肉の壁
今日は、英語のパフォーマンステスト。
英語が苦手な人にとっては地獄だと分かるはずだ。
今回のテストは、無差別にペアを組まされ、話さなければならない。
やはり、地獄だ。
追い打ちをかけるように、ペアになった女子は英語が得意な人だ。
(今、あれが使えたらな〜)
突如、廊下がぐるぐると回り、ひんやりとした空気が辺りを包む。
空気が変わったことは明白だ。
「ん?」
ペアの女子も違和感に気づいたようだ。
振り返ると、それまで端が見えていた廊下が無限に続くように見える。
それを理解すると同時に後ろからグチュゥと不気味な音を出しなから、肉の壁ができる。
目玉が三つ乱雑に入っており、キョロキョロと蠢いている。
二人は理解する。
((触れてはだめだ))と。
瞬時に二人は走り始める。
肉の壁と二人の距離が教室ほどになった時、肉の壁が二人の方へ迫り始めた。
男、七月は内ポケットから歪な刃をした剣のキーホルダーを取り出す。
(使うしかない)
「逆神」
七月が叫ぶとキーホルダーが巨大化し、本物の剣になる。
同時に嫌な空気を追い払うように剣を中心とした球状の膜が広がる。
「え!?」
至って冷静だった女、古都ノ葉はようやく現実味を帯びてきたのか驚きを隠せなくなった。
されど、言動には影響はそれほどなかった。
七月はその剣で何をするわけでもなく、走り続けたままだった。
幸いにも肉の壁が迫る速度は速いわけではなかった。
けれど、人の歩きよりは確実に速かった。
(気分的には三日三晩だけど、一向に解決の手立てが見つからない)
(いつまで続くの?)
二人は精神的にも肉体的にも限界が近づいてきていた。
(勝負が決まる時は近い)
その予想に反し、限界からも刻々と時は流れ続けた。
((無理))
二人が同時に思った時、古都ノ葉が完全に止まった。
七月は助けられるなら助けたいと願う人であった。
(助ける)
七月は剣を片手に肉の壁へ突っ込む。
(殺される)
そう思ったのは、古都ノ葉だった。
しかし、その予想に反して、彼は殺されることはなかった。
彼の持つ「逆神」その能力は剣の周囲に結界を張り、その結界内にいる者の予想は必ず外れる。
七月はその能力によって肉の壁を止めていた。
「早く走れ!」
七月は止まってしまった古都ノ葉に走るよう言葉を放った。
(もう走れない)
古都ノ葉はその思いとは裏腹に、走っていた。
七月は肉の壁の目玉と目を合わせ、語りかける。
「お前が意思を持っているのかは知らない。だが、言わせてもらう。俺はここで終わるつもりはない。どうせ、廊下に限界はないのだろう。じゃあ、その限界を作ってやるよ!」
古都ノ葉が元の廊下ひとつ分に差し掛かった時、コツンと見えない壁にぶつかった。
バチバチと剣と肉の壁が競り合っている。
肉の壁の殺して取り込む力と逆神の予想を外す能力、二つの力は拮抗しつつあった。
肉の壁の力は持続的なのに対し、逆神の力はずっと続くものではない。
すると、七月は踵を返し、走る。と同時に、剣を古都ノ葉に投げる。
「逆神は古都ノ葉に届かない!」
肉の壁は最初の歩みほどの速度から、全力疾走しても追いつかれるほどの速度になっていた。
投げられた逆神は空中で速度を増し、古都ノ葉へ届く。
七月が逆神の結界から外れる直前、古都ノ葉が結界に入った直後、七月が叫ぶ。
「順神!」
七月の手には一つのキーホルダーが握られている。
草薙の剣のようななんの装飾もない、無骨な剣。
順神が顕現すると同時に、逆神の結界外がぐちゃぐちゃと変化していく。
「順神」その能力は「ある」を「ない」に、「ない」を「ある」に、変質させる。その変質は上限を知らない。
「ない」は「ある」に、また変質した「ある」は「ない」に、「ある」と「ない」をぐるぐると規則正しく、変化していく。
肉の壁は順神の能力によってあるとないを繰り返しており、進む気配はない。
古都ノ葉は逆神を持つ。
もう一つの剣を拾おうとするが、その剣は吸い込まれるように手に入る。
古都ノ葉は結界外の変化に恐怖する。
しかし、そんな暇はないと一歩一歩進んでいく。
(透明な壁、あるはず。この剣で壊せないかな?)
偶然にも彼女は逆神の能力を利用していた。
廊下に透明な壁はなく、そこには空間が切り取られたように闇が染まっている。
古都ノ葉はそこに足を踏み入れる。
辺りが闇で覆われ、元の廊下に戻るところも見当たらない。
(怖い、周りが見えない)
闇の中に一際目立つ、まるでそれ自身が光っているように見える、異質な台座。
その上に乗っかっている、心臓と思しきなにか。
古都ノ葉はそれに近づく以外を考えられるほどの余裕はなかった。
心臓はドクン、ドクンと心音を響かせている。
「なに?、、これ?」
(心臓に見えるけど…)
どこに繋がっているわけでもなく、ドクンドクンと規則正しく拍動を繰り返している。
心臓、それは大抵の生物にとって最も大事な器官であり、生物にとっての弱点でもある。
それは、生物ならざる者にとっても同じである。
取られれば、死ぬ。
古都ノ葉はそれを取った。
その瞬間、心臓は拍動をやめる。
空間に亀裂が走り、崩壊する。
二人が目を覚ますと元の廊下に戻っていた。
古都ノ葉の手には消えかかる心臓が握られている。
今にも消えそうだ。
(やばい)
七月は心臓と剣のキーホルダーを奪い取り心臓に突き刺す。
突き刺さると同時に消えてなくなる。
「なん、、、なの?」
「なんでもいいだろ」
(今からが本物の試練なのだから)
七月にとって、英語のパフォーマンステストが本当の試練となるのだった。
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