第百十一話 影の襲撃
◆不穏な夜
〈みらい〉が環状列島を離れ、外洋へ進み始めて三日。
月明かりが波を照らす夜、艦橋のセンサーが不意に反応した。
ユイの声が低く響く。
「艦長、前方に未知の反応……通常の艦艇ではありません。波形が……異常です」
遼が眉をひそめた。
「帝国か?」
「いいえ。もっと不自然……まるで“存在そのもの”が曖昧です」
◆影の出現
次の瞬間、海面から黒い霧が立ち上がった。
それは波間を覆い、艦を包み込む。
霧の中に、フードを被った人影が無数に浮かび上がった。
「……実体が、ない?」
レイリアが息を呑む。
ユイが警告する。
「解析不能! 物理的な存在ではなく、魔力と意志の集合体です!」
影の一人が口を開いた。
「異邦の艦よ。汝らの選択は誤りだ。犠牲なき封印は脆弱。いずれ黒翼は再び顕現する」
その声は、まるで直接心に響くようだった。
◆精神への侵入
次の瞬間、艦内の照明が揺らぎ、子供たちの悲鳴が響いた。
「お母さんがいる!」「ここに帰れるんだ!」
避難民の多くが幻覚に囚われ、艦内は混乱に包まれた。
レイリアは額に汗を浮かべる。
「精神に直接干渉してる……このままじゃ、みんな自分から海に飛び込む!」
ユイが制御盤に手を走らせる。
「電子系統にも浸入を試みています! このままでは艦そのものが支配されます!」
◆遼の決断
遼は剣を抜き、艦橋の前に立った。
「ふざけるな……! 俺たちの未来を、幻で奪わせはしない!」
彼は剣を霧の中に突き立て、叫んだ。
「ここは現実だ! 守るべき命も、希望も、全部この艦にある!」
その言葉に共鳴するように、ユイがシステムを強制リセットし、レイリアが祈りを込めて魔力を放った。
光が艦全体を包み、黒い霧が一瞬だけ後退する。
◆影の警告
霧の中の指導者らしき影が、低く笑った。
「面白い。犠牲を拒む意志か……だが、その意志こそが試練を呼ぶ。次は“翼”そのものが応えよう」
影は霧ごと海に沈み、静寂だけが残った。
◆残された爪痕
艦内にはまだ幻覚に囚われ、震える子供たちや民間人がいた。
ユイが急ぎ治療プログラムを展開し、レイリアが光の魔術で心を鎮める。
遼は艦橋の中央に立ち、低く呟いた。
「犠牲を拒んだ俺たちを、奴らは“試す”つもりだ……」
ユイが彼を見上げる。
「でも、選択は正しかった。犠牲のない道を貫くことこそ……」
遼は頷いた。
「そうだ。だからこそ、どんな試練でも受けて立つ。〈みらい〉のすべてを懸けてな」
外の海は静かに揺れていた。
だが、次に訪れるのは嵐ではなく――黒翼そのものの“試練”であることを、全員が感じていた。




