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ミミズバーガー



「……んん?」

 昨日は遅くまでアニメを見ていたから、すげえ眠い。だからしまったやっちまった。ケータイの電源は切っとくべきだった。枕元のケータイからはキンキン声の声優が電波な歌詞を垂れ流し続けている。こんなのアラームに設定した奴誰だ! 俺だ! 文句あるか!

「もしもし……」

 相手が誰かも確認せずに電話に出る。どうせ、俺に掛けてくる奴なんか限られてるんだ。くだんか、大口か、メリーさんか、

『昨日の、見ましたか』

「昨日の……? ああ、うん、見た見た」

 森だろう。

「作画がイマイチだったけど、Bパートは良かった」

『作監が変わってましたからね。それでも、先週よりは面白かったと思います』

「あれ、そうだったのか。気付かなかった」

『ぼーっと見てたから二回目で気付いたんですけどね』

 体を起こし、ぼりぼりと体を掻く。今、何時だ? うお、まだ九時じゃねえかよ。

「つーか、あれ、そんだけ?」

『それだけ、とは?』

「いや、アニメの感想を言いたいだけで、電話してきたの?」

 長い間が空く。

『……い、いけませんでしたか?』

 いや、いけなくはないけどさあ、時間ってもんを考えて欲しい。俺とお前は似た者同士なんだし、ほら、分かるじゃん。だらだら夜中遅くまで起きてて、昼過ぎまでぐうぐう眠る生活の素晴らしさ。

「森さあ、眠くないの?」

『目が冴えてて……それと、下の名前で呼ばれるのはちょっと』

「だって、森って苗字みたいじゃん」

 下だろうと上だろうとどっちだって良いじゃねえか。

『まあ、良いですけど。それより伸田さん、今日はお昼過ぎにそちらへ向かえばよろしいのですか?』

「うーん、くだんはそう言ってたから、それぐらいに来てくれたら良いよ」

 と言うか、俺の家を待ち合わせ場所に使いやがって。ここんところプライベートな時間ってのが削られてるような気がする、のは、気のせいではないんだろう。やっぱり。畜生。

『では、また後ほど』

「あいよー」言って、切る。うわ、中途半端な時間だなあ。二度寝するか、起きて何かするか。うーん。寝よう。誰かが来れば起こしてくれるだろうし。



 妃田森(ひだ もり)

 それが彼女の名前だった。妃田が苗字で名前が森。どっちも苗字みたいなもんで、俺は呼びやすさから森と呼んでいる。メリーさんが言うには、森は女版の俺、らしい。ヒッキーでオタでいじめられっ子気質で、根暗で……駄目だ。気が滅入ってくる。とにかく、森は俺にそっくりだ。自他共に認めよう。最近になって出来た友人、か、知人か、まあ、どっちでも良いや。彼女とは趣味もウマも合うので、くだんたちよりも話しやすい。

 ひきこさん。

 それは、彼女の名前だった。……殺人を犯す都市伝説、ひきこさんが妃田森になったあの日、彼女は『人を殺さない』という予言をかけられ、俺はくだんにしばかれた。

 まだ、森とくだんにはわだかまりが残っている。けれど、少しずつ歩み寄っている。そんな気もしていた。

 罪は消えない。罰は受けなきゃいけない。でも、俺は森を擁護するんだと思う。傷の舐め合いなんだろうけど、やっぱり、彼女を見捨てられない。俺には森を殺せない。だってあいつは、今まで痛い目を見てきてたんだ。これからはちょっとぐらい良い目を見ても、大目に見てやろうって、そう思うのは俺からすりゃ当然だ。それに、生きてりゃ償えるもんもある。詭弁だけど。

「……ふわ、あ」

 くだんの予言は絶対だ。あいつが、森が『人を殺さない』と言った以上、俺はそいつを信じる。死んだ奴には悪いけど、正直関係ない。いじめられる側にも理由がある。でもさ、殺される側にだって理由があるんだよ。昔の俺よ、突き詰めれば、死刑制度なんて人によるし、その時の立ち位置によるんだ。身内が殺されれば、殺した奴を憎んで、ぶっ殺してやりたい復讐してやりたいって思うのは当然だ。実際、その時になってみなけりゃ分からない。多分、感情論ってのが本人にとっては一番正しいんだ。今は、それで良い。明日になれば考えは変わるかもしれないけど。

 くだんが森を俺の家に呼んだのは、恐らく様子見の為だろう。ひきこさんとしてではなく、妃田森として生きているのかどうか、そういった確認をしているんだと思う。同様に、大口もメリーさんもそうだ。あの二人も、何だかんだでくだんには監視、めいた事をされているんだろう。もしも、再びこの町の人間に害を為す都市伝説になった場合、あいつは、容赦なく予言を使い、四散させるんだろう。……当然だな。俺としてはそうならないのを祈るのみ。



 窓を叩かれている。音と微かな声がして、俺はゆっくりと起き上がった。この乱暴な叩き方、メリーさんだろう。割れたら弁償してもらうぞマジで。と言うか、俺の自転車を早く返して欲しい。愛車をトンカラトンに投げつけた恨み、晴らさずにおくべきか。

「早く開けなさいよ。外、暑いんだから」

 鍵を開けてやると、メリーさんは靴を脱ぎながら窓を飛び越えようとする。俺は慌てて飛び退いた。

「はあ、涼しい。あなたの部屋って空調がしっかりしているのよね。これで、もう少し片付いていると嬉しいんだけど」

 じゃあお前が片付けろよ。

「他の人たちはまだみたいね。それじゃあ、ゆっくりと寛がせてもらうとしましょうか。あなた、突っ立っているだけなら紅茶でも持ってきてくれないかしら?」

 付き合う必要はない。俺は無視して、ゲームの電源を入れた。

「良いわね、今日こそ積年の恨みを晴らしてやるわ」

 中身は対戦型のゲームじゃない。一人用のロールプレイングである。オープニングに入った途端、メリーさんは俺の頭を叩いた。何か文句を言っているが気にしない。

 そうこうしている内に、鍵の開いていた窓が開けられる。

「おっはよーソーメン君! 外は良い天気だよー、遊びに行こうよー、もう七月で一年を半分も過ぎちゃったんだよー」

 大口はいつもやかましい。彼女はメリーさんに気がつくと、にっこりと微笑み掛ける。

「メリーちゃんはさー」

「……ちょっと、ちゃん付けはやめてくれないかしら」

「えー? じゃあ、何て呼べば良いの? メリー様? ミスメリー? メリー閣下?」

「閣下が良いわね」

 アホしかおらん。

「くだんちゃんと森ちゃんは来てないんだね。じゃあその間格ゲーしてよーよー……ああっ、ソーメン君がRPGをやってる! これはれっきとした裏切り行為だよ! 最後の同盟が破棄されちゃった! 青天の霹靂! あ、でも面白そうだねこのゲーム」

 大口は締まりのない顔つきになって、テレビを食い入るように見つめる。残念ながら、面白い場面は見せられない。既にクリアしたゲームなので、次週の引継ぎ要素を得る為に金と経験値を貯めているだけだった。

「あら、ケータイが鳴ってるわよ? ……もしもし、あたしメリー。今、ヒッキーの家にいるの」

「か、勝手に出ないでよ……」

 メリーさんからケータイを取り上げると、

『ヒッキーを侮辱なさいますか!』

 きいんと、鼓膜が震えた。

『引きこもったって良いじゃないですか、人間ですもの!』

「その通りだな」

『あれっ、伸田さん?』

「ごめん、メリーさんが勝手に出ちゃって」

 メリーさんがコントローラを触ろうとしたので、俺は彼女の手を蹴っておく。

『そうでしたか。そろそろ着くのですが、窓の鍵は開いていますか?』

「うん、開いてるから勝手に入って」

「分かりました」

「……へ、あれ?」

 通話が切れて、すぐに窓が開いた。

「お邪魔します」

「ど、どうぞ……」

 どうやら、森はすぐそこまで来ていたらしい。彼女は花柄の着物を着ている。動きづらそうだったので、大口が手を貸してやっていた。

 ばれないように、俺は森の顔をちら見する。少しずつではあるけど、絆創膏の数は減っていた。顔に出来た生傷、完全に消える事はないんだろうけど。

「伸田さん、どうかしました?」

「あなた視姦されてたわよ。もっと気をつけた方が良いと思うわ」

 してねえよ!

「私を見ても楽しくないと思いますけど……」

「森ちゃん森ちゃん、私も着物着てみたいなー」

 大口はぺたぺたと森を触る。

「あ、その、じゃあ、今度着付けを……」

「今着たい」

「え? いえ、ですが」

「あっ、そうだ! 帯をくるくるーってやっても良い!? お代官さんごっこしようよ! 私お代官さんね!」

 森は困ったような顔になり、こっちに助けを求めた。

「お、大口、さん。そ、それは、また今度にしない?」

「ソーメン君はやりたくないの?」

 純真無垢。まっすぐに問い掛けられ、俺はうぐうと唸った。正直、やってみたい。

「伸田さんは三次元の女性に興味がないから、そんな事をしませんよね?」

 そんな信頼の寄せられ方は嫌だ!

 ……森は、大口、メリーさんの二人とは馴染んできた感じだ。都市伝説だったモノ同士、やっぱり気が合うのだろう。でも、流石にくだんには苦手意識を持っているらしかった。



 最後にやってきたくだんは、袋を抱えていた。確か、駅前にあるファーストフード店のものだったっけ。

「遅れて済まない。これは、せめてものお詫びの品」

 差し出されたそれを見て、俺は思う。遅れるのは別に構わないけど、買い物をしているから余計に遅くなったんじゃないのか、と。

「全員揃っているようなので、是非、賞味を願いたい」

「賞味って、ただのハンバーガーじゃない」

 くだんが持ってきたのは何の変哲もないハンバーガーだった。大口はと言うと、既に大口開けて齧り付いていた。躊躇のない、遠慮を知らない奴である。

「あ、あの、私もいただいてよろしいんですか?」

「無論。さあ、ソーメイも」

「う、うん」……ん?

「あ、ちょっとくだん、どうしてソーメン野郎だけに良いヤツを渡してるのよ。あたしだって大きいのを食べてみたいのに」

 何故か、俺に渡した分だけ種類が違っていた。お値段も大きさも二倍のビッグな奴だ。マックもびっくりである。マックって誰だ。

「他意はない」

 言い切り、くだんはじっとハンバーガーを見つめる。どうしたんだろう、食べないのか。腹が減ってないとか、いや、でも、そんなら買ってこないよなあ。食べたいから買ってきたんだろうし。

「清涼飲料水も用意してある」

 言われる前に、大口はコーラをがぶがぶと飲み下している。

「じゃ、いただくわね。あーあ、ニートのくせにムカつくー」

「私もいただきます。ところで、今のお言葉は私たちに対する挑戦ですか?」

 俺も食べようと思ったんだけど、何か気になった。ので、とりあえず無難なところでフライドポテトを摘んでおく。アイスコーヒーでそれを流し込み、もう一度くだんを見遣る。彼女はやっぱり、ハンバーガーには手をつけていなかった。

「ところで、くだんには皆に質問しておきたい事柄がある」

 全員の目がくだんに向く。

「誰か、都市伝説についての情報を所持していないだろうか」

 大口は口の中に物を詰めたまま何か話そうとしていた。何を言っているのか分からなかったが、申し訳なさそうな顔をしていたので、都市伝説については知らないらしい。

「あたしは知らないわね」

「そう」

「ごめんなさい、私も、特に何も」

「そう」

「ご、ごめん」

「ん」

 申し訳ない。でも、くだんが何も掴んでいないのに、俺たちが彼女よりも先に都市伝説についての情報を得られるとは思っていない。

「実は、くだんは都市伝説についての情報を、一つ保有している」

 へえ、そうだったのか。……もしかして、またやばそうな奴だろうか。

「ミミズバーガーと呼称される都市伝説なのだけれど」

 全員の顔色が蒼くなる。いや、大口だけは何食わぬ顔で何一つ気にした様子もなくハンバーガーを平らげ続けていた。すげえなこいつ。

「……冗談、ですよね?」

 つい先日までカエルを食っていたとされる森ですら、引きつった顔になっていた。

 うーん。えーと、マジで? ちょっと待て。くだん、いくらなんでも悪ふざけが過ぎると言うか、冗談の性質が悪過ぎるんじゃないだろうか。

「その名の通り、ハンバーガーの肉にミミズが混ぜられているのではないか、と言う都市伝説。派生したものには、ミミズではなくネコ、カンガルー、ネズミの肉といったものもある」

「くっ、くだん! ちょっとあなた本気? 正気? これを食べさせておいてその話の切り出し方は有り得ないでしょう!」

「心配は不要だと、くだんは思う。何故なら、ミミズの肉は栄養が豊富で、非常に高価とされている。安価な牛肉を使用するファストフードでは考えられない。同様に、ネコやネズミ、カンガルーを使用する方が手間も掛かる」

 な、なんだ、そうなのか。ふう、驚かせやがって。まさか、こないだの事を根に持っているんじゃないだろうな。だから、俺にでかいハンバーガーを渡した、なんて、事は……。

「あ、そ、そう? 何よもう、驚かせないでよ。寿命が縮んじゃったじゃない」

 メリーさんは窓際に近寄り、窓を開けて煙草に火を点ける。ジャージのポケットから携帯灰皿を出して、安心したように息を吐いた。

「くだんも、この手の都市伝説は殆ど信じていない。しかし、試してみる価値はあると、くだんは思っている」

「た、試すって、そ、その、何を……?」

「勿論、ミミズバーガーの存在、その真偽を」

 まだ半分以上残っていたが、森はハンバーガーを包み直す。

 ミミズバーガーの存在を確認するってどうやって? 決まってる。くだんにしか出来ない。

「早速予言を使用する。ソーメイ、今の時刻を教えて欲しい」

「う、うん」

 嫌な予感がする。もし、もしも……いや、考えるのはやめておこう。大丈夫だ。俺はまだハンバーガーを食っていない。

「し、七月、十二日の、午後、い、一時、五分」

「君に感謝を。では、くだんは予言する。『七月十二日午後一時六分、ミミズバーガーは消散する』」

 静けさが痛い。くだんはフライドポテトを口に入れ、相変わらずの無表情でそれを齧っている。あと、一分か。何かあるとしたら、一分後、か。

 が、暫くしても特に異常は見られなかった。俺、森、メリーさんの手元にはハンバーガーが残っているし、くだんも、自分のものをようやく口にし始める。

「あれ? ここに置いてたの、見てない?」

 突然、大口がそんな事を言いやがった。

「置いてたって……あなた、もう食べちゃったんじゃないの?」

「ううん、ちゃんと置いてたよ。あと一つ残ってたんだけどなあ。ソーメン君、勝手に食べちゃったの?」

「た、食べてません」

「おかしいなあ」と大口は首を捻る。

 俺と森は顔を見合わせた。何か、嫌な予感がする。けど、確認は出来ない。さっきから、彼女はしきりにお腹を摩っていた。既に胃の中に収めた分、まさかと思い、確認しているのだろう。

「だ、大丈夫そう?」

「分かりません。けど、何かが変わった様子もありませんし」

 ま、まあ、仮に、仮の話。大口が消えたと言っているモノが本物のそれだったとして、誰も被害に遭ってないんだから良かったじゃないか。くだんは何故か何も言わないけど、きっと、彼女が何も言わないのが、ミミズバーガーなんて都市伝説が存在しないのを意味している! 筈だ!

 だから。

「あら、何か全然食べた気がしなくなってきたわね。こう、お腹の中が急に空になっちゃったって言うか。それともアレかしら、あたしが煙草を吸っているからなのかしら」

 俺はメリーさんを見られなかった。

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