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カシマさん・4th



 一度調べ始めてみれば、情報はすぐに集まった。呆気ないとすら思えてしまう。今まで、どうして気付かなかったんだと、情けなくも思う。それでも、俺たちは一歩ずつ前に進んでいるような気がしていた。

「半人半牛の姿をした怪物」

「牛から生まれ、人の言葉を話す」

「重大な事に関して予言をする」

「その予言は、間違いなく起こる」

 それが、件で、くだんだ。

「あたしは見ていないんだけれど、本当に、くだんには角が生えていたの? あなたの見間違いじゃない?」

 俺は緩々と首を振る。メリーさんは少しだけ顔をしかめた。

「……あの、別の話では、件は必ず当たる予言をしますが、その場で死んでしまうというのも……」

 申し訳なさそうに、森が声を潜める。気持ちは分かるが、まあ大丈夫だろう。今までにもくだんは予言をしていたが、ぴんぴんしていたじゃないか。

 半分が牛の、未来を予言するモノ。ああ、やっぱりくだんじゃないか。くだんは、件だったのか。何か、すげえ拍子抜けっつーか、今更だな。早く、会えたら良い。言いたい事や、聞きたい事がたくさんあるんだ。

「死んで、ないですよね」

「え……?」

「あ、だって、件って、予言をしたら死んでしまうって。くだんさんが姿を現さないのは、つまり、その」

「……ちょっとあなた、そんな目で妃田を見ないで。この子だって、くだんに死んで欲しいなんて思っていないんですから」

 分かってる。分かってるよ。だから、わざわざ言うな。

「くだんちゃんは分かったけどさー、どうするの? 探すの? それとも、カシマさんを追っ掛けるの?」

 他の三人が黙り込む。仕方ないので、俺が意見を出してみた。

「カシマさんを探そう」

 正直、くだんを探して見つけ出すなんて不可能に近い。あいつが俺たちの前に姿を現さない気なら、それは、通るのだろう。『俺たちはくだんを見つけられない』。だけど、俺たちはカシマさんを探せる。くだんだって、都市伝説を放置するつもりはないだろう。だったらやっぱり、最初から一つだ。



「やあ、伸田聡明君」

「……お、お前……」

 俺以外の三人が外回りに出て、一時間が過ぎた頃、

「お邪魔させてもらうよ」

「かっ、勝手に……!」

 件がやってきた。図々しくも俺の部屋に入ろうとするので、窓を閉めてカーテンを閉める。それでも、声は聞こえてきた。

「入れてくれないのかい?」

 どの口で言いやがる!

「あの子は部屋に上げたのに、かい?」

「おっ、お前は、くだんじゃ、ない!」

「違うね。僕も件さ。僕は件で、あの子も件。件が僕で、あの子も件。同じじゃあないか」

 昼間っから電波ゆんゆん飛ばしやがって。……って、この状況、まずいんじゃないのか? こいつ、もしも本当にくだんと同じような力を持っているんなら、俺なんか、一瞬で……。とりあえず、皆に連絡をしておこう。

「ああ、大丈夫。僕は君に危害を加えるつもりがないんだ。意味がないからね。いや、意味ならあるのかもしれないなあ」

 チビるかと思った。何だこいつ、俺の心を読んでるのか?

「……警戒しなくても良いのに。君たち、色々と僕たちを調べているみたいだけど、何か成果はあったのかい?」

「ど、どうして」

「どうして知っているのかって? どうしてだろうね。それで、どうなんだい?」

 どうなんだもクソも、お前には関係ない。早く消えろ。どうして、くだんじゃなくてお前なんだ。

「あの子の話し方がおかしな理由、知っているかい?」

 知らない。知らなくても良い。

「僕らの声には力がある。調べたから知っていると思うけど、件は予言をするモノなのさ。だから、話すのが難しいんだよね。少しでも願ってしまえば、思ってしまえば、それは現実となる。『このカーテンが開けば良い』とかね」

 瞬間、カーテンが開いた。俺は触れていない。誰も触れていない。なのに、目が合う。窓の向こう側にいる、小太りの男と。

「ほらね」そう言って、件は微笑んだ。

「あの子は制限を掛けているんだよ。おかしな話し方で予言を防ごうだなんて、それこそおかしな話だよ」

 だから、くだんは……。それに、赤マントの時は、そうだった。彼女はいつもみたいに『俺に時間を尋ねなかった』。くだんの声は、そのまま現実となり、赤マントの体を破壊した。

「本来、僕たちの予言には何の制限もないんだよ、聡明君。そうあるべき、そうあれ。そう望むだけで、僕たちは予言を出来る。尤も、僕たちはそうは望まない」

「お前は、何が目的なんだ」

「ないよ。僕たちは『予言をするモノ』で、それ以外の何者でもない。僕たちは生まれてから死ぬまで何も望まないんだ。……ただ、あの子は僕をどうにかしたいと思っているんだろうけれど、ね」

 どうにか? そう言えば、くだんはこいつを見た時、酷く取り乱しているように見えた。常の彼女ならば考えられないような、そんな。

「雄の件が行った予言は、雌の件の予言によってのみ、回避される。だから、あの子は僕を追っている。この町は、僕にとって都合の良い環境だったからね、予言していたと言うよりも、予言させられていたっていう方が強かったかな」

 次から次へと、余計な情報が増える。どれもが俺を苛立たせる。そんなもの、俺は欲しくない。聞きたくないんだ。なのに、件の声からは逃れられない。

「気付いているんだろうね、君は。僕がそういう予言をしていたって事に」

「お、おっ、お前が。お前が、都市伝説を呼んでたのか」

「呼んでいたのは君たちだよ。君たちが、都市伝説の誕生を望んだ。僕はその声に惹かれて、力を貸したに過ぎない。勘違いしないで欲しいな。都市伝説の誕生。それを僕に予言させたのは、この町の人間なんだよ」

 この期に及んで元凶が何を言うってんだ。全部、お前のせいなんだろうが。洗いざらい喋って、それでも僕はやってないって、どの口で!

「分かってくれてないね。件は何も望まないよ。基本的に、ただ、予言をするだけなんだ。都市伝説が生まれたのは、君たちがそう望んだからだ。あの子から教えられなかったかい? 都市伝説とはどういうものなのか」

 聞いた。飽きるくらいに。嫌と言うくらいに。だから、どうした。

「都市伝説は、面白いんだよ。ニュース性があり、真実味があり、話にオチがあり、何より、残酷だ。人の死に触れ、悲劇を語り、タブーを犯す。だからさ、楽しいだろう? 良かっただろう? 他人の不幸は蜜の味って、人間は面白い言葉を考えるよね。自分以外の誰かの不幸は面白い。だから話が広まるのさ。伸田聡明君、君だって、そう思っただろ? 望んだ事があったんじゃないかな?」

「な、何、を」

「誰かの不幸を」

 言い返せなかった。

「他者を恨み、妬み、憎んだ筈さ。自分以外の全ては滅びてしまえ。消えてしまえ。そう思った事は? そう思わなかった日はあったかい?」

 なかった。俺はずっと、誰かの不幸を願っていた。祈ってきた。でもっ! 俺だけじゃないだろう! 俺以外の奴だって、そう思ってるに決まってんじゃねえか。この町の人間だけじゃない。違う町の奴も、違う国の奴も他人の不幸を待ってるんだろうが!

「お、俺が悪いって言うのか」

「言わないよ。君だけじゃない。人間が都市伝説を――――人の不幸を望んだんだからね」

 やめろ! やめろやめろやめろ!

「悪意は蔓延する。それだけの話さ。僕はきっかけにすらなっていない。既に、君たちで完結しているんだから。それでも、あの子は僕を、生まれた都市伝説を止めようとしているんだけど」

「く、くだんは」

「どこかって? どこだろうね?」

「知ってるんだろ!」

 件は笑みを深める。彼は全てを許すのだと、そう思ってしまうくらいの表情をしていた。

「知ってるよ。僕とあの子はある程度の感覚を、知識を共有しているから。だから、僕は君を、君たちを知っていたんだ」

 全部を嘘と思いたい。全部が本当に聞こえる。

 だから、くだんは都市伝説を追っていたんだ。今まで彼女が的確に動いていたのは、件との感覚を、知識を共有していたから。だから、都市伝説を追えていたんだ。畜生。畜生が。どうしてこんなに辻褄が合ってるんだよ。どうして、本当なんだ。嘘だと言えよ。なあ、お前が『嘘だ』と言えば、嘘になるんだろう?

「今は、カシマさんって都市伝説が流行っているみたいだね」

「お前が、望んだんだ」

「違うって。僕じゃない。望んだのは君たちさ」

「カシマさんは、どこに」

 件は目を見開いた。何を驚く事がある。

「どこに? 君が知りたいのはカシマさんの居所じゃなくて、あの子の居所じゃないのかい? ……まあ、良いか。カシマさんは、君の後ろにいるよ」

 咄嗟に振り向いてしまった。そこには勿論、誰もいない。何もない。壁に張りつけられたポスターから、美少女が微笑んで、こっちに手を振っている。それだけだった。

「驚いた? けどね、そうなんだ。カシマさんは君の足元にいる。君の目の前にいる。君はカシマさんに囲まれているし、この町がカシマさんを囲んでいる。つまり、そういう事なのさ」

「意味がっ、わ、分からない」

 良く分からない言葉で煙に巻こうとしていやがる。こいつは自分で言ったんだ。件の声には力があるって。騙されてたまるかよ。

「カシマさんはいるし、いない。いないし、いる。どうしてそれが分からないのかな」

「くだんはっ、くだんはどこだっ」

「おや、話が噛み合わなくなってきたね。僕はそういうの、苦手なんだ。力のある言葉は好きだけど、君のそれは力任せなだけだよ」

 件が背を向ける。俺は窓を開け、待てと叫んだ。彼はゆっくりとこっちに向き直る。

「僕の話は終わりだよ?」

 俺の話は済んじゃいない!

「話を聞きたいのかい? ふうん」

「くだんは……!」


「じゃあ、出てきなよ」


「――――え」

「そこから、出てきなよ。そうしたら、話を聞いてあげても良いし、聞かせてあげても良いよ」

 俺は動けなかった。

「僕は知っているよ。君がそうしている理由を。家族から逃げたんだろ? だから部屋にこもった。でもさ、それっておかしいよね? 家族から逃げたいのに、どうして、君はそこにいるの? 本当に逃げたいんなら、そこにいるのは……」

「うっ、あああああ! おっ、黙れっ、黙れよ!」

「君は逃げたんじゃない。君は」

「だまれええええええええええっ」

「……それでも、君はそこから出ないんだね」

 件は背を向け、今度こそ去っていく。立ち止まらず、振り返らず、俺はただ、残された。

 残ったんだ。

 あそこまで言われて、追い詰められて、それでも俺は。俺は……。

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