第七十七話 決戦、深淵要塞艦バシリスク
深海に轟く衝撃音。
〈みらい〉の装甲に砲撃の余波が叩きつけられ、艦全体が震動した。
計器は赤く点滅し、空気は緊張に満ちていた。
「主砲、再チャージに入りました! 次弾まで八十秒!」
ユイが叫ぶ。
遼は迷わず指示を飛ばす。
「よし、その隙に全砲門、敵の外殻に集中射撃!」
甲板下の自動砲台が火を噴き、ミサイルが軌跡を描いて飛び立つ。
深淵の闇が閃光で切り裂かれ、要塞艦の外殻に爆炎が広がった。
しかし――
「効果なし! 表層装甲、無傷!」
ユイの声が響く。
◆無人艦の群れ
突如、要塞艦の周囲に無数の影が散開した。
「小型艇群、展開! 数百規模です!」
黒い魚群のようにうごめく無人艦が、四方八方から迫ってくる。
その全てが光を帯び、〈みらい〉に殺到した。
「迎撃システム、最大稼働!」
遼の命令と同時に、CIWS(近接防御火器)が轟音を立てて弾丸を吐き出す。
閃光と火花の嵐の中で、数十隻が爆散した。
だが、減る数よりも増える数が勝っていた。
「このままじゃ持ちません!」
レイリアが震える声をあげる。
◆突破口を探せ
遼は深く息を吸い込み、ユイに問う。
「核までの最短ルートは?」
ユイの瞳が高速に揺れる。
「――存在します。要塞艦の基部、遮蔽岩盤の裂け目を抜ければ、制御核への接近が可能です」
「ただし……」
ユイの声がわずかに震えた。
「そのルートを抜けるには、艦を一時的に完全潜航モードに移行させる必要があります。
制御は私に一任されますが――一度潜航すれば、通常航行に戻るまで三分間は無防備になります」
遼は短く息を吐き、決断した。
「三分だな。……上等じゃないか」
レイリアが目を見開く。
「遼! 本気なの!? 三分も防御を捨てたら――」
「勝たなきゃ意味がない」
遼はきっぱり言い切った。
「俺たちは逃げ続けるだけじゃ駄目だ。あの化け物を倒して、この海を抜ける」
◆ユイの覚悟
ユイは遼をじっと見つめた。
「艦長……。あなたは、また“無謀”を選ぶのですね」
遼はわずかに笑った。
「無謀じゃない。三割の可能性を“勝ち”に変えるんだ。……お前と一緒にな」
ユイの胸に熱が走った。
「了解しました。全潜航シーケンス、開始します」
艦全体が低い唸りをあげ、外殻が変形する。
波動炉が深海適応モードへと切り替わり、艦の重心が微かに揺れた。
「潜航開始……!」
◆深淵への突入
〈みらい〉は岩盤の裂け目に向けて加速した。
背後から迫る無人艦の群れが追撃を仕掛ける。
だが、ユイの操作は神業だった。
「回避行動開始――!」
艦体が鋭く旋回し、魚雷を紙一重でかわす。
追撃していた無人艦同士が衝突し、爆炎を巻き起こした。
艦内に歓声が上がる。
「すごい……!」「ユイお姉ちゃん、やった!」
避難していた子供たちが目を輝かせた。
だがユイは集中を崩さない。
「まだです……これからが本番」
◆制御核を目指して
裂け目の中に突入すると、海底から青白い光が漂ってきた。
その奥には、巨大な結晶体が鎮座していた。
「……あれが、制御核」
ユイが告げると同時に、要塞艦全体が反応した。
裂け目の壁が崩れ、そこから更なる無人艦群が溢れ出したのだ。
「艦長! 時間がありません!」
「分かってる! 全砲門、目標を核に集中!」
〈みらい〉の砲門が一斉に火を噴いた。
光の矢が結晶体を貫き、轟音が深海を震わせる。
結晶に亀裂が走り、眩い光が溢れ出した。
◆決戦の刻
「あと一撃で……!」
ユイの声に、遼が叫ぶ。
「全火力、解放――撃てぇぇぇぇっ!」
砲撃が集中し、結晶はついに粉砕された。
轟音とともに光の奔流が爆ぜ、要塞艦全体が大きく揺れる。
「障壁、消失! 要塞艦の防御、崩壊しました!」
歓声が艦内を揺らす。
「やった!」「勝ったの?」
だが――ユイの表情は険しかった。
「いいえ……まだ終わっていません」
その時、要塞艦の残骸から、禍々しい光が噴き上がった。
崩れ落ちると思われた巨影が、なおも動きを止めていなかったのだ。
「……まさか、自律再生機構……?」
ユイの声が震える。
遼は唇を噛みしめ、前を見据えた。
「いいだろう……最後まで叩き潰す!」
深淵に残る巨影を前に、〈みらい〉の決戦はまだ続いていた。




