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件の如し



 セミが鳴き始めた。人を殺すような暑気が鎌首をもたげ始める。本格的に夏が始まりつつあった。実感が湧かないが、汗は噴き出してくる。

 ベッドの上で寝返りを打って、ケータイで時間を確認する。……そろそろ起きなきゃまずいな。汗を吸って重くなったシャツを脱ごうとした瞬間、けたたましいノックの音が聞こえて、ドアが開けられる。

「朝だから!」 知ってるから。

 入ってきたのは妹の静である。名前負けというか、名は体を現さない見本のような奴だった。もう高校生だってのに、メンタル的な部分は中学ん時と何も変わってない。

「……うるさいなあ」

「ご飯、食べないの!? 食べないとか言ったらぶっ殺すけど」

 食うよ、いただくよ、食べさせていただきますよ。

「明日であんた、ガッコ終わりじゃん。今日くらいはダラけんのやめてよね。つーか、早くしなきゃ静まで遅刻しちゃうじゃん」

「だったら一人で行けば?」

「良いから起きろ受験生!」

「うっ、うわ、やめろ」

 布団をはがされて、ベッドから叩き落されそうになる。仕方なく起き上がって、体を伸ばした。

「お前だって来年受験生だろ。そんなうっさいとセンター試験受けられねえぞ」

「はあ? バカじゃん?」

 そう、受験だ。受験である。俺は高校三年生の受験生だった。『受験生だから』と何をやっても許される身分なのである。遅刻がなんだ。寝坊がなんだ。そこのけそこのけ受験生が通る。

「あんたも塾行けば良いのに。静が紹介してあげよっか?」

「ヤだよ」どうして妹と同じところに行かなきゃならねえんだ。

「何それ。好意をムゲにする奴はゾルバドスなんだから」

「お前、ゲームやり過ぎ。また勝手に持っていったろ」

 妹は部屋の中をどたどたと駆け回り、じろじろと見回す。そして、窓のところで足を止めた。

「あっ、また窓の鍵開けっぱじゃん! 危ないから閉めとけって言った! 言ったよね!? 静絶対に言ってたよね!? なんでまた無視してんの? 信じらんない。頭ん中何が入ってんの? スポンジ? スポンジ?」

 あ、しまった。また開けっ放しになってたのか。

「悪い悪い。癖になってんだよな、何か」

「……窓開けとくのが?」

「……あー、まあな」



 身支度を済ませて、妹の用意した朝食を食べて、歯を磨いて外に出る。クソ暑い。死ぬ。死んじゃうぞ、こんなの。

「行きたくねー」

 電車、ものすごいだろな。何かもう、臭いとか。

「こう暑いと、涼しくなるような話が聞きたくなるな」

「げー、あんたってそういうの好きだよね」

 妹は参考書を読みながら歩いている。俺も見習おうか。けど、大学かー。何か、やっぱ実感ねえな。来年は大学生になってるってビジョンが。ビジョンがまるでない。かと言って働くのも想像出来ん。アルバイトだってやった事がないんだし。やっぱり、もう少し頑張らないと。

「そういや」

「何だよ」

「こないだ、また友達呼んでたじゃん」

「それが?」

 参考書を閉じ、妹は俺を見上げる。

「泊まるのは勝手だけどさ、あんたの友達、うるさいんだけど。どうせエロいゲームとかで盛り上がってたんでしょ。マジでキモい。もっとマシな青春とか送れないワケ?」

「何、混ざりたかったの?」

「コロス!」

 ふっ、無駄だ。貴様如きの蹴りが俺に通じると思うなよ。

「いっ、た……! ケツ固っ!」

「筋トレは俺の趣味だからな。ちょっとやそっとじゃ俺にダメージは……」

「あんた、また振られたんだって?」

 ぎゃああああああああ!?

「は、はあ? 何言ってんのお前?」

「いや、聞いたから。本人から。『シズちゃんのお兄さんっていろんな意味で面白いけど、そういう対象としては見れないんだよねー』って」

「やめろ! やめろよ! そういうの身内の口から聞きたくねえよ!」

 俺の怒りをどこにぶつけりゃ良いんだよ!

「死ねロリコン」

「あー、死にたくなってきた」

「根暗の癖にアクティブってタチわるーい。静の友達を狙うのやめてくんない? 最悪なんだけど」

 お前の友達かどうかなんて知るか。分かるか。

「大体さー、あの子のどこが良かったワケ? ちょっと地味めじゃん」

「……友達をそういう風に言うなよな。まあ、お前からすりゃ地味だけど」

「だけど?」

「何か、帽子が似合ってたんだよなー」

「帽子? 何、その特殊な性癖。うわ、気持ち悪い」

 性癖言うな。

「あ、鳥肌」

 期せずして涼しくなるような話をしてしまった。と言うか地味に現在進行形でショックを受けている。

「……あっ、今の人すげえキレイ」

 だらだらと歩く俺たちを、すたすたと追い抜かしていくスーツの女性。背が高くて、暑いってのに長い髪の毛。

「ロリかと思えば。こないだはコンビニの前にたむろってた子にも目ぇいってなかった? あんた、女なら何でも良いの?」

「人をアライグマみたいに言うな。俺は、俺を好きでいてくれる人がタイプです。でも、和服の似合う子はポイント高し」

「聞いてないしー」

「誰か紹介してくれよ」

「死ねクソが」

 ああ、暑いけど暖かいものを欲する俺。温もりが欲しい。人工的じゃない温もりが。

「あ、そういえばさー」

「んー」

「友達の友達から聞いたんだけどね」

「ん」

 セミの音がやけにうるさい。耳からずっと離れない。俺は立ち止まって、頭を振った。

「あ、静は全然信じてないんだけど。けど、何かクラスで流行ってるらしいからさー。あー、子供だよねー? 夏だから? そーゆー話が増えてきちゃってんのかなー。困るよねー、お子様の相手をしなきゃならないのって。怖いとかそんなんじゃないんだけど、でも、付き合いってもんがあるじゃん? 静ってあんたと違って社交的だから」

 前方の景色がぶれている。遠くの方で陽炎が揺れている。アスファルトから足をはがすと、頭の中が焼けたように感じられた。

「あ、ちょっと聞いてんの?」

「ああ」

 いつだったか、彼は言っていた。人の悪意は消えない、と。ならば、どうなんだろう。いや、そうなんだろう。悪意がなくならない。なら、都市伝説は? 都市伝説は――――彼女たちは、今も、どこかで。

「聞いてるよ。友達の友達が、何?」

 妹が口を開く。彼女の声はセミの声と、俺の頭の中の声によって掻き消された。

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