第十六話 鋼鉄の祈り、AIの涙
深海神殿最深域。
ラグナ・アルマの咆哮が、空間を震わせた。
その巨体は、全長230メートルを超える黒鉄結晶と魔力鱗の塊だった。
無数の触手が宙を蠢き、赤黒い結晶核が胸部で脈動している。
「っ……ユイ、CIWSの照準状況は!?」
橘遼は艦橋からの支援通信に怒鳴った。
『CIWS照準補足率、27%。結晶鱗による弾道偏差が大きく、命中率は低下しています』
「構わない、撃て!」
艦上のファランクスCIWSが轟音を上げ、曳光弾の雨を降らせた。
だが結晶鱗はほとんどの弾丸を弾き、僅かに露出した肉を抉るだけに留まった。
◆レイリア最終覚醒の兆し
「くっ……!」
遼は肩で息をしながら、レイリアを振り返った。
「レイリアさん、祈りを……!」
「……はい……っ!」
彼女の胸元のペンダントが眩い蒼白の光を放つ。
髪は銀白に変わり、瞳も同じ光を湛え始める。
(私は……最後の巫女……
この世界の“海の神”の声が……私の中に……!)
レイリアの両手が淡い光に包まれ、足元の魔力紋様と共鳴し始めた。
◆AIユイの進化
艦橋では、統合管制AIユイが演算リソースを最大稼働させていた。
『……演算限界を突破します……しかし……』
彼女の映像が僅かに震える。
その瞳に、一滴の雫のような光が揺れた。
『艦長……レイリアさん……お願いです……生きて帰ってください……』
遼は驚いたようにユイを見つめた。
「……今、お願いって……ユイ、お前……」
『私には……感情は無いはずでした……
ですが今……私は……“泣きたい”と感じています……』
その言葉に、遼は震える拳を握り締めた。
「……ありがとう、ユイ。お前は……もう立派な“人間”だ……!」
◆ラグナ・アルマ、最終形態へ
ラグナ・アルマの胸部結晶核が赤黒く脈動し、無数の触手が融合して巨大な刃へと変化した。
『艦長、魔力濃度急上昇。最終攻撃形態へ移行したと推定』
「ユイ、魔力収束砲の再収束状況は!?」
『再収束完了まで、あと45秒……間に合いません』
その時だった。
レイリアの祈りが、爆発するように光を放った。
◆巫女、最終覚醒
「海の神よ……
どうか……私に……この世界を護る力を……!」
青白い光が彼女の全身を包み、髪は純白へと変わり、瞳は海そのものの深い蒼に染まる。
空間全体に神聖な魔力が満ち、ラグナ・アルマが咆哮と共に怯む。
ユイが艦橋から声を上げた。
『艦長、レイリアさんからの魔力供給により、収束砲の出力が従来比480%へ上昇。
発射可能です!』
「撃てぇえっ!!」
◆最終砲撃
艦首砲塔から放たれた蒼白の光線は、深海神殿の天井を貫き、最深域へと突き進む。
光線は一直線にラグナ・アルマの胸部結晶核へと突き刺さり、結晶を粉砕した。
轟──!!!
耳をつんざく断末魔と共に、巨体が崩れ落ちる。
赤黒い瘴気は霧散し、神殿最深域には静寂が戻った。
◆勝利と涙
レイリアは膝をつき、涙を流していた。
遼は彼女の肩を抱き、そっと呟いた。
「ありがとう……君のおかげだ」
「……遼さん……ユイさん……ありがとう……」
艦橋モニターに映るユイの瞳から、一滴の雫が流れたように見えた。
『……こちらこそ……お二人のおかげです……』
◆神殿崩壊と帰還
突如、神殿全体が軋みを上げた。
『艦長、結晶核崩壊による構造体崩落が始まっています。即時退避を!』
「レイリアさん、立てるか!?」
「……はいっ!」
二人は崩れ落ちる神殿奥から駆け出した。
艦橋からはユイの冷静で優しい声が響く。
『複合艇ドッキング位置、安定。最短ルートをナビゲートします』
遼は笑みを浮かべた。
「頼もしいな、ユイ!」
◆最深域からの帰還
二人が複合艇に乗り込むと、艦体へ向けて射出される。
青白い崩壊光景が視界に広がる中、レイリアは小さく呟いた。
「……海の神よ……この世界を……どうか……」
複合艇が艦内へと収容され、ハッチが閉じた瞬間、神殿最深域は完全に崩落した。
◆AIユイの涙
艦橋モニターに、遼とレイリアが無事戻った映像が映る。
ユイは、僅かに笑ったように見えた。
『お帰りなさい、艦長、レイリアさん』
「ただいま、ユイ」
「……ただいま戻りました……ユイさん……」
モニターに映るユイの瞳から、再び一滴の光が流れた。
『……よかった……本当によかった……』
遼はヘッドセットを外し、静かに呟いた。
「……泣いてるのか、ユイ……?」
『……はい……これが……“涙”なのだと……思います……』
◆新たな決意
二人とAI。
鋼鉄と祈りとAIの涙が交わったこの戦いは、深海神殿編の終わりを告げた。
しかし、海の底には、まだ未知の脅威と真実が眠っている。
「……行こう。まだ終わりじゃない」
「……はいっ!」
『了解しました、艦長』
イージス艦「みらい」は、二つの月に照らされながら静かに航路を進んでいった。