白いワニ・急
結構歩く。
『このパーティのリーダーは私だから! 私の後ろをカルガモよろしくまた来て四角! あれ? 私何を言おうとしてたんだっけ?』
とにかく、ビッグマウス大口に道案内を任せてから十数分、目的地とやらにはまだ到着出来ていなかった。
「っかしいなあ。あー、もしかして消えちゃったんじゃないのかなー」
消える訳ねえだろうがよ。くそう、こんな、こんな外に俺を長時間無意味に引っ張り回しやがって。早く下水道に着いてくれ。こんな変質不審者の後ろをカルガモよろしく付いて行ってるのが誰かに見つかったら……。
しかも、この辺り住宅街だし。やべえ、やべえぞ。確変じゃん。確実に見つかるじゃん。確実に誰かに見つかって変質者と思われちゃうじゃん略して確変。
「ど、どうするんですか……」
「うーん。蓋のないマンホールがこの辺りにあるって、くだんちゃんから聞いたんだけどなー。ソーメン君、明かりとか持ってない?」
「な、ないです」
「じゃ、目ぇ光らせてくれないかな」
そういうのが出来そうなのはむしろそっちじゃねえか。
「えー、ビームとか出ないのー?」
「で、出ません」
大口はつまらなさそうに頬を膨らませる。わざとらしく、清々しいまでに腹が立つ。
しかし、このままだとマジで困る。早く蓋のないマンホールを見つけなくちゃあな。
「全然ないねー。マンホールなら結構あるのに。どうしよう、目立たないところにあるのかな」
そりゃそうだろう。道の真ん中にあるマンホールに穴が開いてたら大問題だ。つーか、蓋がないだけで問題あり過ぎだろ。
「面倒だなー。私、こう見えても探し物苦手なんだよね。ほら、小さい頃にやらなかったかな、絵本で何とかを探せって奴。アレ難しくてさー、いつもいつも私は見つけられなくて、悔しくなって引きちぎっちゃうんだよね」
本を引きちぎる……? どんだけ馬鹿で力のあるガキだったんだ。
「そんな訳でー」
「……?」
大口は適当なマンホールの上に立ち、深く、長い呼吸を繰り返す。
「な、何を……?」
「どっせい!」
何かが砕けるような、そんな音が聞こえた。大口は女とは思えないような掛け声を放ち、自らの拳をマンホールの蓋に叩き付けていた。骨が砕ける。そんな音だったのだろうか。呆気に取られた俺だったが、次の瞬間、もっと驚いた。
彼女の拳には、マンホールの蓋が――。
「な、あ、あ……」
「うーん、最初からこうしてれば良かったんだね。私ってば天才的! 天才的に破砕の才があった訳ですね!」
こいつ、やりやがった。力ずくで、こじ開けやがった。
大口は拳から、更に穴の空いた蓋を引き抜き、空き地に放り投げる。結構大きい音がしたのだが、どうやら、近隣の住宅から誰かが出てくる気配はなかった。
「さあ行こうかソーメン君。私たちのファーストアドベンチャーの始まりだよ!」
ただし、ダンジョンは下水道。雑魚敵の出ない、ボスしかいないクソ仕様のダンジョンだ。
くっっっっせえええ!
「……うう」
梯子に手を掛けた瞬間から分かってたけど、やばいだろここ。くっさ! 鼻が曲がりすぎて逆にかっこよく整形されちまいそうだ! 風が殆ど通っていないせいか、臭いが見えるぐらいに立ちこめてやがる。流れる水も、実に形容し難い。何が流れているのか、何が浮かんでいるのか。絶対に考えたくない。さっき食ったものが胃の腑から逆流してきそう。
「さっ、行こう!」
「あ、あの……」
どうして大口は平気なんだろう。あ、まさかマスクか? そうかそれなのか? それなんだな!?
「ま、マスクを」
「え? ああ、ソーメン君もマスク欲しいの? うーん、確かにそうだよねー、ここってかなり珍妙奇天烈摩訶不思議スメルが漂ってるもんね。でも、無駄だと思うよー」
大口はマスクを外し、悪戯っぽく笑う。久しぶりに目にした彼女の口は、思っていたよりも小さかった。
「マスクとか、無駄無駄。全然効いてないよん。私がこうなのはただの空元気だから。ガスマスクでもないとここは耐え切れないよねー」
「……そ、そうでふか」
やばい。ちょっと鼻声になりつつある。
「あははー、そうでふそうでふー」
しかもそれをネタに遊ばれている。やめろ、俺をダシに笑いを取るのは止めろ!
「よっし、そいじゃあくだんちゃんを探そうかっ」
探すと言っても、下水道は案外広そうだ。入り組んでいるし、くだんの言っていた場所とは別の入り口から入ってきたんだし、そう簡単には見つからないんじゃないのか。
「適当に歩けば見つかるんじゃないかな。多分、くだんちゃんの入ったっぽいマンホールからはそんなに離れていないだろうし」
「……は、はあ」
進めど進めど、景色は変化しない。同じところをぐるぐる迷っているのかそうでないのか、俺には全く判断出来ない。多分、道に迷っているんだろうけど、そもそも目的地なんか最初からなかった。道に迷ったというのなら、下水道に入ってきた時からなんだろう。
「………………」
「………………」
ただ、大口が一切口を開かなくなった。元気さだけが取り柄のアッパー女が喋らないってのは、少し不気味。彼女の顔を盗み見してみるが、顔色がかなり悪そう。道に迷ったのを焦っているのか、臭いに耐え切れなくなっているのか。恐らく、その両方だろうな。
静かなのは決して嫌いじゃないけど、こういう気まずい空気は苦手だ。どうしよう、何か話でもして、気を紛らわせてみるってのは。でもなあ、何を話せば良いんだろう。天気か。天気の話か。でも、ここ下水道だし。良い天気ですね、とか無理だろ。どんだけ能天気なんだよ俺って話じゃん。しかも話題に困って天気の話を振るとか、自分の話術の低さを露呈しているみたいで嫌だ。いや、確かに話術スキルを持ち合わせてはいないけどさー、けどさー、見栄って言うの? そーゆーのって誰にでもあるじゃーん。
「あ、あの……」
「あ、ちょっと黙って」
!!!
今! 俺は! 気を遣おうとしたのに! 黙ってと! 言われて! しまいましたぁー! もう嫌だー! ここから出してくれ! 俺を殺してくれ!
「ソーメン君は何か聞こえなかったかな。ほら、水が跳ねるような、飛び散るような音」
「お、音……?」
何も聞こえなかった気がするけど。マンホールの蓋を力ずくでぶち抜くような女は、やっぱり聴力も半端じゃなかったりするんだろうか。
「ほら、また。こっちの方から聞こえてくる。行ってみようっ」
大口が突然走り出す。俺は少しだけ迷ったけど、彼女の後を追い掛けた。
角を幾つか曲がっていく。大口の背中は徐々に離れていってしまう。奴の足は驚異的に速い。そういや、百メートルを何秒で走るんだっけ。
「ぎゃーっ出たーっ!」
「お、大口さん……?」
完全に姿の消えた大口。彼女の走っていった方向をなぞりながら、声のする方へ走る。懸命に。ただ、息が上がって苦しい。呼吸をしたい。空気を吸いたい。あーだけど、この場所特有のえげつない臭いが口の中を、をおおおお。
「う、あ……」
辿り着いた、そこで見たものは、
爬虫類特有の感情の宿らない瞳。
肉を噛み千切る鋭い牙と、肉を引き裂く頑丈そうな爪。
俺よりも、大口よりも大きな体躯。
何よりもその、白い、鱗――!
こいつが、これが、下水道に棲む白いワニ!
「見てみなよソーメン君っ、本当に白い!」
そういう問題じゃない。まず、色がどうとかじゃなくて下水道にマジでワニがいた事に驚きだ。いや、驚きよりも恐怖が先立つ。鳥肌が立つ。自分よりも大きい。ただそれだけで、威圧感やら圧迫感が半端ねえ。大口はどういう神経してるのか、嬉しそうにワニを指差してはしゃいでいるが、こいつはかなりまずい状況なんじゃないのか?
獲物(こう表現するのはかなり抵抗がある)を前にしているのに、ワニは微動だにしない。一ミリたりとも動かない。俺たちをじっと観察して、まるで、いつ飛び掛るのかタイミングを計っているような……そんな剣呑さを感じる。向こうが動いてくれるのなら、こっちだって背を向けて逃げ出せるんだけど、自分から奴に背を向ける事が恐ろしくてたまらない。背中を見せた瞬間に、飛び掛って食われてしまうのではないかと。
何よりまずいのは、ここにくだんがいない事だ。俺はてっきり、彼女の方が先に白いワニを見つけて、とっくに事を解決しているのだとばかり思っていた。
「早く早くっ、写真写真! ムービームービー!」
「え、えと……」
この状況下で何を言い出しやがるかと思えば。いや、
「む、無理、です」
絶対無理。下手な真似なんか出来るかよ。言わば、今は西部劇やら時代劇のワンシーン。先に動いた方が負けるってなアレだ。空気を読み、場の流れを掴み、じりじりとした重圧を……
「ならば大口咲、吶喊します!」
無視すんなよ!
大口は走り出し、そのままの勢いで跳躍する。
「私の生き様をその目に焼き付けろおっ!」
彼女はワニの頭を踏み付け、更にそこを踏み台にして再び飛んだ。天井に足を着け、今度は頭から、ワニの胴体へと拳を振り抜く。激しい水音。痛がっているのだろうか、ワニが暴れて周囲には汚水が飛び散った。天井からは破片が降り注ぎ、埃が舞い散る。だが、瓦礫の雨を気にせずに大口は拳を突き立て続けた。ワニの背に這い蹲るようにして、攻撃を繰り返す。
無謀だ。
マンホールの蓋とは違う。大口には力があるから物を壊すのは簡単かもしれないが、意思の宿ったモノが相手ならば話は別だ。当然、激しい抵抗に遭う。
「あっ……?」
予想通り、ワニはくるりと回転し、大口を振り落とそうとする。
「うわああああっ!?」
やはり体勢が悪かったのだろう、大口は踏ん張り切れずにワニの背から転げ落ちる。水柱が上がり、飛沫が俺の方にも掛かってしまった。いや、言ってる場合じゃない。そこは人間のフィールドじゃない。下水道と言う狭いスペースではあるが、そこは間違いなくワニのフィールドなんだ。
実際、獲物がそこに転がってきた事もあり、ワニの動きが早くなる。口を開け、爪を振り上げる。つーか、何やってんだよ大口っ、さっさと水から上がれってんだ!
「お、大口さんっ!」
……そんな俺は、ギリギリ安全な場所から声を上げるだけだ。それしか出来ない。いや、一体どこのどなた様が動けるってんだ。相手はワニなんだぞ、俺が、ただの人間に何が出来るって言うんだ。第一、大口を助ける義理はどこにもない。あいつが勝手に飛び出して、勝手に死にそうになってるんじゃねえか。なら、勝手に死ねば良い。今の内に逃げちまえば、俺は助かる。俺だけは助かるんだ。こんなところで死ねるかよ。ワニなんかに食われちまったら誰にも気付いてもらえないまま、こんな寂しくて、汚くて、どうしようもない場所で。そうだよ、逃げろ。所詮、あいつは都市伝説の生き残りなんだ。ある意味、人間じゃない。人間の俺が、人間じゃないあいつを助ける? 馬鹿な、アホらしい。それで俺が死んじまったらどうするってんだ。ミイラ取りがミイラってなもんじゃねえぞ。口がでかくて、声がでかくて、背もでかくて、馬鹿みたいにアホみたいにテンションが高くて、他人の迷惑も顧みないアッパーな奴で、家族でもない。友達でもない。大口咲とは何でもない。だから、だから……助けてくれよ。
「う、く、あ……」
上がってこねえじゃねえか。大口ぃ、いつまでそんなところにいるんだよ。俺じゃあ無理なんだよ、頼むよ、お願いだ。誰か、誰か――!
「見つけた」
「――――あ」
眠そうに、退屈そうに、重そうに口を開く。でも、その声は、彼女の声は。
「ここは入り組んでいて歩きづらい。ソーメイ、君もそうは思わなかっただろうか?」
「ああ……」
来るのが、遅い。遅いんだよ、くだん。
「おっ、大口さんを……」
「……把握した。しかし、アレは口裂け女の妹。都市伝説の残滓。君が助ける理由があるの? くだんが助ける理由は?」
そう、大口はかなりぎりぎりの、人間にとっちゃ際どいラインで敵なんだ。でも、嫌だ。俺にとってはそんなの関係ない。理由なんかない。
「く、くだん……」
くだん、お願いだ。あいつは、俺みたいなどうしようもない奴と話してくれたんだ。一緒に歩いてくれたんだ。笑ってくれた……!
だから、彼女を助けてくれ。
「そう。……口裂け女の妹を助けるに値する理由があると判断した。ソーメイ、今の時刻を教えてほしい」
ありがとうと礼を言うのは後でも良い。彼女がその質問をしたと言う事は、つまり。
「ろ、六月十二日の、えと、十一時五十、八分」
くだんはこちらを見ずに、白いワニをぼんやりと、至極つまらなさそうに眺めた。
「君に感謝を。では、くだんは予言する。『六月十二日十一時五十九分、口裂け女の妹は強くなる』」
予言。くだんが口を閉じた瞬間、水面が割れ始める。波紋が広がり、その中心部にいたワニの体が浮いていく。いや、違う。
「ソーメイ、君は知らないと思う。だから言っておく。くだんは口裂け女の妹を助けるのではない。助かるようにするだけ」
ワニは浮いているんじゃない。浮かされている。持ち上げられているんだ。そして、持ち上げているのは彼女以外に有り得ない。――大口咲。彼女がワニを、徐々に持ち上げていく。
「私は……」
白かったコート、今は見る影もない。汚水でずぶ濡れになった黒髪。そのせいで、彼女の顔が殆ど見えない。ただ、瞳だけが鈍く、ぎらぎらと輝いているのが見えた。
「――――――!」
ワニが体を揺らした。しかし、胴体は大口にがっちりと、完璧にロックされている。淡水域の生態ピラミッドの頂点に位置する獰猛な獣が逃れようと必死に足掻く様は滑稽に見えた。
「う……」
相手が人間であるならば、ギブアップも出来ただろう。だが、そうじゃない。大口はワニの骨どころか、胴体を真っ二つに圧し折ろうとしているのだ。ぎちぎちと、みしみしと、肉が、骨が少しずつ壊れていく音だけがこの場を満たしていく。
「私はっ……!」
これ以上は見ていられない。目を開けていられない。
「ソーメイ、今ワニが真っ二つになった」
言うなよ!
全てが終わった後、ボロボロになった大口が俺に頭を下げた。
『ごめん』
そう、一言だけ。
俺には何も答えられなかった。何も言ってやれなかった。
……負い目がある。
俺は大口に対して、負い目があった。いや、今も、これからもある。あり続けるのだろう。
同時に大口も俺に対して、いや、この町に住む人間に対して負い目があったのかもしれない。
口裂け女。
それはもう、この町にはいない。消えて、失せた。木っ端微塵に四散して、その血も、肉も、何も残ってはいない筈だ。だが、口裂け女は確かにこの町にいた。この世界に存在していたんだ。口裂け女のせいで子供が死んだと、そう聞いている。ああ、なんて酷い話なんだろう。未来あるガキが殺されて、あまつさえ食われちまったんだ。なんて残酷極まりない。んな事、一々言わなくても分かっている。
大口咲は、理解している。
自分の身内が人を殺して、消されたのを理解している。
『ごめん』
罪滅ぼしのつもりだったのだろうか。姉の代わりに、大口には何の罪もないのに。人を殺した白いワニを殺す事で、一体誰に許されると思ったのだろうか。そもそも、彼女は許されたいと思っていたのだろうか。それで、果たして許されるのだろうか。だけど、殺された子供も、子供の家族も、誰も許してはくれないだろう。謝って済むなら警察はいらないんだし、くだんだって動かない。ただ、俺には良く分からない。聞くつもりもなかった。誰かに聞いたところで納得出来るかどうかは分からないんだしな。
だから、俺は許そうと思う。もしも大口が許されたいと思っているならばの話だけど。世界中の誰もが彼女を許さなくても、俺だけは許す。許してやりたい。
『汚れたからお風呂入りたい。あと、新しい服も欲しいなー。ねえ、ソーメン君?』
いや、やっぱ許すのやめようかな。
白いワニは死んだ。真っ二つに引き裂かれて死んだ。ワニに殺されてしまった人が結局何人いるのか、そこまでは分からない。知りたくもないってのが本音でもある。死体が残っているんなら、拾ってやろうって意識はあった。が、所詮俺は俺なのだ。どこまでいっても俺は俺。他人は他人。遺族には申し訳ないが、特に何もしないでおく。そう決めた。くだんも大口も普通に風呂入って帰っていっただけだし。まあ、マンホールの蓋が外れていた事が警察の耳に入るのもそろそろだろう。いや、もしかしたらとっくに動いているかもしれない。なので、大丈夫。ワニはもういないんだし、大丈夫だろう。うん、大丈夫。
やれやれ、しかし、俺は昨日も何もしていなかったぜ。とりあえず、いただけ。我ながら面白いくらいに情けない。まあ、良いや。良いけどね。俺は異世界に召喚される勇者でもないし、実は親父がすっげえ強い剣士でその血を引いてる訳でもないし、超が付くほど可愛くて欠点のない女の子に囲まれる優柔不断なハーレム系の主人公でもないんだ。俺は引きこもり。それ以上でも以下でもない。うん、それで良い。
「おらああっ!」
「ひっ、ひい!?」
ドアがノックされた! つーか叩かれてる壊されそうだ!
「な、何なんだよ……?」
「ぶっ殺してやるからここ開けなさいよね!」
こ、殺す? 俺が殺される? いや待て落ち着け冷静になれ。つーか、あんだよ脅かすなよ妹じゃん。まーた朝から騒いでやがんなこいつ。今回は何が原因か知らねえけど、えーと、今何時だ。あ? 九時前だと? こいつ、学校遅刻確定じゃん。
「こ、殺されるのに、あ、開ける訳ないだろ」
「じゃあ殺さないから開けなさいよっ! さっさと出て来いって言ってんだろクソアホバカ! ヒッキー、ニートっ、ごくつぶし!」
いつもよりも凄い剣幕だ。やばい、本気でドアがやばい。どうしよう、仕方ない。少しだけ開けてやるか。
俺はドアの鍵を外し、南京錠を二つ外して、ほんの少しだけドアを開く。
「な、何なんだよ?」
と。
ぐぐぐぐぐ。とでも形容するのだろうか。とてつもない力がドアに掛かった。あ、まずい。そう思った時にはもう遅い。妹は指を隙間に入れ、手を差し伸べ、腕を捻じ込んでいく。くっ、やらせるかあ!
「あ・ん・た・で・しょ・う……!」
何が!?
「私はっ、朝にシャワーを浴びる人なの! なのにっ、なのにアレは何よ!? お風呂場むっちゃくちゃのぐっちゃぐっちゃじゃないの! 気持ち悪いぐらいに長い髪は落ちまくってるわ排水溝に絡まってるわで怖い怖過ぎる! 蛇口がちゃんと閉められてないからシャワーから水滴がぽったぽた落ちてるわ! 何よりそれより全体的に泥だらけ過ぎるわ! 誰なの!? あんたなの!? 一体どこのどいつが風呂場に入ればああなるって言うのよ! 朝っぱらからお風呂掃除なんて親孝行過ぎるじゃないの! お陰でこんな時間っ、こんな時間になっちゃったじゃないのっ、どうすんのよ皆勤賞狙ってたのに泥が気になって学校遅刻しちゃったじゃん! 全部あんたのせいでしょ! つーかあんたのせいだから! 絶対お前のせいだ!」
やはり、現役女子中学生には勢いで負けてしまう。抵抗空しくドアが完全に開け放たれ、俺は白日の下に晒されてしまった。
「う、うう……」
「おらあああっ!」
白いワニより、こいつをどうにかしてくんないかな。いや、まあ、風呂に関しちゃ全部俺の責任なんだけど。