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口裂け女・結



 目が覚めると、やけに体が痛かった。太陽が眩しかった。光を避けようとして、俺は布団を被り直す。今、何時だろ。家の中が静かだから、昼ぐらいだろうか。ま、関係ねえか。ヒッキーの俺に時間は無意味だ。俺が起きた時が朝なんだから。今日は何をするかな。終わったRPGのレベル上げでもすっかなあ。

「ふあ……」

 ……平日の昼間から。我ながらダメな奴だとは思う。でも、そう思うのも一瞬だけ。悩んだり考えたりはするけど、それだけ。結局、俺は部屋から一歩も出ず、誰とも話す事なく、一日を終える。

 その筈、だったんだけど。ドンドンと、ノックされる。ドアじゃない。一日中カーテン閉め切っている窓だ。そこをノックされている。つまり、外から。庭から。誰かが俺の部屋に、俺に用があるのだ。

 引きこもりの、俺に?

 訝しげに思いながらも、引きこもっているくせに外界との繋がりを完全に断ち切れない俺がいた。ゆっくりとカーテンを開けると、

「こんにちはーっ! ソーメンくーん、昼間からジメジメと部屋に引きこもってたら体中にキノコが生えちゃうわよー!」

 長い黒髪。顔の半分ほどを覆ったマスク。白い、コート。

 俺は何も言わずにカーテンを閉めて布団にもぐる。

 どうしてこうなったのか、何が起こっているのか、考えなくても分かる。話は簡単だ。俺が、あの時この女を助けたからに他ならない。

 今となっては少し後悔していた。いや、今になったからこそ後悔出来るのか。どっちにしろ、しまったと思っている。まさかこんなにも懐かれちまうなんて、どこの誰が思うってんだよ。

「あれーっ? 聞こえなかったのかなー?」

 どうして助けたのか、今となっても良く分からない。ただ、都市伝説で人を襲う存在とは言え、二人も身内を失ったのを何だか可哀想に思って、くだんに頼んでしまった。こいつだけは、せめてこいつぐらいは助けてやって、と。一体、俺は何様のつもりだったんだろう。

 だから、まあ、俺の静かな引きこもり生活が脅かされるのは自業自得で、仕方のない話なんだろう。

 口裂け女はこの町から消えた。木っ端微塵になって、ばらばらになってそこらにこびり付いた血と肉も、もう町からは消えちまっただろう。だけど、その妹は残っている。生きている。この町に、都市伝説の残滓として。口裂け女の妹として、彼女が生きている限り、この町には口裂け女がいたという、その事実が残るんだろう。



 夕方、妹が友人を連れてきたらしく、家の中が騒がしくなった。なので、起きる。でも息は潜ませる。黄色い声が我が家に響いていた。実に華々しく姦しい。……姦しいって字エロイっすね。

「……あー」

 ごろんと、ベッドに寝転がる。口裂け女こと、大口咲(おおぐち さき)からもらった漫画も読み飽きたし、何をしよう。何だか腹減ってきたなあ。でもなあ、部屋から出辛いし。もしも妹や、妹の友達に出くわしたらどうしよう。うわ、うーわ、想像しただけで死ねる。こーゆー時はパシリの一人でもいてくれたら良いのになーってマジに思うね。いや、日頃の俺はパシられる側の人間だけどさ。

「くだーん、お腹空いたー」

 世の中全てを舐めきったような声だったろう。けど、窓は叩かれた。誰かが、俺を呼んでいる。さっきみたいに強くではない。控えめに、だけどその音は確実に。

 立ち上がり、カーテンを開ける。と、やはり、そこには彼女がいた。厚手のニット帽。黄色いパーカー。下半身をえらく露出させた格好。小さな、女の子。

「こんにちは、ソーメイ」

「こ、こんにちは……」

 窓を開けると、くだんが手を振ってくれた。

「お昼ごはんは食べた?」

「ま、まだ」

 と言うか、このままじゃ晩飯すら危うい。

「そう。ならばお邪魔する」

「え、ちょ、ちょっと……」

 くだんは窓際に腰掛け、ブーツを脱ぐ。彼女は部屋中を見回し、少しだけ困ったように首を傾げた。多分、靴の置き場所に困っているんだろう。

「そ、その辺に置いといて良いよ」

「感謝する。では、ソーメイにこれを進呈する」

 そう言ってくだんが渡したのはコンビニのビニール袋だった。中身は、パンとかおにぎりとか、あ、プリンも入ってる。

「わ、悪いよ。は、半分持つから」

「構わない。それはこの間のお礼と思って欲しい」

 お礼? 俺が? 俺がお礼を言われるのか?

「え、と……?」

「くだんは都市伝説を追っている。そして、潰さなければならない。けど、あの口裂け女については迷っていた。今も、迷っている」

 消さなかった事について、か。

「だから、くだんの代わりに選択してくれた君には感謝している」

「そ、そう、なんだ……」

 くだんにそう言ってもらえると、少しは救われる。俺のした馬鹿な選択も、あながち間違いじゃなかったんだと、そう思える気がした。

 でも、でも。……くだんは都市伝説を追っている。俺の町からそいつが消えちまった今、彼女がここに残る理由はない。だから、ここでくだんとはお別れなんだろう。

「……く、くだん」

「何、ソーメイ?」

 何を言えば良いんだろうな。さよなら、か? また会おう、かな? いや、グッドラック、とか? ダメだな、何を言ってもダメっぽい。

「あ、ありがとう」

「君がお礼を言うのは間違っている気がする」

 いや、間違っちゃいない。短い間だったとは思うけど、こんな俺を助けてくれて、一緒にいてくれて、本当に感謝しているんだ。だから、ありがとう。

「でも、感謝されて悪い気分はしない」

 くだんは呟いてから、口元を緩ませる。なんだよ、ずりいな。そんな顔も出来たのか。

「く、くだんは行くんだよね?」

「行く、とは?」

「都市伝説を、つ、潰しに……」

 だから、この町から、俺と、お別れ。

「……そう。くだんは、そろそろ行かなければならない」

「うん」

 覚悟はしていた。寂しいし、悲しい。だけど、彼女にはやらなきゃならない事がある。俺なんかと違って、時間を無駄に使えるほど暇じゃないんだ。

「ソーメイ、元気で」

「くだんも、元気で」

 また会おうと言いたかった。会えるかなと尋ねたかった。俺はもう、底なしの意気地なしだ。




 くだんが去り、部屋には生温い風が入り込む。六月。すっかり夏だ。こんな生活を続けてから、一年以上も経ってるんだな。時間が過ぎるのは早いねえ、すっげー残酷。

 さて、今日は何をしよう。

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