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続々・ひきこさん



 雨の日は訳もなく、意味もなく憂鬱になる。ざあざあと一定のリズムで屋根を叩く音が神経を蝕んでるのか。それとも何か、人体には雨が降ったら鬱になるようなものがプログラミングされてるんだろうか。最初からどこにも行かない。行くあてのない。そもそも部屋を出るつもりのない俺には、関係ないけど。

「新たな犠牲者が出た」

 家族が出かけていった俺の家、くだんはその時間を見計らったかのようなタイミングでやってきた。昨日買った傘を差し、相変わらずの動かない表情で。

 くだんはベッドに潜り込むと、ごろりと寝返りを打つ。ちょっと、何をしに来たのかが分からない。

「ひ、ひき、こさんが、出たの?」

 小さな頭がすっぽりと布団に隠れている為に見えなかったが、どうやら、そうらしかった。雨の日には死人が出る。雨が降れば、ひきこさんが誰かを殺す。……雨の日がますます嫌いになるな。

「くだんはひきこさんを追っている。しかし、ひきこさんは発見出来ない。巧妙に潜伏している。あるいは、くだんが的を外している可能性が高い」彼女の声はこもっている。顔出して話せば良いのに。

「ねて、ない、の?」

「昨夜から一睡もしていないのは純然たる事実。くだんは今、睡眠を欲している」

 言外に邪魔してくれるなと言っているらしかった。仕方ない。うるさくしないよう、ネットでもやっとこ。とは言っても、寝る前にもブックマークは巡回しちまったし、一晩じゃ更新もされないだろう。何をするか、どこを見るか。ああ、そうだ、くだんの手伝いでもしようか。ひきこさんの情報を調べるというのはどうだろう。見返りを求めている訳ではないが、一睡もしていないというのは可哀想だ。少しでも助けになれれば。

 思い立ったが吉日だ。住む町、ここの地名とひきこさんを入れて検索エンジンを使う。ひきこさんだなんてものの情報が集まるとは思っていない。けど、都市伝説は人とともに伝染していく。もしかしたらなんて淡い期待が俺を動かしていた。目を皿のようにして、一件一件、ホームページや掲示板の書き込みを確認していく。

 それは、あった。

 元々、指定した条件にヒットした件数自体が少ない。時間は大して掛からなかった。

「く、くだん……」

「ソーメイ、いくら君でもくだんの睡眠を邪魔する事は許可出来ない」

 睨まれているのだろうか。眠そうにしているのであまり恐くはなかった。

「ち、ちが……あの、目撃証言が、その……」

 くだんはベッドから飛び起き、モニターに顔を寄せる。近っ、俺は咄嗟に身を引いた。

 ……俺が見つけたのは、女子高生のブログだ。当たり障りのない、スイーツが好きそうで、流行に左右されやすい、この町に住んでいるであろう女の子。個人情報を惜し気もなく公開していて、そのお陰で検索に引っ掛かった。

「どうやら、ひきこさんの話は徐々に浸透を開始しているらしい。ソーメイ、この女子の情報、確度はあると思う?」

 俺は頷く。曖昧だ、けど、曖昧だからこそ都市伝説らしい。

 女の子の日記には、同じ学校の生徒が死んだのを悲しむような事が書かれていた。正確に言えば、その子自体はひきこさんを見ていない。見たと書き込んでいるのはコメント欄の誰かだ。ハンドルネームはプリンセス。悪趣味どうこうについて論じるつもりはない。

「プリンセスと名乗る人物は別の日記にも『ひきこさんを見た』と書き込んでいる」

 くだんはリンクを辿っていっている。意外にも手慣れている。

「接触を図りたい」

 しかし、プリンセスとやらは自分のホームページを持っていない。この町の住人が開設しているウェブサイトへ書き込むだけだ。果たして、そいつは本当にひきこさんを目撃したのだろうか。

「ど、どうする、の?」

「くだんは、怪しいと思う。見たとは書いている。けれど、いつ、どこで見たのかを書いていない」

 愉快犯か? 町の人たちの不安感を煽って楽しんでいるのかな。

「くだんにはまるで、ひきこさんの存在を知らしめているようにも見える。しかし、気になるのも確か」

 だけど俺たちはスーパーハッカー(笑)でもない。簡単には調べられない。つーか、殆ど何も出来ねえ。



 じっとしていられなかったのか、くだんは傘を差し、雨の中を駆け出していった。俺はと言えば、動画サイトで出来の悪いMADに批判のコメントを流して暇を潰している。

 正直、雨が降ってる時に外へ出なけりゃ害はない。俺はひきこさんに殺されない。だから、こうして悠長に、気楽に構えていられる。そりゃ、一刻も早くどうにかなればそれに越した事はない。が、どうしようもないのも確かだ。

 うん。格ゲーの対戦動画はコメントが荒れやすい。自称最強、脳内チャンプ乙、と。

 と、誰かが帰ってきた。ドアの開く音が聞こえて、パソコンの音量を下げ、足音を確認する。引きずるような、ゆっくりとした足取りだった。まだ昼前。両親にしては早い。……奴か。

 起きていたら何を言われるか分からないな。寝たふりでやり過ごすか。しっかしサボりとは珍しい。妹は家にいるよりも、外にいる事に楽しみを見いだすアウトドア派でつまり俺の敵。爆発しろ。

「ねえ」

 来た。無視、無視。

「起きてんでしょ? つーか起きろ」

 体調が悪そうではない。声だっていつも通り、聞いててムカつく。早退したんだろうが、マジにサボりかよ。許せんな。義務教育ぐらいしっかり受けろや。

 ドアが思い切り叩かれ蹴られる。木製だから、あちこちがもうやばそうだ。いっそ、もっと頑丈なものに変えちまいたい。オリハルコンとかヒヒイロカネとかミスリルとか。

「静の話を聞くのが兄貴として当然の事じゃん! 他に何も出来ないんだからそれぐらいしろってのグズ! クズ!」

 俺の妹は可愛くない。

「どうせネットやってんでしょ! アニメ見てる暇があんなら話聞け!」

 うーるーせーえー。仮にアニメ見てたとしても集中出来ないっつーの。仕方ない、適当に聞き流してお引き取り願おう。

「わ、分かったよ……」

「やっぱいるんじゃん。さっきまで無視してたってワケね。へー、良い度胸。マジで、マジでぶん殴りたい。手ぇ汚れちゃうけどぶん殴りたい」

「……話って?」

「ドヒッキーのあんたは知らないだろうけど……」



 思わぬところにヒントは転がっているもんだ。俺は妹の話を聞いた後、くだんにメールを送った。

 妹はサボり。しかも、その理由は怖い話を聞きたくないから。本人は否定していたが、間違いなくびびってやがった。

 大事なのは妹のチキンハートじゃない。妹を恐がらせた話の内容は、ひきこさんだった。つまり、中学にまで話が広がったって事になる。それだけじゃない。殺された二人には共通点があった。殺された二人は妹の友達の、先輩。知り合い、友達って事になる。被害者とは関係ない、外側にいるくだんたちには分からなかったが、見えないところで繋がっていたんだ。

「あ」そわそわしてたら、メールが返ってくる。読んでみると、くだんは漫画喫茶の近くにいるから、直接会って話がしたいとの事だった。……これは勘だけど、くだん、もしかして、漫画喫茶でだらだらしていたんじゃあないだろうな?

 ま、まあ、行くしかない。駅前あたりまで足を伸ばすのは嫌だけど、くだんの頼みは断れないな。何しろ、都市伝説を潰せるかどうかがかかっている。町を守るヒーローってな気分にはなれないけど、町を壊す悪役になるつもりもなかった。俺はこっそりと部屋を抜け出し、家を出た。



 外は雨。傘で顔を隠しながら歩く。この時間でこの天気。人は出歩いちゃいない。正にこの雨は天の恵み。どうせなら、ずっと雨が降ってれば良いんだ。そうすりゃあ、もっと…………もっと、何だ? 駄目だ。やっぱり気分は滅入ってる。くだらない事しか考えられねえ。やめやめ、とにかくくだんと会おう。

 足音が一つ、増える。後ろに誰かがいる。音はまた増える。何かを引きずるような、気味の悪い音だ。振り返るのは怖くて、足を速める。無駄だった。背中越しの気配は消えない。角を曲がっても、どこまでもついてくる。やばい。やめろ。やめてくれ。俺が何をしたって言うんだ。ただ、歩いてるだけだろうがよ。頼むから、消えてくれ……!

 ぴたりと足音が止まる。俺はほっとして振り向いた。馬鹿だ。消えたんじゃない。そいつは止まっただけなんだ。だから、

「ひ、ぎっ……」

 ひきこさんはそこにいた。

 白い和服に真っ赤な目。長く、乱れた髪の毛に隠れて顔は殆ど見えない。つり上がった口元が、引きずっているものが、どうしても離れてくれなかった。

 多分、それは三人目の犠牲者なのだろう。皮が剥がれてどす黒く染まった肉。顔は、ひでえ。顎は削られてて、欠けた歯が何本か残っているだけだ。下の方は、見たくない。

 駄目だろこれ。殺されるんじゃねえの、俺。だって、だってさ、さっきからずっと! ずっと目ぇ合わせてきてるじゃねえか!

「………………」

 ひきこさんが口を動かす。何か言ったらしいが、その声は細くて、雨に打たれて消えていく。 俺は腰を抜かして、濡れた地面にケツをくっつけたままだ。何故か傘を握り締めていて、痛い。離せば良いのに離せない。腕が言う事を聞かない。誰かに助けて欲しいのに、声が出せない。ひきこさんは再び、歩き始めた。俺は目を瞑って両手で顔を覆い隠す。その隙間から、彼女の素顔が覗いて見えた。



 どのくらい、そうしていただろうか。向こうから、くだんが走ってくるのが見えた。俺は息を吐き、立ち上がろうとする。

「ソーメイ、怪我は?」

「こ、腰が……」

「痛む?」

 首を横に振った。痛むんじゃなくて、抜けてる。

「肩を貸す。くだんに掴まって」

 言われたとおりに、俺は屈むくだんの肩へと手を伸ばした。あ、すげえ柔らかい。思った瞬間、彼女は困ったような顔を浮かべる。しまった、心を読まれてしまったのかと身構えるが、そうじゃない。

「ソーメイ、くだんと君との体重差を忘却していた。くだんではソーメイを運搬出来ない」

「い、いい。大丈夫」

 くだんが来てくれて、少し落ち着いた。俺はゆっくりとした動きで立ち上がる。

「……ひ、ひき、こさんに、会ったよ」

「被害は?」

 驚くべき事に、ゼロだ。正直、未だに何が起こったのか分からない。確かに、俺はひきこさんと出遭った。彼女本人は名乗らなかったが、アレがひきこさんじゃないのなら詐欺だろう。

「な、何も、されなかった」

「俄かには信用出来ない発言だとくだんは思う」

 でも、本当だ。ひきこさんは死体を引きずりながら、俺を通り過ぎていった。何もしないで、ただ、じっとこっちを見つめていたのを覚えている。忘れられるか、あんなもん。

「ソーメイにはひきこさんに襲撃されない理由があったのではないかと、くだんは仮説を立てる」

 そんな事言われても、何一つ思いつかない。くだんも同じなのか、俺を見たまま動かなかった。気まずいし、話を変えよう。

「あ、あの、メール、で、言ってた事、な、なんだけど……」

「被害者の共通点が存在すると君は言っていた。是非、くだんに教えて欲しい」

「さ、さっきの、その、死んでた人も、そうだと思うんだけど、あの、た、多分」

「構わないとくだんは断言する」

 死体は三つ。だけど、ひきこさんの標的は変わっちゃいない筈だ。

「し、知り合いだった、らしいんだ」

 くだんは興味深そうに相槌を打った後、少しだけ、申し訳なさそうに目を伏せる。

「くだんの調査不足。ミッシングリンクを考慮せず、力任せに都市伝説の捜索を行なっていた」

「えー、と、そ、それで、ひきこさんって、その、確か、いじめ、られてたんだよね」

「ん、そう」

「こ、殺された人って、い、いじめをや、やってた側だと、思うんだ」

 これは勘だ。あの妹の友達って事は、実際、それがあったかどうかは知らないけど、ほぼ間違いなくいじめる側の人間だろう。で、その子の先輩ってのも、きっとそうだ。一人なら分からないけど、二人でも足りないだろうけど、手掛かりのない状況だ。薄い線を辿るのも悪くない。

「では、くだんもソーメイに便乗する」

 えっ、い、良いの? そんな簡単に。

「問題ない。三人目を調査したいけれど、ひきこさんの追跡は困難。降雨によって痕跡も残存していないとくだんは見る」

「じゃ、じゃあ、一度、家に」

「了解した」くだんは傘を拾い上げると、俺に差し出した。

 天を仰ぐ。雨はまだ、止みそうにない。



 部屋に帰って着替えを済ませる。くだんを中に入れて、何気なくひきこさんについて調べていると、何か、増えてた。

「く、くだん……」

「プリンセスのコメントが増加している。しかも、これは書き込まれてから五分と経過していない」

 どんだけ暇なんだよこいつ。ひきこさん、都市伝説に食い付くようなアホは殆どいない。けど、数人はコメント欄で、プリンセスに対して返事を求めている。

「あまりに不審。……ソーメイ、これはくだんの意見だけれど」

 くだんはマウスをクリック(勢い余ってダブルクリックになる事数回)してから、帽子を深く被り直した。

「プリンセスの正体は、ひきこさんなのだとくだんは思う」

 やっぱり、それが自然だよなあ。第一、くだんの言葉には真実みがある。彼女なら信じられる。

「都市伝説本体が噂を拡大するケースも今までに皆無だった訳ではない」

「し、信じる、よ」

「ん。では、行動を開始したい」

 けど、何をどうするんだろう。やみくもに探したってひきこさんには出会えない。

「推測の領域を出ない。けど、ひきこさんがいじめる側の人間を殺害しているのなら……」



「どうしてあたしが呼ばれているのかしら」

 メリーさんの登場である。こいつには詳しく説明しないが、早い話が餌になってもらうって寸法だった。くだん、結構えげつねえな。

「町の平和を奪還する為に力を貸して欲しい」

「えっ、町の……?」

 頭の悪そうな、ザ・ピンクのジャージを着た、見た目ヤンキー女は考え込む。

「メリーさんでなければ、意味がない。くだんにも、ソーメイにも、大口咲にも不可能」

「あたしじゃないと、あたしだけが町を守れるのね」

 俺は何度も頷いた。

「ふふっ、良いわよ。力を貸してあげようじゃない。で、あたしは何をすれば良いのかしら」

 果たして、メリーさんがいじめっ子属性を備えているのか。まあ、いっつも俺にちょっかい掛けてくるし、大丈夫だろう。何はともあれありがとう。



 メリーさんを先頭に、俺たちは雨降る夜道を歩き始める。彼女に与えた指示は歩け、それだけだった。が、メリーさんは特に疑問もなかったらしく、言われるがままに闊歩する。流石。

「ところで、あたしはいつまで歩けば良いの?」

「くだんが追って指示を出す」

「い、良い、歩きっぷりだよ」

「あなたに褒められても嬉しくないわね」

 煙草に火を点け、メリーさんはそいつを口に銜える。歩き煙草はマナー違反じゃねえの? とか思ってたら、やっぱり足を止めた。

「……何よ、歩いてないからセーフでしょ」

「煙が目に侵入してきた……」

 くだんはメリーさんに背を向ける。おらメリー、はよ火ぃ消したらんかい!

「……煙草の意義、くだんには理解出来ない。いっそ世界から排斥した方が……」

 さもないとお前ごと予言で消されるぞ!

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