第六話 鋼鉄の雷鳴
赤い警報灯が艦橋を照らす中、橘遼は統合管制AIユイの映像を見つめていた。
『全火器管制システム、起動完了。艦長、いつでも戦闘開始可能です』
「CIWS、ファランクス全機稼働状況は?」
『正常稼働。砲塔旋回・照準追尾に問題なし』
「VLS、ESSM搭載数確認」
『全24セル、装填済み。発射可能』
遼は深く息を吸い込み、冷たい空気を肺に満たした。
目の前のモニターには、迫り来る15体の魔獣群が夜間モードで捉えられている。海面を盛り上げるほどの巨大な背鰭、発光する赤い目、鋭い牙を備えた口吻──まさに悪夢のような光景だった。
「レイリアさん、後ろに下がっていてくれ」
「で……でも……!」
「大丈夫だ。俺たちが……『みらい』がいる限り、奴らには指一本触れさせない」
震えるレイリアに微笑みかけると、遼は指揮席に座り直し、鋭い声を放った。
「ユイ、CIWS照準開始! 目標は前衛四体!」
『了解。CIWSファランクス、目標補足開始──照準良好』
艦橋に響き渡る独特の低い電子音。その刹那、甲板に設置された二基のファランクスCIWSが高速回転を開始した。
「撃て!」
轟音と共に、白熱する曳光弾が夜空を切り裂いた。
秒速数千発の金属弾が魔獣の頭部に集中し、鱗と血肉を砕き散らす。
『目標一、撃破確認。目標二、撃破。目標三、撃破。目標四、撃破』
四体の巨体が悲鳴をあげる間もなく海へ沈む。
レイリアは目を見開き、震える声で呟いた。
「……これが……あなたの力……」
「違う。これは、この艦の力だ。そして……君たちを救うための力だ」
◆敵群突撃
しかし、残り十一体の魔獣は怯むことなく突撃を開始した。
巨大な魚竜型三体が艦首へ、サメ型四体が艦体左右へ、そして残りの蛇竜型四体が海中深くから急浮上してくる。
『艦長、接敵まで30秒』
「VLS、ESSM発射準備。魚竜型三体を同時補足、優先順位は左から!」
『了解。ESSM照準補足完了』
遼は歯を食いしばり、右手を前に突き出した。
「発射!!」
甲板中央のVLS(垂直発射装置)から三発のESSMが白煙を上げ、一直線に夜空へ舞い上がる。
ミサイルは海面に向けて鋭く軌道を変え、目標の巨体に次々と命中した。
『目標五、撃破。目標六、撃破。目標七、撃破』
爆煙の向こうで、三体の巨体が断末魔を上げて崩れ落ちる。
「CIWS、左右同時照準! サメ型四体迎撃開始!」
『了解。左舷・右舷ファランクス、照準補足……撃て』
再び甲高い咆哮のような射撃音が艦体を震わせる。
弾丸の嵐がサメ型魔獣の眼窩を抉り、脳を撃ち抜き、その巨体を沈黙させていく。
『目標八、撃破。目標九、撃破。目標十、撃破。目標十一、撃破』
◆魔力収束砲、発射
『艦長、残る蛇竜型四体が艦底へ接近。深度120メートル。艦底攻撃態勢を確認』
「ユイ、魔力収束砲は?」
『使用可能。ただし、精神認証が必要です』
遼は深く息を吐き、艦橋中央の精神認証パネルへ手を置いた。
(頼む……この艦の全ての力を貸してくれ……!)
青白い光が艦橋を満たし、ユイの瞳も淡く輝く。
『精神認証確認。魔力収束砲、展開開始』
艦首に巨大な砲塔が出現し、砲身に青白い魔力が収束する。
螺旋状の光が砲口へと集束し、その威圧感は異世界の神撃にも等しかった。
「目標、蛇竜型四体。深度調整完了次第……撃て!!」
『了解』
轟──
空間が震える重低音と共に、艦首から放たれた魔力収束砲が海中へ一直線に突き進む。
圧縮された魔力ビームは深海を切り裂き、蛇竜型魔獣の巨体を貫通した。
『目標十二、撃破。十三、撃破。十四、撃破。十五、撃破』
全滅。
艦橋内に、静寂が戻った。
◆勝利の余韻
遼は静かに席を立ち、モニターに映る海面を見つめた。
死骸が浮かび、海面を赤黒く染めていく。
(……これが、戦うということだ)
胸の奥に重く沈む感覚。それは罪悪感でも、恐怖でもない。
ただ、戦いとは命を奪い奪われる行為なのだと、現実を噛み締める痛みだった。
『艦長、周辺海域に魔獣反応なし。戦闘終了と判断します』
「了解。ユイ、被害状況は?」
『艦体への直接被害なし。武装消費、ESSM3発、CIWS弾薬消費率8%、魔力収束砲エネルギー残量92%』
「十分だ」
遼は振り返り、レイリアの方を見た。
彼女は床に膝をつき、震える肩を抱えていた。
恐怖か。いや、その瞳には──涙が滲んでいた。
「……すごい……すごい……!」
震える声。
しかしその声は、希望に満ちていた。
「あなたなら……本当に……この海を……取り戻せる……!」
遼はゆっくりと彼女に近づき、手を差し伸べた。
「一緒に取り戻そう。この海を、この世界を」
レイリアはその手を取り、涙を流しながら頷いた。
◆ユイの想い
戦闘終了後、ユイの映像が遼に向けて言葉を発した。
『艦長。今回の迎撃結果は極めて優秀です。生存率99.8%』
「そうか」
『……艦長』
「ん?」
『……お疲れ様でした』
遼は驚いたようにユイの映像を見つめた。
AIにしては、あまりにも人間らしいその言葉。だが、彼は微笑み返した。
「ああ。ありがとう、ユイ」
◆決意
艦橋窓の外、夜空には無数の星が瞬いていた。
二つの月が昇り、海面を青銀に染める。
遼はその光景を見つめながら、拳を握り締めた。
(必ず、この海を取り戻す。この艦と、ユイと、そして……レイリアと共に)
海風が艦橋を包むように吹き抜けた。
鋼鉄の艦と、異世界の巫女と、AI。
この奇跡の邂逅が、世界を変える。
そして彼らの戦いは、まだ始まったばかりだった──。