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客の消えるブティック・地



 くだんがここにいるって事は、つまり、そう言う事なのか。

 だが、当の彼女は眠たそうに瞼を擦っているだけ。

「正午を経過している。ソーメイ、寝坊?」

「う、ううん……」ニートにゃ学校もバイトもない。寝過ごす事は、一切ございません。

 つーか、昼過ぎてたのか。思い切り寝てたな。

「……ソーメイ、君の妹は?」

 いや、知らない。あいつの行動を把握出来る筈がない。女で、しかも中学生なんて俺にとっては地球外生命体にも等しいからな。仲悪いし、あいつがどこでどうしてようが関係ない。まあ、大方友人宅で泊まりだろう。

「そう」くだんは俺の傍に腰を下ろして、じっと見てくる。咄嗟に、目を逸らした。

「と、都市、伝説が?」

「出現した」

 やっぱりか。メリーさんも、俺と似たような表情をしていた。苦渋っつーか、苦笑である。もはや笑うしかない。この街は、何かに呪われて取りつかれているんだろうか。ああ、だから俺がこんな目に遭っているのか。うん、全部俺以外の誰かのせい。

「昨日、近辺にブティックが出店した」

「ああ、知ってるわ。あたしも行こうとしたんだけど、何だか学生が多くて、入りづらかったのよ」

 へえ、そうなのか。つーか、くだんの口から『ブティック』とか、何か不思議。そもそも、都市伝説と関係があるのか?

「ソーメイは既知ではない様子。くだんが説明しようと思う」

「う、うん」

「今回出現した都市伝説は『客の消えるブティック』と呼称されている」

 客の消える、ブティック? そのままな感じだけど、それが、都市伝説なのか? 何か、今までのとは色が違うような気がする。

「とあるブティックの試着室に入った女性が、いつまで待機しても出てこない。一緒に来店した友人、夫、彼氏が店員に尋ねても『そのようなお客は来なかった』と発言されてしまい、結局、行方不明扱いにされてしまうという都市伝説」

「聞いた事のある話ね」

「行方不明者の以後には、様々なバリエーションがある。例えば、だるま女」

 えっ?

「だるま女とは……」

「き、聞きたくない」字面、音からしてえげつない話であるのに間違いはなさそうである。

「そう」

 くだんは少し残念そうだった。

「……行方不明者は、臓器売買組織の関与が示唆。『隣の肉屋に巨大な肉塊が』などと続き、人肉売買の可能性が示唆される。あるいは、殺人鬼譚との関連付けも」

 気が滅入ってくる。どうしたって救いようがないじゃんか。

「どのような結末であれ、救済の余地がないのは確実」

「まさか、あのお店がそうだって言いたいのかしら?」

「その通りだとくだんは断言する」

 良く分からないけど、今までの何とか女、何とかさんとは違って、人ではなく、場所の都市伝説って事なのか。しかもブティック。良かった。俺とは一生縁がない場所で。

「くだんは犠牲者が出る前に行こうと思う」

「ふーん? あたし、パス。まだ誰も酷い目に遭っていないんでしょ? くだんが行くんなら、安心ね」

 メリーさんめ、怖気づいてやがるな。ここ最近は痛い目に遭ってるし、ケータイまで壊されちまったから。だが、俺もパスだ。好き好んで危険な場所に向かう必要もないし、そもそも服屋とか一番行きたくないデンジャラスゾーンだっつーの。中学生、高校生が多いんなら尚更だ。

「ソーメイ。くだんは、君の家に来る前、そのブティックを偵察した」

 偵察って、まるで敵地だ。いや、くだんにとっちゃあ、都市伝説は敵だったっけ。

「そこで、君の妹を目撃した。正確に発言すれば、君の妹に酷似した人物を」

 …………何だって? 静が、その店に、いる?

「あなたの妹って、確か、中学生だったかしら? だったら、そこにいるのも不思議じゃあないわね」

 むしろ、ありえる、か? 娯楽の少ない場所なんだ。新しい服を見られるってんなら、妹は飛びつくかもしれない。

「だからこそ、くだんはその事実を伝達しに来た」

 静が、客の消えるブティックに。

 妹が、都市伝説に。

 ベッド下の男の時とは違う。俺の目が届かない、知らないところで何かが起こっているのかもしれない。じわじわと、言いようのない不安が蝕んでいる。そんな気がしていた。

「……い、行くよ」

「了解した」

 くだんは相変わらず素っ気ない。けど、変に突かれるよりはマシだと言える。

「ところであなた、一応、そういう店に行くわけだけれど……ジャージで?」

 それ以外に何を着ろと言うんだ。服屋に行く服がない俺に、何を着ろと。

「そ、そっちだって、ジャージ、じゃ、ないか」

「あたしは良いのよ。可愛い子は何を着てもオールオッケーだもの」

 自分で可愛いとか言うな。……けど、流石に気が引ける。夏休みだし、人も多そうだ。学生が長期休暇に入る時が一番かったるい。昼夜問わず、奴らは蛾のようにその辺をうろついてやがるからな。俺を知ってる奴もいるかもしれねえ。うわ、怖い。つーか、本当にその服屋が都市伝説なのか? 第一、妹が危険ってのもどうかって話だ。更に言っちまえば、奴がどうなろうと俺には関係ないね。クソだとかゴミだとか汚物製造機とか言われてるんだ。あんな女、血が繋がってなかったらマジで死んでくれて良い。アレだ。やっぱ行かなくても構わないだろ。妹がどんな目に遭おうが、それこそ試着室からいなくなろうが、俺の知ったこっちゃない。



 結局、部屋を出てしまった。外は暑い。人はそこそこ多い。もう嫌だ。しかも、目的地はブティックとかいう良く分からん場所だし。

「くだんは……」

「ん」

「気にしていない。メリーさんは君の服装に疑問を抱いていたらしいけど、くだんは気にしていない。ソーメイには、それが似合っていると、くだんは思う」

 もしかして、気を遣ってくれているんだろうか。嬉しいのが半分、もう半分は何だか悲しい。

「今日は、少々暑いとくだんは感じる」

 そりゃ、いつも帽子被ってるし。

 はあ、人、いるなあ、やっぱ。しかもガキやら同い年っぽいのばっか。アレか、今から遊びに行くのか? 海か、山か、プールか、どこだ。言え。そこが滅びるように念じてやるから。

「そ、その。お店って、遠いの?」

「そうでもないとくだんは思う」

 くだんは汗一つかいていない。俺だって汗かきな方ではないが、流石にきつい。彼女は、本当に暑さを感じているんだろうか。感覚が麻痺しているんじゃないだろうか。

「あ」

「……ん?」

 自転車で、二人乗りのカップルが通り過ぎていく。知った顔ではなかったが、妙に気になってしまった。……俺とくだんは、周りからどういう風に見えているんだろうか。頭が茹だっているのかもしれない。熱に浮かされているような、そんな気分に陥っている。

「な、何でも……」

「そう」短い会話。いや、会話でもないか。こう、実際に顔を見ながらだと上手く話せない。電話でなら、くだんと色々話も出来るんだろうか。

「く、くだんは」

 くだんがこっちに顔を向けるのが分かった。だけど、俺は目を合わせられない。

「あ、遊びに、行くとか、さ。そ、その、ないの?」

「くだんは真剣に都市伝説を追っている」

 や、そういう意味じゃないんだけど。だけど、それだけで分かった。くだんは、遊ぶとか、そういうのを考えていないんだろう。



 ブティックとはフランス語で小さな店って意味らしい。シャレた服を売ってたり、アクセサリーなんかも含めた品揃えをやってるところが多い。店によっては高価なブランド商品を扱っていたり。

「……ソーメイ?」

「な、何でも、ない」

 俺たちは例の店の前まで来ていた。小さな店、か。なるほど、確かに。壁や屋根は全体的に、白っぽい感じ。完全にイメージ先行だけどローマとかそこらからそのまま持ってきたようなの店構えである。

「そう。それなら、くだんは安心する」

 周囲には他に何もない。肉屋がなくて心底良かった。が、何だかこのブティック、突然現れたような感じだった。道を歩いていたら、ふっと、そこにある。意識しなけりゃ見つけられないような、そんな気さえする。

「看板がない。店名もない。店員も、いない」

 くだんが呟く。確かに、そうだ。一見すりゃ、この建物が服屋とは分からないかもしれない。本当にオープンしたばかりなのか? 不審に思って店内に目を向けると、商品である服は並べられているが、人の姿は見えなかった。どこか、薄暗い。そう感じるのは、俺が都市伝説について聞いていたせいかもしれないが。

「入店する」

「そ、外で待ってる……」じっと見つめられてしまう。くだんの目は何か言おうとしているようで、それでいて、声を発するのを諦めているようでもあった。

「……のは、だ、駄目だよね」

 くだんはすたすたと歩いていき、躊躇う事もなく、扉を開けた。勿論、誰からも声は掛けられない。人がいないのだから当然だろう。店内の照明は心もとなく、満足に物が見られそうになかった。木製の床は、踏む度にぎしりと軋む。店の奥にある馬鹿でかい鏡に、俺の姿が映っていた。

「気味、悪いね」

「ソーメイがそう思うのも無理はないとくだんは思う。ここは、少々寒い」

 冷房が効き過ぎって意味じゃないってのは分かる。人のいる場所じゃないっつーか、人のいて良い場所じゃないんだ。きっと。……デートだとかカップルだとか、くだんに言わなくて正解だった。そういう雰囲気の店じゃない。ここに来たカップルは別れるだろうな、多分。

 くだんは広くもない店内をうろうろとし始める。俺は動き回るのが怖くて、外からは見えないような位置を探して、そこでぼうっと突っ立っていた。近くにあった春物っぽい服を見る。やっぱ、男が入っても良いようなところじゃないな。女ってアレだろ、すげえ買い物長いんだろ。こんなん、適当に選んで買えば良いのに。どうして馬鹿みたいに時間を掛けるんだろ。待たされてる男って、こういう時何を考えてんだろうか。

 尤も、くだんが探しているのは可愛い服じゃあない。都市伝説だ。

「ソーメイ」

「な、何?」

 呼ばれて、俺はくだんのところまで行く。彼女は、試着室らしきところを指差していた。

「カーテンが掛けられたまま」

「そ、そうだね」だから何?

「中に何者かがいる可能性を、くだんは考えた」

 そりゃ、まあ、いても……いや、いたらおかしいか。そもそも、店員の姿はまだ見えない。試着室に客置き去りでどっか行くものだろうか。

 しかし、一応は服屋として機能している。この中で誰かが着替えている可能性も強くは否定出来ない。だからと言って、開けて確かめるのはどうかと思うのだ。

「ちょ、く、くだんっ」

「何?」

 くだんはカーテンに手を掛けている。俺が声を出してなかったら、彼女はそれを開けていただろう。全く、迷いのない女である。

「さ、流石に、それは……」

「でも、ここまで騒いでいても中からの反応は皆無」

 まあ、物音の一つくらいはしても良いよな。すると、やっぱり中には誰もいないらしい。確かめるまでもないよな。

「念の為」ああっ! 開けやがった! …………何?

「これは」


 何、これ?


 見た瞬間、鳥肌が立つのを感じた。店内の空気が変化したとも錯覚する。試着室の中には、いた。誰か、ではない。何か、だ。それは、最初は良く分からなかった。数が多過ぎたのである。

 無数の、手。

 白く、浅黒く、小さく、しわがれた、手。

 試着室と言う狭い空間のそこかしこ、壁から、床から、鏡から、至る所から……!

「う、あっ、くっ、くだん!」

「後退して、ソーメイ」

 言われるまでもない。その場にへたり込みそうになるのを堪えて、俺は少しずつ後退りした。

「人がいる」

「えっ?」

 くだんは試着室の中に手を入れようとしていた。

 うじゃうじゃと蠢く手、手、手、手の中、蹲っている者が見える。小さい、多分、女の子だろう。生きているのか、死んでいるのか、はっきりとはしない。けど、その子は俺たちがいるってのに反応を見せなかった。


 小さな体。

 汚い茶髪。

 黙っていても分かる。生意気そうな――――。


「……ソーメイ?」

 俺は、見た。見えた。見てしまった。

 試着室で蹲っている女の子の、顔を。

「ソーメイ、いけないっ」

 気付いたからにはもう駄目だ。ふらふらと、そこに近づいていく。

 助けなくちゃ。

 そう、思った。

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