を切り裂く“最後の一撃”。
「全力斉射――“蒼き方舟砲”!」
光槍が放たれ、バシリスクを正面から貫いた。
深海全体が震え、光の奔流が辺りを呑み込む。
やがて、巨影は断末魔のように震え、完全に崩壊していった。
◆決着
静寂が訪れた。
赤い警告灯が消え、艦橋を青い光が照らす。
ユイが深く息を吐いた。
「……敵影、完全に消滅。勝利です」
レイリアが涙ぐみながら声をあげた。
「……やった……生き残ったのね」
艦内の子供たちが歓声を上げ、抱き合って喜ぶ声が響いた。
「ユイおねえちゃん! 艦長おにいちゃん! すごい!」
遼はその光景を見渡し、微かに笑った。
「これが……守るべきものだ」
◆ユイの微笑
戦闘を終えたユイは、遼の隣に立ち、静かに呟いた。
「……やはり、あなたは無謀です。けれど――その無謀に、私は救われる」
遼は肩をすくめて笑った。
「なら、これからも無謀でいくさ」
ユイは初めて、少女のように微笑んだ。
深淵の闇を抜けた〈みらい〉の艦首は、遥かな光を目指して進み始めていた。




