第十一話 英雄の帰還と深海神殿への誘い
二つの太陽が完全に昇り、異世界の海を黄金色に染めていた。
イージス艦「みらい」は、黒鉄魔獣王との激戦を終え、ゆっくりと沿岸部へと進路を変えていた。
艦橋には、静寂と安堵が漂っていた。
統合管制AIユイの映像が、いつもの冷静な表情で浮かんでいる。
『艦長、CIWS二基は使用不能ですが、他システムは概ね正常稼働。武装補充と簡易修理で即時戦闘可能状態に戻れます』
「了解。ユイ、お疲れ様」
『ありがとうございます。ですが、私はAIですので疲労はありません』
淡々と返すユイに、遼は小さく笑った。
その笑みは、激戦を乗り越えた艦長としての、わずかな安堵の色だった。
◆レイリアの想い
艦橋後方で、レイリアは窓の外を見つめていた。
青く澄んだ海。
しかし、その底には無数の脅威が潜んでいることを、彼女は知っている。
(……でも……遼さんとユイさんがいれば……きっと……)
彼女は小さく胸元のペンダントを握り締めた。
その月と波を象った銀の飾りは、淡い光を放っていた。
◆集落への帰還
複合艇に乗り込み、遼とレイリアは沿岸の集落へ向かった。
艦内サイドデッキで見送るユイの映像が、小さく微笑む。
『艦長、レイリアさん。お気をつけて』
「ユイもな。しばらく艦を頼む」
『了解しました』
艇が海面を滑り出し、巨大な「みらい」が遠ざかっていく。
朝日を背にしたその姿は、まるで神話の海神の城のようだった。
◆集落の人々
到着した褐色の浜辺では、集落の人々が待っていた。
老人、子供、青年兵たち……誰もが不安げな表情で海を見つめている。
そこへ、レイリアが先に立って叫んだ。
「皆さん! 魔獣王は……倒されました!!」
瞬間、沈黙が生まれた。
次いで、どよめきが集落全体を駆け巡った。
「……倒した……?」
「魔獣王を……?」
人々の視線が一斉に遼へ向けられる。
青年兵ライオが駆け寄り、膝をついた。
「……あなたが……本当に……神の遣い……!」
「神の遣いじゃない。ただの海上自衛官だよ」
遼は照れくさそうに笑った。
しかし、その笑顔が村人たちの胸を熱くする。
「自衛官……?」
「俺の世界で、海を守る者のことさ」
◆英雄として
集落中央、神殿前。
レイリアは村人たちを前に立ち、改めて宣言した。
「橘遼さんは、この海を取り戻すために戦ってくれています!
そしてこれからも、私たちと共に戦ってくださいます!」
歓声が上がり、人々は涙を流して頭を下げた。
「ありがとうございます……!」
「海を……取り戻してくれる……!」
遼は微笑みながらも、その視線の奥に鋭い光を宿していた。
(……だが、ここで止まるわけにはいかない……)
◆深海神殿の伝承
神殿内部で、レイリアは静かに話し始めた。
「……実は、遼さんにお伝えしたいことがあります」
「何だ?」
彼女は奥の祭壇から、一枚の古びた羊皮紙を取り出した。
そこには、複雑な円形の紋様と、深海を象った文様が刻まれていた。
「これは……?」
「深海神殿の伝承です。この世界の海底深くには、海の神が眠ると伝えられる神殿があると……」
「神殿……?」
遼の眉がわずかに動いた。
「はい。そして……そこには、“魔獣を生み出す元凶を封じる力”があると……」
沈黙が艦橋に落ちた。
彼女の瞳には、迷いのない強い光が宿っていた。
「遼さん。どうか……この神殿を探していただけませんか? 私も……お供します」
遼はゆっくりと立ち上がり、深く頷いた。
「わかった。……君と一緒に行こう」
◆艦への帰還
複合艇が再び「みらい」へ戻る途中、レイリアは夜明けの海を見つめながら呟いた。
「……私、怖いんです。
魔獣よりも、この先の戦いで……自分が無力だったらって……」
遼は静かに彼女を見つめた。
「大丈夫だ。君は無力なんかじゃない。
君の祈りが、この艦と俺に力をくれる」
「……遼さん……」
彼女の瞳に、涙と笑顔が同時に宿った。
◆AIユイの温かな声
着艦デッキに戻ると、ユイの映像が二人を迎えた。
『お帰りなさい、艦長、レイリアさん』
「ただいま、ユイ」
「……ただいま戻りました、ユイさん!」
ユイは僅かに笑みを浮かべる。
『これより、深海神殿探索計画を開始します』
その言葉に、遼とレイリアは頷いた。
◆深海へ
艦橋中央モニターには、深海神殿探索用の三次元マップが展開されていた。
そこには、今まで誰も踏み入れたことのない、暗黒の海底が広がっている。
「……行くぞ。俺たちで、この世界を変える」
「はい……!」
鋼鉄の艦と、AIと、異世界の巫女。
その奇跡の邂逅が、今度は深海の神話へと挑む。
そして新たなる物語が、海の底で静かに待っていた──。