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続・ひきこさん



 暇なので、部屋にある本と言う本を読もうと考えた。漫画、小説、求人誌。本棚に並べているものもあれば、床に散らばったままのものもある。俺は表紙がアレな感じのラノベを手に取り、ぱらぱらとページをめくった。が、読む気をなくす。いや、ラノベだけじゃないんだけどさ、パクリって言い方は悪いか。ううん、パロディとかあるじゃん? パロネタ。読んでる時はすっげえ面白いんだけど、時間が経った後に読む二回目はきつい。時事ネタは風化すんのが早い。そんでもって、時事ネタやらその時流行ったパロネタを盛り込んでる作品ってのは風化すんのが早い。劣化するのが早い。すーぐにつまんなくなる。飽きられちまう。時間が経てばそこに残るのは元ネタを思い出せねえネタと良く分からん会話の応酬。そしてパロネタに頼ったモノに面白い要素はほぼ残っていない。大事なのはオリジナリティだ。なんて、生産って言葉からは一番遠いところにいる俺が言ってみる。俺が生産してるのは、精々ウンコか二酸化炭素ぐらいのもんだ。うわ言ってて悲しくなってくる。空しい。腹減った。

 大口やメリーさんに掻き回された部屋の中、ふと、懐かしいものを見つけた。それは中学の時に書いた作文だった。ホチキスで止められた、色褪せた三枚の原稿用紙。いわゆる一つの黒歴史って奴。しかし目に付いたものはしょうがない。タイトルに目を通すと、どうやら死刑制度について論じた(ってレベルでもないけど)らしく、死とか、罰とか、刑とか、中学二年生の好みそうな言葉がずらずらと並べられている。今、様々な角度から古傷を抉られているような気分だ。しかし、アレだな、我ながら情けない。やっぱりガキの書いた文章ってのは読んでいられん。それでも暇なので読み進めていき、すぐに読み終わる。結論から言えば、犯罪者ってのは悪い事をしたんだから死刑にされて当然だ、ってのが、当時の俺が言いたかった事らしい。良かった。斜に構えて犯罪者にも人権どうのこうのとか。死ぬべき死ぬべきってオウムみたいに繰り返しまくってなくて。無難が一番だよな、やっぱ。



 無難が一番。普通が最高。

「ソーメン君、次はこっちのゲームやろうよー。もう私格闘ゲームは飽きちゃった」

「ちょっと、まだあたしは物足りないの。まだそこのヒッキーに勝ってないんだから」

 しかしこの状況は果たして普通なのかどうか、もう俺には分からない。

 毎日のように、当たり前のように部屋にやってくる大口とメリーさん。一応、俺以外の家族がいない時間を見計らってはいるみたいだし、今から行くと言う旨のメールを送ってくる時もある。が、そこに俺の意思はほぼ皆無だ。相手するのが面倒な時だってこいつらは勝手にやってくる。一度窓の鍵を閉めてみたら、躊躇なく拳を振り上げるメリーさんが見えたので、慌てて開錠したのを思い出した。

 今が楽しくない。こいつらといるのは苦痛でしかない。そう言い切るのは出来ないし、言ったとして、多分、そいつは嘘になっちまう。何だかんだで今を楽しんでいる自分もいたんだから、まあ、仕方ない。けど、これで良いんだろうか。俺は人間で、こいつらは都市伝説だ。いつ、どこで、誰に危害を加えるか分からない。そんな事はしないと、盲目的に擁護する事は出来ないんだ。明日か? 今か? 俺がこいつらに殺されないとは言い切れない。いや、俺じゃなくたって良い。ふとした拍子に、こいつらは人を殺せる。それだけの力を持っている。だから思う。ふと思う。

 都市伝説を、生かしても良かったのか?

 今からでも遅くない。俺は死にたくない。みっともなくたって足掻いて生きたい。くだんに頼んで……いや。いや、駄目だな。駄目だろう。今更、俺がこんな事言える筈ないんだ。

「何ぼうっとしているのかしら。戦う前から戦意喪失? ふふ、あたしの勝ちが見えたわ。さあっ、キャラを選びなさい」

 瞬殺。

 メリーさんは俺の背中を蹴っ飛ばしてやさぐれる。と言うか、こんな事ばかりしてても良いのか。こいつらには早く帰ってもらおう。

「……あ、あの」

「あーっ、雨だ。降ってきたね」

「梅雨だもの、雨くらい降るでしょう」

 やべえ追い出しにくくなった。俺が何を言っても、こいつらは帰ろうとしないだろう。オー、神よ。神まで俺を見離したか。覚えてろよ、引きずり下ろしてボコボコにしてやる。

「あー、これじゃあ帰りたくても帰れないわね」

 ちらちらこっち見んなよ。良いよもう好きにしてくれよ。おら、退けよ大口。俺はもう寝る。寝るぞ。

「えーっ、ソーメンくうーん、もっと遊ぼうよー。私とメリーちゃんだけでモノポリーはつまんないよー」

「なっ、何よ。あたしが相手じゃ不満って言うの?」

「だって弱いもん。魚なら鰯くらい弱い」

 まあ、確かにゲームは大口のが上手い。物覚えが早いのだ。一方メリーさんは人の話を聞かないでセオリーを無視した事をするのでマジカスい。基本が出来てこそ、奇策は効果を発揮するんだよ。お前のやろうとしてるのは、人がやってない事じゃなくてやらない事なんだっつーの。

「じゃあ、折角雨降りなんだし、外に行こうよ。ほらほらゴーゴー夕張!」

「どうして雨降りなのに外へ行かなきゃならないのよ。あなただけ行ってくれば良いじゃない」

「カエルとか捕まえよーよ! ど根性で!」

 カエルでテンションの上がる女なんていねーよ。昭和の小学生かお前は。

「んで、捕まえたカエルでザリガニを釣るの。あ、皮はねー」

「ちょっとやめなさいよ! そんなえげつない話聞かせないで。って言うか、そんな事どうして知ってるのかしら。野蛮」

「普通知ってるよ? ソーメン君だってやったよね、カエルの肛門にチューブ突っ込んでおりゃーって空気入れて膨らませてボカーンって!」

 やらねえよ。

「……とにかく、私はそんな野蛮な遊びごめんだから」

 暴力反対みたいな風に装ってやがるけど、目の前にガンジーがいたら嬉々として殴りかかりそうな女が何を言うか。

「あ、そういえば、くだんちゃんは大丈夫なのかな。濡れてないかな、風邪引いちゃわないかな……風邪にはネギが良いんだっけ? ソーメン君、私お腹が空いてきちゃった」

 もうちょい考えて喋ってくれよ。……くだん、いつも手ぶらだったっけ。傘なんか準備してなさそうだなあ。

 外を見ようとして首をめぐらせると、タイミング良く窓が叩かれる。

「くだんじゃない。ほら、開けてあげなさいよ」

 窓の外には相変わらず無表情のくだんがいる。俺は急いで窓を開け、タンスの引き出しからタオルを引っ張りだした。

「……曇天だったので警戒していたけれど、やられた。くだんは梅雨を甘く見ていた」

 パーカーのフードはずぶ濡れである。くだんはそれを脱ぎ捨てると、少しだけ迷う素振りを見せて、俺に差し出した。

「ソーメイ、洗濯の後、乾燥を頼みたい」

「う、うん。あ、こ、これ、使って」

「感謝する」くだんは意外にも豪快な手つきで頭を拭いていく。

「髪の毛が痛んじゃうわよ」

「問題ない。必要とあらば、くだんは剃髪も辞さない所存」

 くだんがその必要に迫られない事を祈ろう。

 当分は誰も帰ってこないだろうし、今の内に洗濯機回しちゃうか。

「じゃ、じゃあ、洗濯、してくる」

「はあー? いっちいち言わなくても良いのよ。女々しい、いってらっしゃいとでも言って欲しいのかしら。ニートのくせに」

「ソーメン君いってらー」

 いってきまーす。



 洗濯機を回している間、くだんは俺のジャージを着ていた。着ていたというのは、部屋に戻ってきた時には既に彼女がジャージを着ていたという事であって、俺のものなのに、えっと許可とか取るつもりはなかったんですか。はあなかったんですね分かりますってな次第である。

「借用している」

「ど、どうぞ」

 くだんのこういうところはすげえかっこいい。

「ところで、都市伝説の話は聞いていない?」

 くだん以外の俺たちは顔を見合わせる。都市伝説の話なら、まあ、いつも聞いているというか。

「……今朝、都市伝説が出現した。死者が数名出ている。くだんはその都市伝説を探している」

 段々麻痺してきたような気がする。死んだだの殺されただの、身近になり過ぎてるんだよな。自分が住んでる町の人間が死んでんのに、実際死体も目にしてきたけど、何か信じらんねえ。心のどっかじゃあ、まだ疑ってる自分がいる。

「また殺人……許せないわね。どんな都市伝説が出たって言うの?」

「死体には引きずられた跡が確認出来た。加えて雨の日に出現する都市伝説、くだんは一つしか知らない」

「カエル男だ!」

 くだんは大口を見ない。無視しているんだろう。

「ひきこさん、ではないかとくだんは睨んでいる」

「ひきこぉ? 何それ、名前? もしかして女の?」

 メリーさんがいちゃもんつけるが、都市伝説なんかそんなもんだろ。口裂け女やベッド下の男だの。

「あー、ひきこだから引きずるんだね」

 納得したように大口が言う。安直な奴め、また無視されるのがおちだろう。

「その通りだとくだんは断言する。ひきこさんの名前には様々な意味が込められている。例えば、蛙。ヒキガエルのひきからも来ていると推察出来る」

「ほらっ、カエルカエル! カエルじゃん! 私すごい、私つおい!」

「納得いきませーん。どうしてヒキガエルなんかと関係あるのよ」

 メリーさんは横槍を入れないと気が済まないらしかった。

「それは簡単。ひきこさんは蛙を食べていたから」

 ゲッと、蛙の潰れたような声がメリーさんの口から漏れる。

「悪趣味ね。あたしならお金を積まれたって嫌よ」

「しかも生で食べていたらしい。……くだんは蛙を食用として扱うのに抵抗はない」

「そーだよメリーちゃん、カエルだってオケラだってアメンボだって食べ物なんだから。食べ物を粗末にすると鍬でお百姓さんに頭を叩き割られちゃうんだよー」

「こわっ! 新しい都市伝説を勝手に作らないでよ」

 怪奇鍬男の登場である。

「ひきこさんのひきには諸説ある。しかし、一番有名なのはひきこもりのひきだとくだんは断定する」

 一斉に。その瞬間。三人が俺を見たのは言うまでもない。そしてにやにやと笑うメリーさんを殴りたい。

「あら、ごめんあそばせー! ついっ、つい見ちゃったの。だってヒッキーとか言っちゃうんだもの! くだんが! ヒッキーって!」

「ソーメン君もカエルを食べるんじゃなイカ!?」

 食わねえでゲコ!

「あなたも都市伝説じゃないの? 部屋から出てこない男って名前でどうかしら」

 うるせーうるせーうるせー! 俺だって好きでひきこもりやってんじゃねえよ! ……部屋の居心地が良いのは確かだけど。くそう、恨むぞくだん。

「……ソーメイ、申し訳ない。くだんは、君を貶めるつもりはなかった」

「え、あ、う、そ、その、い、良いよ。き、気にしてないから」

「ソーメイの心の広大さに感謝する」

 別に、広くない。

「ひきこさんについての話題はここで断ち切ろうと、くだんは提案する」

「へえ? 何よくだん、あなた、まさかこのヒッキーを庇おうって訳なのかしら。まあ、自分であたしたちを焚きつけてるんだから、マッチポンプも良いところだけど」

「そうではない。ここでの会話は都市伝説の捕獲、排除には繋がらない。……ソーメイ、傘を貸して欲しい」

 なーんだ。庇ってくれた訳じゃないのか。まあ、くだんってば常に無表情だし。そういうのを期待するだけ無駄ってもんだな。

「か、傘……は、貸せ、ない」

「了解した。では」

「ちょっとちょっと待ちなさいよ。傘ぐらい貸してあげても良いじゃない。まさか、拗ねてるの?」

 俺は首を横に振る。つーか、そこまでガキじゃねーよ。

「そ、うじゃなくて、ば、ばれる、から……その、傘、なくなってたら」

「ばれたって良いじゃない。ばれて元々だからバレモト……え? まあ、くだんがそう言うなら」

「ソーメイに迷惑は掛けられない」

「えー、でも傘がなきゃ濡れちゃうよー?」

 このパターン、俺は知っている。俺が悪者になってるってパターンじゃん。おいおいマジかよ悪いの俺かよ。俺なんかひきこもってるだけじゃねえか、もう許してくれよ。

「……じゃ、じゃあ、その、誰かが傘を、か、買ってくれ、ば……」

 しかし、くだんを空手では出せない。彼女のパーカーはまだ乾いていないんだし、都市伝説をぼんぼん四散させまくるとんでも人間だとして一応は人間だ。風邪だって引いちまうかもしんない(自信はないけど)。問題は、俺の家の傘がなくなる事であって、別の傘を買って使うなら問題はない筈。

「名案名案。で、誰が買ってくるのかしら?」

 問題はそこだった。いや、そりゃあ行きしなの傘は貸すよ? だけど雨が降ってる中、わざわざ傘を買いに行くとか意味が分かんねえもんなあ。

「雨が止むまで待てば良いんじゃないのかな?」

「それまで待っていられない。こうしている間にも、都市伝説が誰かを襲撃している可能性はゼロではない」

「じゃあ、もう、あなた早く行ってきなさいよ」

 えーっ、やだよ。絶対やだ。めんどい。

「じゃ、ここは公平にじゃんけんしよう! 四人で一回きりね! 文句なし! 後出しなし! えっと、後は、えーとー」

 じゃんけんかよ。

「あたしグーを出すわ! グー!」吠えてろ。



「では、行ってくる」

 じゃんけんに負けたのはくだんだった。くだんはメリーさんの安いフェイントを見事に信じきってパーを出していた。いやー、近頃はこういう素直な子が減ってきてたので、聡明さんとしてはもう満足だわ。



「ただいま」

 でもさ、四人分の傘を買ってきて、あまつさえ戻ってくるってのはどうなの?



 そんな訳で、嫌だ嫌だと抵抗していた俺だけど、結局はいつもみたく外へ連れ出されてしまった。くだんさん、一人で傘買って、一人でひきこさんとやらを探しに行けば良かったのに。

「まあ、探すからには本気で探すわよ。あたしの町で好き勝手させないもの」

「私もひきこさん見てみたいから頑張るよ」

「それらしいモノを発見したら、くだんの携帯電話に連絡を入れて欲しい」

 四人ばらばらになってひきこさんの探索となったんだけど、結局、探索だの何だの言ったってあてもなく町を歩き回るだけだ。帰ろうかな。

 けど、雨の日は好きだ。雨が降ってりゃ通行人は少なくなるし、持参した黒地の傘なら顔も隠せる。割に、出歩きやすいっちゃ出歩きやすい。でも外に出る事に対しては、まだ不安がある。あいつらに連れ回されてからはちょくちょく外出するようになったけど、やっぱり怖い。人が怖い。人の目が、視線が。

 だから、少しでもこのでかい図体を隠そうとして裏路地を探して渡り歩く。頼むから、誰とも会いませんように。



 一時間経ったか経ってないかで、メリーさんから『疲れたから帰る』との連絡を受けた。それからすぐ、大口からは『お腹減ってたの忘れてた! 何か食べたいのでリタイアしちゃう』との連絡も受けた。やる気ねえ。何だかんだでひきこさんを探していた俺が馬鹿みたいじゃねえか。もう良いや、帰っちまおう。妹が戻ってくる前に寝ておくに限る。雨の日の奴は異様に機嫌が悪いし。八つ当たり食らうのもつまんねえ話だ。



 結局、この日は何も見つからなかった。ひきこさんも、引きずられた死体も、何も。でも、人生ってのは大概こんなんだろう。何かが見つかるってのが稀だ。探し物は簡単に見つからないってのが当たり前。

『明日も雨らしい』

 家に帰って、寝て、起きて携帯を確認すると、くだんからメールが来ていた。明日も雨。そりゃあ気の滅入る話だな。その時は、それぐらいにしか捉えられなかった。

 翌朝、ひきこさんが現れて、新しい死体が一つ増えたんだと、くだんから聞いた。

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