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くだんとソーメイ



 床が割れ、壁が砕ける。息を吹き返したカシマさんたちと、大口、森との戦闘は続いていた。俺はそこから離れたところで見守り、

「すごいね、都市伝説は」

 何故か、近くには件もいる。とは言え、俺が何か仕掛けたところでかわされてしまうのがオチだ。チャンスを待とう。

「都市伝説が人を守るなんて聞いた事もなかったけど、だけど、君はあの子に気に入られているんだったね。それくらいはありえちゃうか」

「……俺が、くだんに?」

「そうだよ? いや、そうじゃないか。今までの事を考えたら分かるだろ。君はそこまで鈍くない筈だ」

 だったら、くだんはどうして現れなかったんだろう。メールの一つくらい返してくれても良かったじゃないか。電話だって、たまには出てくれたって。

「でも、アレだねえ」

 二人は大丈夫だろうか。数の上では大口たちが不利である。カシマさんなんて何でもありな都市伝説が相手なんだ。おまけに件がいる。このブタ、自分が不利になろうものなら何を呼び出すか分からないからな。

「退屈だね。新しいのを出そうか。『紫ババア』なんてどうだい?」

 だっ、しまった! やっぱり駄目だ油断ならねえ!

「てめえっ、やらせるか!」

「はは、もう遅いよ」

 件は軽快なステップを踏み、俺から逃れる。彼は改札口を指差して、頬の肉を揺らした。

 全身が紫色の老婆が現れる。ババアの髪は腰に届くほどに長い。着物も、口紅も、何もかもが紫で、長く鋭い爪が俺の目を引いた。遅かった。つーか、声さえ出せば『そうなっちまう』なんてずる過ぎるだろうが!

「助けを求めるかい?」

 件が醜悪な笑みを浮かべる。ああ、嘘なんだな。目的も意味もないなんて言ってたが、今のこいつは酷く楽しそうだった。

「いや」俺は首を振る。さっきからずっと、ケータイが震えてるんだ。だから、そろそろだろう。

「もう来てる」

 光の中に灯りが溶ける。闇夜を切り裂き、静寂をつんざく駆動音がこちらに迫るのが確認出来た。小柄で特徴的な車体。真っ赤なボディ。乗っているのは、桃色のジャージに身を包んだ女だ。そいつが駅の構内に乗り込み、こっちに……。

「って停まれや!」

「退きなさいっ」

 メリーさんの前に紫ババアが立ちはだかる。即座に轢かれる。メリーさんはその衝撃でバイクのハンドルから手を離してしまい宙に浮く。紫ババアの首が妙な方向に曲がる。横倒しになったバイクが床を滑っていき、メリーさんが声を上げた。

「あたしのベスパちゃんが!」

 ベスパちゃん、ぐっちゃぐちゃだった。ついでに言うと、紫ババアはもっと酷い事になっている。出てきたばっかで少しだけ可哀想だなあという気持ちになる。

「ぅあんたのせいでしょう!」

「おっとっと、怖いなあ、もう」

 メリーさんが件に飛び掛かる。彼はへらへらとしながら、ぶよぶよの体で踊るようにして下がった。

「鬱陶しいなあ、『メリーさんは』」

「させませんっ」

 件が何か言おうとした瞬間、横合いから森が飛び込んでくる。彼女は腕を伸ばし、彼は背中を反らす。

「カシマは!?」

「大口さんが一人でっ」

 俺は咄嗟に視線をずらす。三人のカシマさんを相手に、大口が一人きりで奮闘していた。だが、こうするしかない。件の力は強過ぎる。さっきも、野郎メリーさんを消そうとしていたんじゃねえのか? 声に出すだけでそれを現実のものにするなんて卑怯だ。ずる過ぎる。端っから勝負になってない。……それもそうか。件は、いわば都市伝説の生みの親なんだ。メリーさんやひきこさんなんか子供も同然である。だったら、やっぱり二人掛かりでもなけりゃどうにも出来ない。

「一人で良いのかい?」

「良いんだよっ」

 油断して、こっちに背中向けてやがった件に拳を振るう。もう二度と、なんて思っていたが、こいつ相手なら話は別だ。

「乱暴じゃないか、聡明君!」

 喋る暇を与えちゃ駄目なんだ。三人で引っ掻き回す。そんでもって、大口がやばくなったらメリーか森に援護を頼む。そんでもって、そんでもって……どうするよ、おい。そこで終わりじゃねえか。あ、だから、こっち見るなって。森も、メリーも。俺を見るな。どうしましょう? って、俺が聞きたいっつーの。

「どうせなら、ここに悪意を集めてしまおうか。壮観だと思うよ、きっと」

 ああ、くそ。早く来てくれよ。やっぱり、お前がいなきゃ駄目なんだ。

「都市伝説は人の悪意だ。人の悪意が人を殺す。僕は予言をするだけだ。それだけでっ」

「やらせるものですか!」

「……私たちは悪意なんかじゃありません!」

「いいや、君たちは悪意だよ!」

 俺からすりゃあてめえは悪だよ!

 メリーさんが右、森が左から押さえに掛かる。だが、件は体格に似つかわしくない動きで彼女らから、俺から逃れていた。駄目だ。追いつけない。このままじゃ、どうにもならねえ!

「おしまいにしてくれないかい? 僕に、予言をさせてくれ」

 件が口を開く。彼が声を発そうとした時にはもう、誰も間に合いそうになかった。



 彼女の声はいつも透き通っていた。小さなそれなのに、俺の耳には届くんだ。

「『都市伝説は消えない』」

 声が。

 声が俺を呼んでいる。

「『口裂け女は人を食べない』。『メリーさんは町を守る』。『ひきこさんは人を殺さない』」

 ああ、ずっと会いたかった。二年経っても、何年経ってもこの気持ちは消えないんだろう。俺が年を食っても、死ぬ寸前になっても、心のどこかでは彼女への思いが残っている。そうに、決まってるんだ。

「……久しぶりじゃないか。くだん。元気だったかい?」

「都市伝説は悪意。悪意から都市伝説は生まれる。それでも、くだんはそれを否定しない」

 厚手のニット帽を被り、だぼだぼの黄色いパーカーを着た、やる気のなさそうな女の子。俺はずっと、この子に――――。

「件。悪意を否定するという事は、自身の存在を否定する事に直結する。都市伝説がそうなら、くだんたちもまた悪意から誕生する。くだんは、くだんを否定したくない」

「珍しい。君が何かを望むなんて、本当に」

「『カシマさんは消散する』」

 くだんが声を発した瞬間、大口と戦っていた三人のカシマさんが掻き消える。この世からなくなり、その存在すら曖昧なものとなる。

「へえ!? そうか! 君は……!」

「あれっ!? ああ、そっか! そうなんだね、くだんちゃん!」

 大口が笑う。心底から嬉しそうに、くだんに顔を向ける。

「これで終わりなんだね!?」




 人を食わない口裂け女が、町を守るメリーさんが、人を殺さないひきこさんが件に迫っていた。床を蹴り、拳を握り、創造主に歯向かおうとしている。

「ソーメイ」

 くだんが俺の傍に駆け寄り、耳元で囁いた。早口で何を言ったのか聞き取れない。すぐには意味を理解出来ない。いや、彼女がどれだけ丁寧に言ったって、今の俺には理解出来なかっただろう。

「否定はしないよ! 肯定もしない! くだん、僕たちはそういうものだったんじゃあないか!」

「くだんは、くだんだから」

 続いて、くだんが足を踏み出そうとする。

「邪魔をするのかい? だったら――――」

 件が口を開いた。わざとらしく、大きく、見せびらかすように。予言である。彼は、何かを起こそうとしているんだ。

「『くだんは声を失う』!」

 やられた。そう思ったのは俺だけではないらしかった。大口たちも一瞬間、動きを止めてしまう。その隙に、件は新たな予言を口にした。

「『都市伝説は吹き飛ぶ』」

 件に飛び掛かろうとしていた大口たちに、見えない何かが襲い掛かるように見えた。三人は三方、ばらばらの方向に吹っ飛び、壁へと強かに打ちつけられる。

「『都市伝説は動かない』。ああ、それとも動けないかな?」

 勝ち誇ったかのように、件が俺を見遣った。気味の悪い笑顔が俺を捉えて、身震いする。

 ……なるほど、そういう事だったのか。

「形勢逆転だね。聡明君、僕たちの予言には制限も制約もないと言ったけれど、それは嘘だ。声を発する事が発動の条件となっているんだよね」

 くだんは声を封じられて予言が出来ない。皆は動けない。ああ、全てお見通しだったって訳かよ。変な笑いしか出ねえ。

「ああ、少しだけ疲れたよ。喉が渇いた。聡明君、君はどうだい? 疲れてないかな?」

「くだん」

「ん? あれ?」

 今、くだんは力を失っている。諦めたかのように目を瞑り、その場に突っ立つ。本当に、普通の女の子でしかないんだ。そう認識した途端、俺の口は勝手に動いていた。

「予言なんかじゃなくて良い」

「……伸田、さん……?」

 馬鹿め。何を言っている。こんな時に、何を言おうってんだ。

「叶わなくても良いんだ」

「何を……早く逃げなさいよっ」


「くだん、俺はくだんが好きだ」


「……あ、あの、伸田、さん?」

「あなた馬鹿じゃないの!?」

「…………聡明君?」

 あ、くだんが目を丸くしている。びっくりしてんのかな。呆れてんのかな、ともかく、彼女は声が出せないから、口をぱくぱくさせているだけだ。……卑怯だったろうか。今しかないと思ったんだ。返事を聞くのが怖かったからか? それとも、くだんが普通の女の子と思えたからか? だから、俺はこんな事を言っちまったのか?

「あはは、聡明君。面白い事を言うね。それじゃあ、そろそろ良いかな? この町を都市伝説で、人の悪意でいっぱいにしようじゃないか」

 件が俺を指差す。まるで、人の悪意の元凶が俺みたいな体で。

 その瞬間、件の背後に吹き飛ばされていた者が起き上がる。彼女の瞳はぎらぎらとした輝きを放っており、その、大きな口からは獣じみた咆哮が迸った。

「人の恋路を邪魔する奴はぁぁぁぁぁ!」

「なっ、ぜ、動けるんだ……?」

「私に蹴られて銀河の果てまでええええっ!」

 横着しやがったからだ。件は『都市伝説は動けない』としか言わなかった。大口咲は都市伝説の中でも変り種の存在なのだと、どうして気付いていない。彼女は口裂け女ではない。口裂け女の妹なんだ。だから、大口に対しては件の予言が百パーセントの効果を発揮していないって事になる。

 しかし、大口が動けたからと言って件に攻撃は当たらない。彼に予言がある以上、こちらは究極的に手詰まりなのである。だったら話は早いよな。

 予言に必要なのは、声を発する事だと言っていた。だったら、件から予言を取り上げてしまえば良い。彼の声を封じてしまえば良い。……やっぱり、お見通しだったんだな。

「『件は声を失う』」

 俺はなるだけ大きな声で、腹の底から一言一句区切るように告げた。予言を行ったのである。本当に出来るかどうかは不安だったけど、件の顔を見れば一発だった。俺は予言に成功したんだ。

 件が吹き飛ぶ。天井近くまでぶっ飛ぶ。大口に殴り飛ばされたのだ。ああ、彼は『どうして』って顔をしている。いつもへらへら笑ってる薄気味悪い野郎だったから、めちゃくちゃ気分が良かった。ざまあみろだ。



 何の事はない。件の行動は、くだんに読まれていた。それだけの話である。

 くだんが俺に囁いたのは、『一時的に、くだんの能力は伸田聡明に移る』という予言だった。彼女は自分の声が封じられるのを分かっていて、力を俺に貸してくれた。俺を信じてくれたんだ。一時的ってのがいつまでなのか知らないけど、とりあえず、俺は予言によってくだんの声を取り戻して、メリーさんと森を動けるようにしておいた。

 そんで、倒れている件を四人で囲んでいる。呆気ない。

「ね、ねえ、どうするの、こいつ?」

「……摩り下ろしてしまいましょう」

「ベスパちゃんと一緒にどこかへ沈めるのはどうかしら?」

「ロケットか何かに括りつけちゃおうよ。銀河の果てを目指して! もしくは太陽でも可!」

 怖い。怖いよお前ら。

 くだんに目を遣ると、彼女は何だかやり切れなさそうな、複雑な表情を浮かべていた。

「ソーメイ」

「え、あ……」

 つーか。つーかさ、スルー? くだんさん、何もリアクションが! 反応がないんですが。スルーだよな? 俺、無視されてるんだよな? あ、ほら、まただ。森もメリーも俺と目を合わせようとしねえ。こいつら、また気を遣ってやがるんだ。ああ、ちくしょう、フラれたのか。玉砕しちまったのか俺は。

「くだんの能力は君にある。だから、くだんの代わりに予言をお願いしたい」

 ブレない奴だな、本当。良いよ、もう。はあ。ここで駄々こねたってどうしようもないもんな。いや、めちゃくちゃ死にたいし、どうにかなりたいけど。つい数分前の自分をボコボコにしてやりたいけど。諦めよう。諦めろ。

「うん、分かった」

 アレか。このブタ野郎を四散だか飛散だかさせちまえって事か。お安い御用だ。

「君に感謝を。……『都市伝説の消滅』を。ソーメイにお願いしたい」

 都市伝説の消滅?

「それって、皆消えちゃうって事なんじゃないの……?」

 皆の顔を見回す。大口だけがにこにこと笑っていた。こいつ、意味が分かってるんだろうか。消えるんだぞ? 消えちまうんだ。そんなの、納得出来る筈がねえじゃんか。

「そうね、それが妥当かしら」

「はっ? な、なんで……?」

 メリーさんまで何を言い出すかと思えば。妥当、だと? 自分の存在がかかってんだろうが、おい。

「また都市伝説が出てきたらどうするのよ。ここで根こそぎ絶っておくのが安心だと思わないのかしら」

「じゃなくて! メリーさんも、大口さんも森も消えるんだけど!?」

「……分かっていますよ」

 森、まで? どうして? どうしてそんな……。

「『人を殺さない』私は、既に人を殺しているんです。ですから、これ以上は、もう」

 気弱な彼女の決意は固いものに思えた。何か言わなきゃ、声を掛けなきゃ。そう思うんだけど、何も思いつかない。結局のところ、俺は何も変わっていないんだ。部屋に逃げ続けていたままの俺でしかない。

「あたしも『町を守る』為には仕方ないと思っているわ。あたしたちみたいなのが消えるのが、町の平和にとって一番なのよ」

「ほ、本当にそう思ってるの?」

「うるさいわね」

 メリーさんがそっぽを向く。話すことなどない。そう、言わんばかりだった。

「あはは、私もね、それが良いと思うよ」

「皆、消えちゃうんですよ?」

 それに、完全な都市伝説じゃあない大口は残れるかもしれない。消えずに済むかもしれない。

「うん? うん。だからだよ? 皆が消えちゃうんなら、私も消えて良いかなって。だってさ、私だけ残ってもつまんないもん。私は皆で遊ぶのが好きだったから。だから、良いんだ」

「でもっ」

「後は、私たちの分までソーメン君が遊んで、楽しみなよ」

 違うっ、違う! 俺は、俺だって、皆で遊ぶのが好きだった! 俺だけ残ってもしようがねえだろうが!

「伸田さんには新しい生活があります。大丈夫ですよ」

「そうそう、いつまでもあたしたちに頼らないでちょうだい。頑張ってヒッキーやめたんでしょう? だったら……」

「関係ないだろ! 俺は嫌だっ、皆と会えなくなるくらいなら、この町がなくなった方が良いよ!」

「わがままだなあ、ソーメン君は」

 お前が言うな! つーか、どうしてこう、いつも通りなんだよ!? 自分たちが消えるかどうかの瀬戸際なんだぞ。もっと喚けよ、泣けよ、嫌だ嫌だって駄々こねろよ!

「ソーメイ、都市伝説を根絶しなければ、またこのような事が発生する。分かって欲しい」

 分かってるけど、だけど、嫌なんだって! お前らこそ分かれよ。分かってくれよ。また会えたんだぞ? まだ会ったばかりなんだぞ?

 絶対、嫌だ。俺は言わない。予言なんてしないからな。

「時間が経過すれば予言はソーメイからくだんに移動する。君がやらないのなら、くだんがやるだけ」

「……ふ、あは。あははっ、くだん。良かったじゃないか、聡明君が優しくて」

「お前……!」

 件が目を覚ます。流石は本家本元か、予言の効きが悪い。彼は動こうとしたが、メリーさんに頭を捕まれ、喋られないように床に叩きつけられていた。痛そう。

「聡明君、君が予言をしないなら、代わりに僕がしてあげようか。この町にはまだ悪意が残っているんだ。ここを喰らい尽くすくらいには、まだ」

「ああもうっ、うるさいわねこいつ。と言うか気持ち悪い!」

「……伸田さん、悩んでいる時間は……」

「……『件は声を失う』」

 それだけ告げて、俺はその場にしゃがみ込む。何か、ないのか? 俺はくだんの力を借りているんだ。全部が全部、上手いこと丸く収まるような何かを思いつけよ。何か浮かんで来いよ。

 ああ、でも、駄目なんだ。

 考えれば考えるほど、どうしようもないなって考えが浮かんでくる。俺はもう、ある意味裏切ってしまったんだから。都市伝説って曖昧なものから離れて、確かな現実に向かおうとしている。

「俺は」

 少しは成長出来たのかな、俺は。

「都市伝説みたいな、危ない奴らは嫌いだけど、皆の事は好きだから」

 言った後、ちょっと恥ずかしくなる。

「うわ、気持ち悪いわね。見てこの鳥肌」

「あははは、ソーメン君かっこつけだー」

「……何だか似合いませんね」

 言わなきゃ良かった。畜生が!

「さっさと言いなさいよバカ。鬱陶しいわね、めそめそめそめそと。あたしたちが消せって言ってるんだから、遠慮しないで消せば良いのよ」

 うるさいな。分かったよもう、言えば良いんだろ。

「伸田さん伸田さん、今度会った時には新しい漫画やアニメの話で盛り上がりましょうね」

「もしかして、慰めてるの?」

「……あ、あはは、半分くらいは」

 ああもう、最後の最後まで情けないな、俺は。

「頑張りなよ、ソーメン君。君なら楽しくやってけるからさ」

 頷き、俺はくだんを見遣る。彼女は声を取り戻している筈なのに、何も言ってくれなかった。

「俺、行くよ」

 皆が消えるところなんて見たくない。

「今まで、ありがとう」

 部屋を引っ掻き回して、俺を引っ張り回した無茶苦茶な奴らだったけど、皆のお陰でやってこれた。生きてこれた。本当に、ありがとう。

 皆に背を向けて、歩く。

「せいせいするわ」じゃあな、メリーさん。

「……お元気で」じゃあな、森。

「またどっかで会うかもしれないけどね」じゃあな、大口。

「ソーメイ、くだんは君に助けられたんだと思う。ありがとう。くだんも、ソーメイが好き」

「――――う、く」ここで言うなよ。

 振り向きたかった。

 俺もって言いたかった。

 だけど、ここで立ち止まったら二度と動けない気がして、俺は走った。涙なんか勝手にしやがれ。好きにしろ。こんな俺に好きと言ってくれて、ありがとう。さようなら。皆、ありがとう。さようなら。

「とっ、『都市伝説は! 都市伝説は……!』」

 走りながら叫ぶ。

 泣きながら喚く。

 消えてなくなる。だけど、思い出まで消えたりはしない。皆と過ごしたあの夏は、俺が覚えている。絶対に忘れるもんか。だから、だから……!

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