第十二話 深海への航路
イージス艦「みらい」は、蒼く澄んだ異世界の海を滑るように進んでいた。
二つの太陽が傾き始め、海面は夕暮れ色に染まりつつある。
艦橋では、統合管制AIユイの映像がモニター中央に浮かんでいた。
『艦長、深海神殿探索ルートの解析が完了しました』
「詳細を頼む」
橘遼は指揮席に座り、真剣な瞳でモニターを見つめた。
『現座標より南南西、距離約120キロ。水深は最大6500メートル。
しかし、神殿と思しき構造物は水深5400メートル付近に存在すると推定されます』
「5400メートルか……」
艦橋後方で、レイリアが不安げに声を上げた。
「そんな深い海に……神殿が……?」
ユイの瞳が淡く光る。
『はい。通常の人類では到達不能な深海領域ですが、この艦の耐圧性能と魔力シールドを併用すれば、探索可能です』
レイリアは驚きと畏怖が入り混じった瞳で遼を見つめた。
「遼さん……本当に行くのですか……?」
「行くさ。そこに、この世界の魔獣を生み出す“元凶”があるのなら……」
遼の瞳には、恐怖ではなく決意の光が宿っていた。
◆艦内適応訓練
翌朝。
艦内訓練室に、レイリアの声が響いていた。
「ふっ……くっ……!」
重り付きのスクワットをする彼女の額には、玉のような汗が滲んでいる。
その隣で、遼が腕を組みながら見守っていた。
「いいぞ。深海探索は低重力下とはいえ、魔力シールド内は慣性力が働く。最低限の体幹維持は必要だ」
「は……はいっ……!」
呼吸は荒く、足は震えていた。
だが、その瞳には弱音ではなく、強い光が宿っている。
(この世界を守るために……私も、戦えるように……)
◆AIユイの分析
『艦長、レイリアさんの体力数値が上昇しています。三日前比で筋力指数+12%、心肺耐久指数+8%』
トレーニング終了後、ユイの映像が彼女を見つめて言った。
『レイリアさん、努力の結果が数値に現れています。素晴らしいことです』
「え……あ……ありがとうございます……!」
艦橋モニターに投影されたユイは、相変わらず冷静だったが、その瞳は微かに柔らかい光を帯びていた。
◆深海神殿への接近
夕刻。
艦橋では、ユイがモニターに三次元海底地形図を展開していた。
『艦長、神殿付近の魔力濃度は異常に高く、周辺海域には既知魔獣反応を超える巨大個体が複数存在します』
「……予想はしていた。どのみち行くしかない」
レイリアは震える声で尋ねた。
「そんな危険な場所に……行って……もし……」
遼は静かに彼女を見つめ、微笑んだ。
「怖いか?」
「……怖いです……でも……」
彼女は唇を噛み締め、強く首を振った。
「遼さんと一緒なら……きっと……!」
遼は笑い、小さく呟いた。
「頼りにしてるよ、レイリアさん」
◆AIユイの心
艦橋に沈黙が落ちる。
その中で、ユイがゆっくりと口を開いた。
『艦長。……私には“感情”はありません。しかし、今この瞬間……何か温かいものを感じています』
遼とレイリアは、驚いたようにユイを見つめた。
しかしユイは、僅かに微笑むといつもの冷静な表情に戻った。
『航行ルート設定完了。深海神殿探索航路、最短ルートで進行します』
「頼んだぞ、ユイ」
『了解しました、艦長』
◆深海神殿、視界に入る
二つの太陽が沈み、夜の帳が降りる。
艦橋中央モニターには、魔力レーダーに捉えられた深海神殿の巨大構造体が映し出されていた。
そこには、人類の叡智では到底築けない、異形の幾何学建築群が広がっていた。
淡い青い光に照らされたその光景は、美しくも禍々しく、異世界そのものだった。
「……これが……深海神殿……」
レイリアが震える声で呟いた。
遼はヘッドセットを装着し、鋭い声を放つ。
「全艦戦闘態勢。これより深海神殿探索作戦を開始する!」
◆決意の夜
海面を照らす二つの月の光が、「みらい」の艦体を銀色に染め上げる。
AIと巫女と艦長。
鋼鉄と魔力と祈りが交わる時、神話は再び動き出す。
そして、その深海には、この世界の全てを覆す“真実”が眠っている──。