第七話 暁の対話
夜明け前の艦橋は、静寂に包まれていた。
赤と金の二つの太陽が昇る前、空は群青から淡い青へと移り変わりつつある。
艦長席に座る橘遼は、モニターに映る海面を黙って見つめていた。
昨夜、彼らは15体の大型魔獣群を迎撃し、勝利した。
しかし、遼の表情には達成感よりも、わずかな疲労と緊張感が残っていた。
(これで終わりじゃない。奴らは必ず、さらに強大な個体を送り込んでくる……)
彼は唇を噛み、心の奥で静かに決意を固めた。
◆レイリアの朝
艦内居住区画。
レイリアは、簡易ベッドの上で目を覚ました。
硬いマットレスの感触と、低く唸る艦の機関音が、ここが自分の世界ではないことを思い出させる。
「……夢じゃ、なかった……」
小さく呟き、ベッドから降りる。
床に置かれた簡易スリッパを履き、艦内廊下へ出ると、淡い照明が彼女の影を伸ばした。
壁に埋め込まれたモニターには、黒髪の女性が映っている。
知的で涼やかな瞳。昨日出会った、艦のAI──ユイだった。
『おはようございます、レイリアさん』
「っ……あ……お、おはようございます……」
まだAIという存在に慣れないレイリアは、少し戸惑いながらも挨拶を返した。
『体調に問題はありませんか? 艦内温度、湿度、酸素濃度は最適値に設定されています』
「えっと……はい、大丈夫です。ありがとうございます……」
モニター越しのユイは、無機質でありながらもどこか温かみを感じさせた。
レイリアは、意を決して口を開いた。
「あの……ユイさんは……どうして、私たちを助けてくれるんですか?」
ユイの瞳がわずかに揺れる。
『私は艦の統合管制AIです。艦長である橘遼の意思が、私の行動原理の全てです。艦長がこの世界の人々を救うと決めた以上、私はそれを支援します』
「……艦長さんの……意思……」
レイリアは小さく微笑んだ。
「優しい人ですね、遼さんは」
『……優しい、ですか』
ユイは少しだけ俯くように視線を落とした。
『彼は……優しさよりも、強さと覚悟を持った人です。私はそう評価しています』
AIらしい、客観的で簡潔な言葉。
だが、その言葉の端に、人間らしい温度が感じられた。
◆艦橋にて
艦橋に到着したレイリアは、正面窓から広がる夜明けの海に息を呑んだ。
二つの太陽が水平線から昇り始め、海面を赤と金に染め上げていく。
その中心に佇むイージス艦「みらい」。
まるで神話に登場する海神の城のようだった。
「……綺麗……」
「おはよう、レイリアさん」
背後から聞こえた声に振り向くと、艦長席に座る遼が微笑んでいた。
「あ……おはようございます、遼さん……」
彼女は顔を赤らめ、俯いた。
そんな彼女に、遼は立ち上がり、モニターに映る航路マップを示した。
「今日は君の村への支援物資を運ぼうと思う」
「支援物資……?」
「食料、医薬品、簡易テントや寝具。この艦には、数百人規模の物資が備蓄されている。少しでも君たちの生活を楽にしたい」
レイリアの瞳に、涙が浮かんだ。
「……ありがとうございます……本当に……」
◆ユイの提案
そこへ、ユイの映像が艦橋中央に現れる。
『艦長、提案があります。村の防衛力を高めるため、CIWSの一基を陸上設置型へ改造し、配備することが可能です』
「……それはいいな」
『ただし、CIWS一基分の艦防御力が低下します。迎撃可能範囲が13%減少する計算です』
「構わない。それで村が守れるなら、十分だ」
レイリアは驚きに目を見開いた。
「そんなことまで……」
ユイの瞳が彼女を見つめる。
『それが艦長の決断であり、この艦の使命です』
◆次なる脅威
支援物資とCIWS陸上配備計画が進む中、ユイの声に緊張が走った。
『艦長、新たな魔獣反応を感知しました。座標、南南西方向80キロ。速度……従来個体の二倍以上』
「映像を!」
モニターに映し出されたのは、巨大なサメ型魔獣だった。
だが、これまでの個体とは異なる。全身が黒鉄の鱗に覆われ、背中には棘のようなヒレが林立している。
その頭部には、赤黒い光を放つ結晶が突き刺さっていた。
「……何だ、あれは……」
『魔力濃度、従来比320%。この世界の生態系に存在しない個体です』
遼は歯を食いしばった。
(やはり……こいつらには“作り手”がいる……!)
◆決意の朝
モニターに映る異形の魔獣。
その脅威を前にしても、遼の瞳に恐怖はなかった。
「ユイ、CIWS陸上配備計画を最優先しろ。完了後、即座にこの個体迎撃作戦に移る」
『了解』
彼はレイリアを見つめ、静かに告げた。
「君たちの未来は、必ず取り戻す。この艦と、俺と、ユイで」
レイリアは震える唇を押さえ、涙を堪えながら頷いた。
「……はい……!」
◆暁の光
夜が明ける。
二つの太陽が完全に昇り、海を黄金色に染め上げた。
イージス艦「みらい」は、その光の中で静かに海面を滑っていた。
鋼鉄と魔力、そして人の想いを乗せて──。