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赤マント・Ⅱ



 自動販売機が好きだ。

 コンビニの店員は嫌いだ。

 人と話さなくて済むなら、人と会わなくて済むなら、それで良い。それが良い。極力、誰かと接触するのを避けて何が悪い。引きこもって何がいけない。十人十色とか、そういう言葉もあるんだ。スポーツする奴も、カラオケが好きな奴も、勉強が得意な奴も、人それぞれじゃねえか。引きこもる奴もそれと同じだ。俺は俺だ。お前はお前だ。好きに生きてるだけだろうが。ほっとけよ。無視しろよ。関わるなよ。

「ソーメイ、君は、どうしてあそこから出ない?」

 お前には、関係ないだろうが。



 関係。

 人間関係ってのは、酷く面倒だ。そのくせ、付いて回る。絶対に逃げられないし、避けられない。

 人間ってのは生まれた瞬間から親と関係する。兄弟姉妹、友達に、恋人。生きてく限り、関係ってのは増え続けるものなんだろう。良いものもあれば悪いものもある。積み重ね、築き上げた関係が崩れる事もある。だからこそ、占い師は儲かる。人の悩みなんて、大概がそれだ。つまりアレだ。人と関わらなきゃ、悩みは減る。だからこそ、俺は引きこもる。好き好んで悩みたくないし疲れたくないからだ。

 コミュニケーションを取る必要はあるのか?

 言葉はある。言葉を知っている。でも、そいつが通じるのは同じ国の人間だけだ。いや、地方に行けば方言なんて外国語も飛び交ってるんだし、言葉を使って理解し合う事は難しい筈だ。戦争だって起こるんだから、基本的に、俺たちは分かり合えない生き物なのだろう。会話? 対話? あほらしい。馬鹿らしい。分かっていると騙して、分かってもらえたと勘違いし続けているだけなんだ。

 家族が何だ。友人が何だ。恋人が何だ。結局のところ、他人じゃねえか。俺は俺で、お前はお前で、いつだって独りきりだ。分かり合ったところで、何がどうなるってんだ。寂しがりやが固まって集まって、慰め合うじゃねえかよ。

 人はもっと、一人でいるべきじゃねえのか。もっと引きこもって、独りの世界に閉じこもるべきじゃないのか。人と会うから、関係を持つから、くだらねえ事が起こるんじゃねえか。自分だけで完結すれば、争いなんか起こらない。

「ねえソーメン君、さっきから難しい顔してるよ?」

 ……生きている限り、誰かと関係する。それも、こっちの都合お構いなしに。

 俺は布団に潜り込む。大口は『ねえねえ』と呼び掛けてくるが、こっちはそんな気分じゃない。つーか出ろ。出てけ。失せろ。消えろ。

「あ、これ新しい格ゲー? ねー、対戦しようよ。これなら私でも勝てるかもしれないし」

「放っておきなさいよ。それより、あたしと勝負しましょう。前回のリベンジよ」

「えー? だってメリーちゃん弱いんだもん。コンピュータと遊んでた方が面白い」

「そ、それなら映画を見ましょう! これ作画すごいんですよ、ネットでも一定の評価を得ていますし、ストーリーは陳腐なんですがその欠点を補って余りある……」

「見ても良いけど、あなた一々うるさいんだもの。黙ってられる自信、ある?」

「ないです!」

 既にうるせえ。

 この三人、何かにつけて俺の部屋に居座りやがる。つーか完全に溜まり場じゃん。ある意味吹き溜まりじゃん、ここ。何してくれてんだよてめえら。



 そんなムカつく奴らでも、帰ってしまっていなくなっちまえば寂しくなる。部屋の中からは音がなくなり、電気も消えた。ベッドの上、布団の中で俺は考える。こういう生活ってのは、いつまで続くものなのだろうか、と。が、考えたら怖くなったのでやっぱりやめた。こういう時はぐっすりと眠るに限る。幸い、夕方近くまであの三人が騒がしくしていたので、全然寝られていなかった。目を瞑って、暫くの間じいっとしていれば、すぐに眠気は訪れ、

「ソーメイ」

 訪れ、れ?

 窓が開き、閉められる。入ってきたのはくだんだ。文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、彼女には無意味だろうし、何より、そういう、つまらない事は言いたくなかった。俺は、くだんに借りがある。巻き込まれてしまったのだろうけど、助けてくれたのも彼女なんだ。

「……ど、どうした、の?」

「都市伝説が出現した」

 言って、くだんはベッドに近づく。俺は慌てて、そこから下りた。

 また、何かが起きたのだ。

 また、誰かが死んだのだ。

 分かっている筈なのに、俺はいやに冷めていた。そう、自覚する。

「先日、四人が殺害された。実行したモノが何かは、既に判明している」

「そ、そう、なの?」

「そう。……赤マントと呼称される都市伝説。ソーメイは、知っている?」

 何か、聞いた事があるような。確か、学校のトイレのヤツじゃなかったか。男子生徒がウンコした後、紙がない事に気付いたら、『赤い紙が欲しいかー青い紙が欲しいかー』なんて言われて……で、最終的に殺されちまう都市伝説。つーか、怪談、か?

「トイレの、話?」

「その話は、派生。赤マントの都市伝説とは、赤いマントをつけた者が子供を誘拐し、殺害するというもの。また、誘拐対象は少女に限定され、暴行を加えた後、やはり殺害するというパターンもある」

 あれ、そうだったのか。

「この都市伝説は昭和初期に発生したとされる。古い都市伝説。だから、様々な亜種、派生があると推測される」

 くだんはベッドの上にちょこんと座り込んでいる。可愛らしい仕草だが、彼女の口から語られるのはおどろおどろしい話だ。色気がない。

「赤マントは、東京で起こった少女暴行殺人事件と、当時流行していた紙芝居の演目が混ざって発生したとされる説がある」

「か、紙、芝居?」

 紙芝居と殺人事件が、どう関係してくるんだ?

「演目名は『赤マント』。けれど、内容は問題ない。魔法という単語が出てくる、ファンタジーなもの。尤も、これは赤マントの噂が流布する後に作製された紙芝居で、都市伝説の余波、あおりを受けてしまったと思考するのが妥当。他に、とある少年向け小説の怪人がモデルであるという説や、旧制高等学校の学生のマント姿が怪人を彷彿とさせ、生まれた説、というのもある」

 何か、すっげえ曖昧なんだけど。けど、都市伝説ってのは、人から人へ伝わる噂話なんだ。こう、ぐちゃーっとしててもやーっとしてるのが当然なんだろう。

「有力な説は、ニ・ニ六事件を起源とするもの」

「え、えーっと。それって、クーデター? だったっけ?」

 くだんは少しだけ迷った素振りを見せた後、小さく頷いた。事件の中身について説明するつもりはなさそうだったし、そもそも、俺が間違ってても、そんなのどっちだって良さそうだった。

「事件当時、言論統制により事件の詳細は秘匿されていた。しかし、人の口に戸は立てられない。噂が噂を呼び、真実が捻じ曲がったのだと、くだんは思っている」

 そして、赤マントが生まれた、か。

「でも、どうして、赤マントなんだろ?」

「軍人。将校は外套を着用していた筈」ああ、それでか。軍隊っていうと、カーキ色のマントって事だろうか。まあ、カーキマントより赤マントのが怖いし、言い易いよな。

「赤マントに関する話は他にもある。けれど、全てを網羅するのは困難。赤マントは、情報を伝達する手段に乏しかった時代に、人口だけを伝って広がった都市伝説」

 うーん。赤マントがどうやって誕生したのかは分かった。けど、そいつって、子供を殺すんだろ? つまり、子供が四人も殺されたって事なのか?

 俺がその事に関して尋ねると、くだんは緩々と首を振る。

「ソーメイ。以前にも説明したと、くだんは記憶している。……都市伝説は、変化する。時代と共に。あるいは、場所と共に。性質を変えて、都市伝説は現世に跋扈している」

 つ、つまり。

「赤マントは子供に限らず、人間を殺害する都市伝説と変化していると、くだんは考えている」

 や、やっぱり。……けど、何だか拍子抜け? っつーの? それって、ただの殺人鬼と変わらないような気もする。そりゃ、怖いのは怖いけど、口裂け女やひきこさんと比べたら、まだマシだ。

「くだんは赤マントを追っている。ソーメイ、何か気付いた事があれば教えて欲しい」

「う、うん」

 そりゃ、俺だって助けてやりたいよ。殺人鬼、怖いし。嫌だし。だけど、俺が、くだんに、何を教えられると言うんだ。彼女は都市伝説のスペシャリストじゃないか。俺は、何も知らない。何も分からないし、出来るとも思わない。巻き込まれて、こうなっているだけなんだ。

「あ、あの、さ」

 くだんはまっすぐに俺を見る。苦手な目だった。

「どう、して、都市伝説に詳しいの? そ、それで、追い掛けてる、の?」

「それは」

 珍しい事に、くだんは言いよどむ。淡々と、すらすらと物を述べる彼女にしては、妙に言い難そうだ。

 そして、くだんは結局答えてくれなかった。



 くだんがいなくなった部屋からは、また、音が消える。暗くなった室内で、俺は目を凝らした。天井をじいっと見据えて、見据えて、目を瞑る。寝付けないのだ。

 あの、顔が。

 最後に放った質問に答えられなかったくだんの、寂しそうな顔が。ずっと、気になっている。

「う」

 うううう。ぐうううう。駄目だ。寝られん。……外に出よう。こんな時間だし、誰もうろついてはいないだろう。つまり、俺の時間だ。俺だけの時間だ。



 冷房の効いた部屋とは違って、外はクソみたいに蒸し暑かった。じめっとした、気持ちの悪い湿気を孕んだ空気がまとわりつこうとしてくる。させるものかと抗ったが、やはり自然には敵わない。なすがままされるがまま、俺は暑い暑いと嘆くしかなかった。外になんて出るんじゃなかった。やっぱり。死ね夏。くたばれ夏。滅びろこの世。全部消えてなくなっちまえ。

 喉が渇いたので、自販機を探してうろつき始める。確か、ここら辺にあった筈なんだけど。

 そこで、見知った後姿を見つけた。この時期、この辺で厚手のニット帽を被ってるヤツなんか、一人しかいないだろう。

 でも、声を、掛けるのか? 何を言えば良いんだ? ただでさえコミュ障の俺が、あんな顔をしていたくだんに、どう接したら良いんだ。分からん。見なかった事にしておこうか。でもなあ、やっぱり気になるんだよなあ。ああ、ジレンマ。ハリネズミ。あれ? ヤマアラシだったっけ?

 だが、声を掛けようとして気付いた。俺の前方を歩いているのは、くだんではなかったのである。良く見りゃ、一目瞭然だ。そいつは、男だったのである。しかも太い。つーかデブい。くだんと似ているのは帽子だけだった。彼女からすりゃあ失礼千万だろう。……まあ、変なヤツってのはいるもんだな。

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