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カシマさん・3rd



 翌朝、カシマさん捜索隊(大口が名付けた。俺もそのメンバーらしい)は俺の部屋でぼうっとしていた。やる事が思いつかないのだ。情報は集まった。それこそ、紙に書き切れないくらいには。だが、どれもこれも信じられん。どれもこれもが、真実なんだから。どいつを信じれば良いのか分からなくなって、結局、全部から目を逸らしていた。

 カシマさんの実態が、未だに見えない。その存在すら掴めない。

「まるでくだんちゃんみたいだね」と、大口は言った。俺は首を振り掛けた。

 俺は部屋で寝ていたが、大口とメリーさんは夜の町を見回っていたらしい。が、収穫はなし。都市伝説の『と』の字も見当たらなかったそうだ。

「……どうすれば良いんでしょうか」

 森は嘆く。どうすればって、どうもしなくて良いんじゃねえ? 俺たちはいつだって、くだんにおんぶに抱っこの役立たずだったじゃねえか。実際、都市伝説をどうにかしてたのは彼女なんだし。今回も任せておけば良い。きっと、俺たちの知らないところで色々と頑張ってくれているんだろう。きっと。

「あたし、駅前に行ってくるわ」

 って、おいおい。やる気かよ。

「そいじゃあ、私ももうちょっと頑張ろうかな。帰りにお昼ご飯買ってくるねー」

「あ、今日は私も外に出ます」

 あっという間に、三人は部屋から出て行った。だったら最初からここに集まるなっつーの。迷惑だ、ボケが。



 ふと、気配を感じた。目を開けると、窓が開いている。生温かい風が、部屋に滞積する冷たい空気を侵食していった。誰だ? 大口か、メリーか、森か。あるいは妹か? 何にしても、このままじゃ冷気が逃げちまう。俺は起き上がり、立ち上がり、窓に向かった。

「やあ、伸田聡明くん、だったよね」

 息が止まる。目を見開く。窓の外には、少年がいた。こないだの奴だ。

 ニット帽。

 小太り。

 えびすみたいな笑み。

 ……赤マントと出遭った日に会った。くだんの知り合いらしき少年である。そいつが、どうしてここにいるんだ。

「あれ? 間違えたかな。そんな訳ないよね」

「……ど、どうして」

「どうして?」

 少年は笑みを深める。頬の肉が揺れて、気持ち悪かった。

「おかしな事を言うね。彼女は、ここに来ていたんだろ? だったら、僕も来たって良いじゃないか」

 何を。何を言っているんだ、こいつは。意味が分からない。めちゃくちゃ怖い。

「怖がらなくても良いよ。大丈夫、僕は、君に、危害を加えないよ」

 うそ臭い笑み。胡散臭い声。だけど、俺はこいつを信じようと思った。信じなくちゃいけないと、思わされていた。

「くだんとは会えたかい?」

「会って、ない」

「そっか。あれから会ってないんだね。それは良い」

 こいつは一体何だ? 何者なんだ? くだんとはどういう関係で、都市伝説と関係があるのか?

「聞きたい事があるって顔をしているね。でも、質問が多過ぎて何を聞けば良いのか分からないって風にも見える。人間ってのは大変だと思うよ。ああ、嫌味じゃなくて」

 人間って。……まさか、こいつも。

「お前は、誰だ?」

「漠然とした質問だけど、良い線言ってるね。そうだなあ、答えてあげても良いかな。結構ね、僕は期待してるんだ」

「期待?」

「そう。僕は、君に期待してる」

 俺に期待? ありえん。チンパンジーに期待した方がまだ建設的だ。

「良いよ。答えてあげる。けど、気付いてるんじゃない? 僕が人間じゃないって事に。ついでに言えば、僕が彼女と同じモノだって事に」


『さよなら』


 息を呑む。喉が渇いていて、唾は出なかった。

「僕は、僕も件なんだ」

「く、だん……?」

「知らない? 今まで彼女と過ごして、彼女と一緒に都市伝説を終わらせてきたんじゃないのかい? 気付いても良いだろ。件だよ、件。僕も、彼女もね」

 電波だ。頭がおかしいんだ。だけど、俺はとっくに気付いていた。こいつと、くだんを見間違えたのは偶然でも何でもない。二人が、同じモノだったからこそ間違えたんだ。俺たち日本人が、外国人の顔が全て同じに見えてしまうように。その逆と同じように。

「文政十年。僕たちは生まれた。その頃はくだべと呼ばれていたけどね」

「え、あ、な、何」

「自己紹介だよ。僕が君を知らないように、君が僕を知らないように。自己紹介は大事だと思わないかい? ……論より証拠と言う言葉もあったね。はい」

 自らを件と名乗った少年は、被っていた帽子を外した。そこには、くだんと同じ角が二本、生えている。何かの冗談だと思いたかった。

「件とは人と牛なんだ。つまり、僕らは半分が人で、もう半分が牛なんだよね。もっと昔は、もう少し牛よりの見た目をしていたけど、現世に溶け込むには人の姿をしていた方が楽だって気付いたんだ」

 件は俺の反応を無視して話を続ける。

「牛女なんかと一緒にされたくはないけどね。尤も、人面牛身の昔と違って、僕らも今は牛面人身だけど。ほら、和服は着ていないだろ? って、あれ? 牛女も知らないのかい? 弱ったなあ、まあ知らなくても良いよ。とにかく、僕たちは件であって牛女ではない。僕に至っては女ですらない」

「くだんは、どこにいるんだ」

「件なら君の目の前にいるじゃないか。僕も件だよ」

 違うっ、お前なんかじゃない! 俺が言っているのは、くだんだ!

「僕が件で、僕も件さ」

 違う!

「……違います」

「おや?」

 いつの間にか、少年の後ろに、森が立っていた。彼女は俺に目を遣り、それから、少年に視線を移す。

「君は、ひきこさんじゃないか。どうしたの、こんな日和に。家にいなくても大丈夫なのかい?」

「あなたは、くだんさんじゃない。あの人はどこですか?」

「さあ?」

「どこですかと聞いています」

 森が足を踏み出す。件はへらへらと笑っていた。

「……ひ、ひき殺しますよ」

「おお、怖い怖い。じゃ、僕は退散しようかな。じゃあね、聡明くん。また会おう」

「逃がしませんっ」

 うわ、こわ。忘れてたけど、森も恐ろしい都市伝説だったんだ。

「ああ、そうだった。君は『人を殺せない』けど、『僕なら殺せる』んだよね」

「……どうして、その事を知っているんですか……」

 森の動きが止まる。その隙に、少年は彼女から距離を取った。

「知ってるさ。僕も件だからね」

 それだけ言って、件は立ち去ってしまう。結局、森は彼を追う事が出来なかった。……俺はただ、部屋の中で突っ立っているだけだった。



「伸田さん、お怪我はないですか」

「う、うん。大丈夫」

「良かった」と、森は胸を撫で下ろした。

 どうやら、森は外にいる事に恐怖と疲労を覚えてしまい、俺の部屋に戻ってきたらしい。そのお陰であいつを追っ払えたんだし、助かった? のか?

「あの人、何だったんでしょうか。自分はくだんだとか言っていましたけど」

 僕も件だ。彼はそう言った。そして俺はもう分かっている。充分、分からされてしまったんだ。

「カシマさんについて、どうなったの?」

「あ、その、芳しくないです。色々と情報は増えたんですけど、今までと変わらないものばかりで」

「件について、調べてくれないかな」

「くだんさん、ですか?」

 くだんじゃなくて、件。

「あっ、ああ、件の如しの件ですか。でも、どうして?」

「いや、どうしてって」

 どうしてって、決まってるじゃないか。くだんは件なんだ。だから、調べれば……あ? って言うか、どうして、今まで気付かなかったんだ? くだんって、おい。まんまじゃねえか。気付いているのが当然だろうが。何だ? 何か、違和感を覚える。

「とっ、とにかくさ、件を調べたらくだんに近づけるような気がするんだ。頼めない、かな。あ、俺も手伝うし」

「そう、ですね。カシマさんに関しては行き詰っちゃったような気もしています。やります。任せてください」

 助かる。俺は大口とメリーにもメールを送っておいた。

 くだん、か。くだん。件。あの少年は、一体何者なんだろう。そして、彼女は何者なんだろうか。人間ではないと言い切り、人ではない証を持つ少女。

 俺は期待してしまっていた。また、くだんと会えるんじゃないかって。



 大口とメリーさんが戻ってきて、成果を発表し合う。が、やはりカシマさんの正体を確かめられるようなものはなかった。それどころか、余計分からなくなっただけである。様々な噂や憶測が増えて、ルーズリーフには一見、誰について、何について書かれているかが読み取れなくなっていた。

「くだんちゃんは、件ちゃん?」

「う、うん。そう言ってた」

「はあ? 誰がそんなの言ってたの?」

「件って、自分でそう言ってた男の人」

 メリーさんは首を傾げる。

「そもそも、件ってアレよね。人と牛が混ざった感じの」

「へえ、そうなんだ。メリーちゃんは物知りだね」

 おかしいな。メリーさんは件を知っている。だけど、今まで何も言わなかった。どうしてだ? 普通、想像つくだろ。分かるだろ。

「良く分からないんだけどさ、くだんちゃんって、人間じゃなかったの?」

 俺は一瞬、言葉に詰まった。

「ふーん、そうなんだ。くだんちゃんは、件っていうモノだったんだね」

「……うん、そうらしいよ」

「私たちと同じだ」

 そう言って、大口は笑う。何も気にしていない。いつもの、分かりやすい彼女の笑みだ。少しだけ、俺は安心する。

「件について調べるのは構わないのだけれど、カシマさんはどうするのかしら」

「放っておけません。けど、手詰まりなのは確かだと思います。伸田さん、あの……」

 どうしたら良いんでしょう? それを聞きたいのは俺の方だった。

「皆は、さ、何も思ってないの?」

 三人分の視線が俺に向く。三人とも、『何が?』 とでも言いたげだった。そりゃ、そうかもな。俺は人間だ。だけど、大口も、メリーも、森も、違う。彼女たちも、人間ではないんだ。都市伝説と呼ばれ、そうあろうとしていたモノなんだ。なんだ。気にしているのは俺だけだったんじゃねえか。

「あ、その、やっぱり、何でもない」

「何よ。言いたい事があるんなら言いなさい。気持ち悪いわね」

「あはは、変なソーメン君。そいじゃあ、皆でくだんちゃん……じゃなくて、件のジョーホーをシューシューしようか!」

 大口は立ち上がり、窓を開ける。

「ついでに、ソーメン君と森ちゃんが見た男の子も捜してみるね」

「あたしも、町を回ってみようかしら。もしかしたら、くだんがいるかもしれないもの。と言うか、この状況をあいつが放置している筈ないわよね」

 確かに、そうだ。くだんは都市伝説を追っている。目的は同じなんだ。俺たちを避けていたとしても、どこかでぶつかるのは時間の問題だろう。

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