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口裂け女・承承



 ずっとずっと部屋に引きこもっている俺は週に一度、夜中にコンビニへ行って週刊の少年誌を買う。たったそれだけの事。俺のイベントと言えばそれっきり。それしかない。これ以上は何もない。その筈だったのに、コンビニの帰り道で……変な女の子と出会った。服装も、言動も、どこかおかしい。そして、殺人現場を見てしまう。訳が分からない状況で、今度はまた別の女が現れて俺たちを襲う。

「ひっ、ひっ、ひぃっ……」

 その、別の女は、くだんと名乗った女の子にマウントポジションを取られ、パンチの雨を浴びせられていた。

 やっべえ、最高過ぎるぜこのアバンタイトル。俺ならそんなアニメ絶対見ない。

「あ、あの……」

 しかし、いきなり襲われたからって少しばかりやり過ぎではないだろうか。そりゃ、鉈を持って殺す気満々で来たんだから、こっちだって死ぬ気で抵抗する権利はある。けど、なあ。女の子が無言でラッシュを掛けているのはどうなんだろう。

「た、助けてくれたのはあり、ありがたいんだけど。その、そ、その辺でやめにしない? ほ、ほら、警察なら俺が呼ぶし……」

「警察では解決出来ない」

 いや、出来るよ。警察を舐めちゃいけない。奴らは何もしていない引きこもりの週に一度の楽しみだって潰しに掛かる。挙動がちょっと不審なだけで容赦なく職務質問を仕掛けてくるんだから。

「し、死んじゃうよ……」

「生かしておいては為にならない」

 問答無用で襲い掛かってくる精神異常者とは言え、目の前で殴り殺されるのを見るのも夢見が悪くなりそうだ。既に取り返しのつかないモノを見てしまっているけど、これ以上トラウマになりそうなのはごめんだ。

「で、でも……」

「君は優しいのか、それとも無知なのか。教えてあげる。これは口裂け女と呼ばれる都市伝説」

 く、口裂け……?

「知らないの?」

「し、知ってる。マスクして、わた、私キレイ? って聞いてくる奴だろ」

 ホラー系の都市伝説の中でも一番有名な奴じゃないか。しかし、口裂け女だって? まさか、このボコボコにされてる女が?

「そう」

「い、いや、けど……」

 都市伝説って、殆どが嘘だろ。実在しないからこそ、噂が好き勝手に広まるんじゃねえか。口裂け女なんてこの世に存在しない。こいつ、何言ってやがんだ。

「その目はくだんを信じていない」

 ――――口裂け女。

 マスクをした女の人が、学校から帰ってる子供に『私、キレイ?』と訊ねてきて、えっと、『キレイ』だとか答えると、『……これでも……?』 と言いながらマスクを外す。その口は耳元まで大きく裂けているのがお決まりのパターン。『キレイじゃない』って答えちまうと鎌や鋏で斬り殺されるってのもあったっけ。

 特徴は、マスクに、長い髪の毛に、コート。うん、一致してる。けど、だけどそれだけじゃあ……。

「証拠を見せる」

「え、あ?」

 くだんは女の頭を鷲掴みにして、マスクを無理矢理引っぺがす。

「う、おお……」

 結果から言っちまうと、裂けていた。信じられねえ。容赦なく頬っぺたの部分まで口が裂けてやがる。

「ひっ、ひひひひひぃ」

 どこか嫌悪感を催すような声で笑った。口の裂けた女が笑った。

「ほら」

 誇らしげにくだんが言う。確かに、彼女の言うとおり口裂け女はいた。だけど、この人が都市伝説の口裂け女なのかは分からない。今はまだ、あくまで口の裂けている女じゃないか。

「この口裂け女は昨日、子供を殺している」

 なんだって?

「この町で起こった事。学校や会社でも噂は誰かがしている筈。君は知らないの?」

 おいやめろ馬鹿。うるさいな。余計なお世話だ。引きこもりに他人との関わりを期待するような発言はやめろ。

 けど、そうか。やっぱり何かは起きていたんだ。俺の住む町で殺人なんて物騒な事件が。そりゃパトカーも走り回るよ。

「新聞やニュースでもやっていた」

 読んでねえし見てねえ。

「警察は人間を捕まえる。けど、こういうのは無理」

「ひひひひひひひっ」

 まあ、確かに。捕まえられたとしても、そこで限界だろうな。

「け、けど、君はどうなんだよ。警察でもないんなら、君にだってど、どうしようもないじゃないか」

「問題ない。くだんはくだん。くだんがくだんだから」

 また電波。

「今、何時?」

 またその質問か。

「……い、今は、二時二十分」

「君に感謝を。では、くだんは予言する。『六月三日二時二十一分、口裂け女は四散する』」

 そう言って、くだんは口裂け女から退く。解放された女は動く事も出来ず、か細い呼吸を繰り返すだけだ。

「い、今のは……?」

「予言した」

 予言って、そういやさっきもそんな風に言ってたな。

「くだんの予言は当たる。少し、離れていた方が良い」

「え、あ……」

 何の事か分からなかったが、次の瞬間破裂音。そこで、俺は悟る。そうか、ここで起こったのはこういう事で、事を起こしたのはくだんと名乗る少女だったんだと。

 血と肉が壁に、地面に、俺の顔に飛び散った。神経やら感覚なんかとっくに麻痺していたと思っていたが、

「う、うひゃああああああっ!?」

 尻餅をついていたので、腰を抜かしたのはばれなかったと思う。あと、少しちびった。つーか、つーかなんだよ今の!

「あ、う……」

 もう、絶対に肉は食べられない。

「当面の危機は去った。君も家に帰ると良い」

 そうしたい。そうしたいれす。

「怪我を?」

「い、いや……」

 腰が抜けて立ち上がれないだけ。

「なるほど。把握した。くだんが肩を貸す」

「え、あ、ちょ」

 くだんが俺の肩を強引に引っ張り上げる。

「……ん。君は大きい。さっき予言していなければ、支えきれなかったと思う」

 そりゃそうだ。俺は身長だけは無駄にある。確か、百八十の後半だったような。

「君の家はどこ?」

「あ、あっち」

 自分よりも小さな女の子に肩を借りて、おっかなびっくり歩き出す。なんて情けない。恥ずかしい。でも、振り解けない。なんつーか、女の子ってこんなに柔らかいのか。ふしぎ!



 家に着くのはすぐだった。

「そう。ここが君の家」

「う、うん」

 名残惜しいと思うのは罪じゃない筈。

 くだんは俺の家をじろじろと眺め始める。何も珍しい家じゃない。どこにでもある、普通の一軒家だ。

「あ、の、それじゃあ……」

 とりあえず、早く風呂に入ろう。あ、でも今着てる服はどうしたら良いんだ。こんな血や……ちょっと、何だか肉っぽいものがへばり付いたの洗濯機に入れられないぞ。捨てるしか、ないか。どうしよう、外に出る為の服がなくなっちまう。

「待って」

「え、と……」

 くだんは俺をじっと見つめた。気恥ずかしくなり、俺は視線を反らす。

「君に一つお願いがある」

 まあ、一応命を助けてもらった恩はあるのかな。とんでもない事じゃなければ、何とかしてあげようって気持ちはある。

「な、何?」

「くだんはお風呂に入りたい」



 どうして、こんな事になったのだろうか。

 俺は今、風呂場の前に座り込んでいる。意味はないだろうが、一応見張りとして。だってそうだろ。見ず知らずの女の子を深夜自宅に招いただけじゃなく、うちの風呂に入れてるんだぜ。

 あの後、答えに困窮する俺をくだんはじっと見つめていた。何も言わず、目だけで訴えた。無理。負けるって。しょうがないと、玄関から入ったら血とか付いちまうからやばい。なので俺の部屋の窓から帰ってきた。

『君の部屋はポスターだらけ』

『やっ、やめてっ』

 もう羞恥心なんてない。服を脱ぎ捨て、ビニール袋に突っ込み、パンツ一丁の抜き足差し足でくだんを風呂場に案内して、今に至る。

 つまり、パンツ一丁の男が風呂場の前に座っている状況が完成していた。

 最悪だ。どうしよう、母さんはともかく、父さんや妹にばれたら俺の人生は終わりだ。これ以上落ちようがないと思ってたけど、まだまだ下には下があるらしい。

「終わった」

「ひっ、あ、あ、うん」

 水音がしなくなったと思ったら、くだんは風呂から上がっていたようだ。

「じゃ、じゃあ、部屋に戻っててくれる?」

「了解した」

「お、大人しくしててね」

「把握した」

 色気の欠片もない応答だが、一応女の子。家族には気付かれずにやり過ごしたい。

「……あ」

「何か?」

 ちょっと、期待しちゃった。ドアを開けたくだんは湯気と甘い香りを上らせ、風呂場に入る時と同じ格好をしている。まあ、そうか。そうだよな。そうだよなー。



 風呂から上がり、足音を立てないように部屋に戻る。これだけでも達成感を感じられる難しいミッションだと言うのに、今日はまだ終わりじゃない。まだ、問題が残っている。しかも俺の部屋、俺の聖域にだ。

「湯加減は良かった?」

「あ、うん」

 くだんはすっかりと寛いでいる。俺のベッドの上にちょこんと座り、部屋の中を興味ありげに見回していた。まあ、物が多い部屋ではあるからな。

「あ、あの、どうしてお風呂に……?」

「入りたかった」

 あ、さいで。いや、そうじゃなく、本当に聞きたい事は他にあるんだった。俺だって何の打算もなくこんな不思議ちゃんを部屋に入れた訳じゃない。さっきの風呂場のやり取りで、オイシイ事にはならないだろうと再確認させられたけど。

「い、色々聞きたい事があるんだけど、良いかな?」

「君には一宿の恩がある。くだんで良ければ」

 一宿の? 今不穏な単語が聞こえたが、気のせいだろうか。

「き、君は一体何者なの?」

「くだん」

 ん、ああ、それはさっきも聞いたんだけど。まずいよなあ。俺はただでさえ話術スキルを持ち合わせていないんだから、上手く質問しないと、望んでない答えが返ってき続けるぞこりゃ。

「さ、ささっきの女の人って、ほ、本当に口裂け女だったの?」

「だから、そう言っている」

 くだんは強く俺を見据えた。やべ、怒らせちゃった、どうしよう。

「ご、ごめん。そ、そうじゃなくて、まだ信じられなくて。あの、本当にさっきの口裂け女が人を殺したの?」

 ここで、俺の住む町で。

「そう。直、ここも騒がしくなる」

 本当、なのかな。いや、本当に口裂け女がいたとして、いなかったとして、この世のものとは思いたくない惨状が、ある。残っている。

 警察、いっぱい来るんだろうな。憂鬱だ。眠れないだろうし、下手すりゃ俺にまで疑いの目がいく。つーか、はあ、本当の本当に本当なんだろうな。実際、爆発……四散するところも見た訳だし。あんなの、魔法か何か使わない限り無理だよな。

 あれ?

「で、でも、もう安心して良いんだよね」

「油断は禁物」

 嫌な予感がする。口裂け女が爆発したのは見た。だけど、ちょっと待てよ。その前に見た、ばらばらに飛び散ってたのは誰のものなんだ?

「ゆ、油断って?」

 くだんはベッドの上から下りて、窓から外の景色を眺める。

「口裂け女は三人いる」



 どうやら、俺が見たぐちゃぐちゃでばらばらの死体は口裂け女のものだったらしい。で、後から来た女も口裂け女。どっちがどっちでって感じだけど、どっちも口裂け女で正解。で、昨日の夜に子供を殺したってのが、既に木っ端微塵になってた方の口裂け女。

『口裂け女は三人いる』

 どうやら、マジらしい。ただ、驚く事が多過ぎて、疲れ過ぎて、頭の方はついていけなかった。

 そんな話をしたり聞きながらで、いつの間にやら眠ってしまっていたらしい。

「んん」

 けど、サイレンの音と人の声で目が覚める。ああ、そうか。まあ、あんだけ証拠っつーか、色々と残ってたら誰かが警察呼ぶわな。と、どうやら……今は朝の八時前ってところらしい。とにかく、一度体を起こそう。家に誰もいないのを確認したら、服の処分とか考えなきゃな。

「……あ」

 部屋の中は、がらんとしていた。いつも通りなんだけど、そこにくだんがいない。ただ、窓が開いている。外から流れ込んでくる風にカーテンが揺れていた。

 また、一人か。今更ながら、誰かと話をしたのは久しぶりだったよな。出会いがどうであれ、相手がなんであれ、会話の内容がアレであれ、何だかんだで楽しかった、よな。

 寂しい、かな。やっぱり。別れの言葉一つもなしに出て行っちまうんだもん。

 ま、良い。俺みたいなヒッキーには一人がお似合いだよ。クソゲーでもして、クソ映画でも見て、いつもと同じように時間を無駄に使っちまおう。

「ん、おはよう」

 布団を退かして、体を起こす。

「君は、意外と朝が早い」

「そ、そうかな」

 隣から伝わる温もりが、妙に心地良い。

 ……隣?

 がばっと、俺の隣から勢い良く何かが跳ね上がる。

 厚手のニット帽。黄色いパーカー。小さいけど、主張するところは主張する高スペックの体。

「そう。くだんはまだ眠たい」

 どうして、こいつがここにいるんだ?

 どうして、俺のベッドにこいつがいるんだ?

「もう少し寝かせて欲しい。昨日は激しかったから」

「なっ、何がっ」

 確か、俺はくだんにベッドを譲った筈だぞ。

「寝相」

 お約束! じゃなくて、じゃなくてじゃなくてこれは一体どういう事だ! 引きこもりの俺に神様がくれた最高のプレゼントなのか!? やったぜゴッド!

「ねえっ!」

「ひっ……」

 ドアが物凄い勢いで叩かれる。ノックってレベルじゃねえぞ。絶対にあいつだ。妹だ。あの野郎、もう八時だってのに学校はどうしたってんだ。

「ん、君の家族?」

「そっ、そう。ちょっと静かにしてて」

「把握した」

 くだんは布団を被り直す。寝直すつもりなのだろうか。神経の図太い女の子だな、しかし。

「返事しろってば馬鹿!」

「なっ、なんだよ!」

 ドアを開けられないのがせめてもの救い。こんなとこ見られたら、何を言われるか。想像するに恐ろしい。

「ヒッキーのお前に言っても意味ないだろうけどさ、今日は外に出ない方が良いんだって!」

「……は、はあ?」

 どういう意味だ? いや、出るなと言われたところで俺には関係ないけどさ。

「なんかさー、昨日も殺人があったらしくて。ほら、塾帰りの子がぐっちゃぐちゃに殺されてたやつ。あ、お前は知らないか。ヒッキーだもんな! そんで、その事件の犯人かもしんない奴が近くにいるかも、なんだってさー」

「ち、近くに……?」

「あ、あー! びびってんだ! びびってんだお前ヒッキーのくせに! そうだよねそうなんだよねー、なんかさー、今日朝起きてー、占い見ながら朝ごはん食べててー」

 聞いてねえし。こいつはどうして自分の日記みたいな話を俺に聞かせるんだ?

「でー、家出たらすっごい人だかりが出来ててさー、なんだろーって見たらキープアウト立ち入り禁止ー、みたいなテープ張られててー」

 口裂け女二体分の死体が散らばってる現場か。

「ポリとか野次馬そこらにいてさー、適当に話聞いてみたら、なんか殺人現場なんだってー、でー、殺人犯も近くにいるかもしんないから気を付けなさいよーみたいな。分かった? だから、どうせ意味ないと思うけど、お前に教えてあげたの」

「……きゅ、休校になったの?」

「自主だけどねー」

 改めて、全部が全部現実に起こった事なんだと理解させられちまった。いつでも憂鬱だけど、いつもの三倍増しで憂鬱になる。

「そんなワケだからー、ちょっと開けてよ」

 はっ?

「つーか、なんでお前の部屋だけ鍵作ってんの? ずるくない?」

「い、嫌だ」

 誰が入れるか。俺のサンクチュアリにお前みたいなゲスビッチ入れる訳ねえだろがボケ!

「はああああああっ? 良いから開けてよ。開けてくんなきゃ蹴破るから」

「ちょ、ちょっと……」

 どおん!

「んん?」

 やっべえ、マジにドアぶっ壊れるぞ。本気で蹴り入れまくってやがる。

「君の家は日常的に何者かの襲撃を受けるの?」

「そ、そんな訳ないだろ」

 やばいまずいどうしよう。このままじゃ部屋に踏み入られ、くだんが見つかってしまう。そうなりゃ俺のそこそこ快適な引きこもりライフも終わりだ。つーか人生そのものが終わっちまう。

「ほらほらほらあっ! さっさと開けなよっ、つーかドア壊したらお前のせいだから! (しずか)のせいじゃないから!」

 覚悟を……決めるか。

「く、くだん」

「何?」

「俺、家を出ようと思うんだ」

 俺は、引きこもりだ。だから、部屋からは出ない。出たくない。何故なら外に行きたくないから。だけど、ここは選ぶ時なんだろう。今後も居心地の良い部屋を守る為には、少しぐらいは嫌な目を見なければならない。いや、嫌なものなら山ほど見ちまったけど、仕方ない。仕方ないんだ。

「なるほど」

 くだんは頷き、ベッドから起き上がる。俺は携帯電話と財布をジャージのポケットに突っ込んだ。持ってくものは、このくらいだろう。後は勇気。勇気さえあればっ。

「……あのうるさいのは君の妹?」

「う、うん」

「そう」

 一足先にくだんは窓から庭に降り立ち、俺の手渡したブーツを履く。

「さ、次は君の番」

 伸ばされた手は小さくて。だから、俺は彼女の手を掴まずに、外へ、出た。

「さっさと出て来いやクソが!」

 もう出てるわバーカ。



 ま、眩しい。

 午前中の太陽はあまりにも眩し過ぎる。日陰を歩いて……いや、日陰にい続けてきた者としては辛い。苦しい。何だか落ち着かない。

「随分と苦しそう」

「た、太陽が……」

「君はまるで吸血鬼」

 かもしんない。もっと格好悪い何かだけど。鬼は鬼でも親の金を食い散らかす極悪な鬼息子。とかな。

 なんて、冗談ばかり言っていられない。今は朝。通学通勤時間。人がそこらにいる時間帯だ。殺人現場が近くにあるから、殆どの奴の興味やら視線はそっちにいってるだろうけど、俺の顔を知ってる奴に会っちまったら……あああああああああっ耐え切れん! どこかに隠れたい!

「ど、どこか静かなところに行きたい」

「くだんも同感。では、くだんに付いてくると良い」

「う、うん……」

 くだんが先導してくれるので、彼女の背中を追い掛ける。って、今気付いたんだけど、別に俺付いてく必要なくね? くだんも俺と一緒にいる意味なくね?

 ……まあ、良いか。傍目には可愛い子とデートしているように見えるかもしんないし、他の一人身の男から優越感を得られるし。ただ、やっぱり見ないでくれ。こっちを見るなあ。ただでさえくだんは人目を惹くぐらい可愛いんだし、それより服装が異常だ。もう衣替えの時期だってのに何考えてやがるんだ。目を惹いたり引いたりで、後ろにいる俺にも視線が突き刺さっている。顔は絶対上げられない。



 疲れた。結構歩いたような気がするけど、殆ど地面だけ見ながら来たから分からない。人の声があんまりしなくなったから、恐る恐る顔を上げてみる。

 長い事この辺まで来ていなかったから曖昧だけど、ここって駅の近くじゃないのか? そんでもって、この汚い道は、駅の裏のところだっけか。

「着いた」

 着いたって、ここは……。

「ま、漫画喫茶じゃないか」

 そう、漫画喫茶。この町唯一の漫画喫茶だ。以前、一度か二度くらい利用したんだけど、やっぱり漫画を読んだりネットするなら部屋が一番だから、使おうと思った事はない。

「違う。ネカフェ」

「ど、どっちでも良いじゃない……」

「ネカフェ」

 押すなあ、ネカフェ。まあ本当にどっちでも良いけどさ。

「ここなら静か」

 まあ、そうだろうな。でも、なんだ。折角意を決して、なけなしの勇気を振り絞って部屋から出たってのに、ネカフェかよ。なんつーか、みじめ。

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