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ベッドの下の男・弐



 ある日突然空から女の子が降って来る。んでもって、何者かに追われているらしい女の子は俺に助けを求めるんだ。『ああ、助けてください。お礼なら何でも』とかね。けど俺はこう切り返す。『いや、お礼なんていらない』とな。本当は死ぬほど欲しいし下心バリバリだけど。そんでなんか、普通の高校生を演じていた俺が秘めたパワーを発揮して、理由は良く分からないけど女の子を追っていた黒服の悪党どもをボッコボコ。女の子は俺に一目惚れ。『抱いて』とか迫ってくるんだけど、『それは大切な人が現れる時までに取って置くんだ』と必死で押し留める訳よ。でも結局ベッドインでパイルダーオン! 俺はマキシマムパワーでブレストファイヤー! 子供はサッカーチームを作れるほどに頑張りたいです。

 そんな楽し過ぎる妄想をしている時に限って、楽しくない奴はやってくる。

 ドンとドアが強く叩かれ、俺は完全に現実世界に引っ張り上げられる。

「おらっ、起きろニート! クズ!」

 妹だ。しかも三次元の。しかも血の繋がっている。つまりいらないって事で一切の興味がないし、何一つ情が湧きようのない生命体。

「お、起きて、るよ」

「あっはっはそりゃそうよね! 今、夜の九時だもん! 昼夜逆転どころか天地がひっくり返っても部屋に引きこもってるあんたにとっちゃ時間なんて関係ないもんね! 静たちが寝ている時には起きてて、起きてる時には寝てるダメな奴だもん!」

 そう、今は夜の九時。後、三時間で日付が変わる。ジジイやババアはとっくに目ぇ閉じてて、真面目なガキはママンに寝かしつけられている頃だ。で、そんな時間にお前は何を騒いでいるってんだよ。

「あんたで遊んであげるからここ開けなさいよ!」

 俺でかよ。嫌だよ開ける訳ねえじゃん、自らマゾ宣言してるようなもんだぞそれ。

「今日はあの二人帰ってこないんだから!」

「……だ、だから?」

「暇なのよ!」

 全力でどうでも良いわ。

「も、もう、寝たら?」

「寝られないからあんたみたいな二酸化炭素製造機に話し掛けてるの! そうでもなきゃあんたなんか無視よ、無視っ! あんたは虫だけどね。つーか蟲? あ、虫と比べたら虫が可哀想か」

 前にも聞いたぞ。案外、引き出し少ないな。

「ほらほら、クソゲーでも何でも相手してやるって言ってんの。静がそう言ってんだからっ、とっとと開けなさいよ愚民! 非国民!」

 んん? 何? 何だと? 今、信じられない言葉が聞こえてきたな。あの妹が、俺とゲームをする、だと? 馬鹿な信じられん考えられん、つーかありえん。

 妹は、ゲームが死ぬほど嫌いだ。特に対戦可能なゲーム。主に格ゲーが。その筈である。何故なら、俺がボッコボコにしてきたから。永久コンボやえげつない連係、あとは脱出不可能に近いハメが大好物の俺は、妹にすらそれを使いまくっていた。手加減ナシ。絶対にしない。パーフェクト勝ちは当たり前。口プレイなんかお手の物。とにかく、ありとあらゆる手段を使って妹をボッコボコにしまくってきた。だから、妹はゲームが嫌いになった。そんな奴から、クソゲーでも何でも、なんて台詞が出てくる筈がない。そこで思った。あ、こいつ妹じゃないってな!

「い、嫌だ」

「はあああああああっ!? クソオタのくせに口答えするつもり!?」

「お、お前が、いっ、妹という証拠は、ない」

「……あ。あ、あ、もしかしてあんた、静をおちょくってんの?」

 うん。

「もう良いわよ付き合う気とかないから。ほら、さっさと開けなさいって」

 しっつけえなあ。何だこいつ、執拗に俺の部屋に入ろうとしているけど。何を企んでやがる。いや、何を企んでたって無駄無駄。三次元の女にゃ騙されねえぞ。やっぱり女は紙媒体かjpgに限るってもんだぜ。

「……も、もう寝たら?」

「だから眠くないから暇なんじゃん。あんたで暇潰ししてやるって言ってんだから、さっさと開けてよね。ほら、早く」

「な、何も、しない?」

「さあ、保証は出来ないけど? ま、今開けてくれたら少しは気分も良いから何もしないかもね」

 うーん、今日は引き下がらねえなあ。まあ、たまには良いか。何かしたら追い出せば良いし。

「じゃ、じゃあ……」

「来たわよ」あ?

 開けるよと言おうとした瞬間、窓が控えめに叩かれた。カーテンを開けると、そこにはメリーさんが立っている。

「暇だから遊びに来てあげたのよ。あなた、少しはあたしに感謝しなさい」

 嘘だろ。やばいぞこれ。

「ちょっとー? おい、おらっ、良いから早く開けろやクズ二ート」

 なんて、なんて厄介なタイミングで来やがるんだ! うぜえメリー! こいつマジで俺に嫌がらせする為だけに生まれてきたんじゃねえの!? どことなく妹とキャラ被ってるしよ。

「レディを待たせるつもりかしら? だからあなたは童貞なのよ」

 ぜっ、前門の虎。

「黙りこくってんじゃないっつーの! 静が開けろってんだから開ければ良いのよ良いじゃない!」

 後門の狼。

 究極の選択過ぎる。どっちを招き入れても罵声を浴びせられるのは確かで、どちらかに後々罵声を浴びせられるのも確かだ。もっとまともな選択肢が欲しい。つーか俺の知り合いってこんなのばっかかよ。

 ……とりあえず、妹とメリーさんが鉢合わせするのは駄目だ。素敵ヒッキーライフが危ない。

「あ、あのさ……」

 窓を少しだけ開けて声を潜める。メリーさんはイライラした様子で俺を見据えた。

「遅いわよ。あたしを待たせるなんて、あなた何様のつもりかしら」

「か、帰って、くれない、かな」

「はあっ!?」

「おっ、大きい声は……!」

 俺はドアを指差した。

「い、妹が、そ、その、部屋に入ろうとして、だっ、だから……」

 メリーさんは俺とドアを見比べた後、

「救いようがないわね」

 そんな事を言い放つ。確かに今の状況を救ってくれるような奴なんか、いない。

「シスコンはこの世の中で最も重い罪よ」

 罪じゃねえし、そもそもシスコンじゃねえから。シスコンになれるぐらい可愛い妹が欲しかったわ。

「……し、シスコンじゃ、ないよ」

「あらそう。じゃあ、あたしを部屋に入れてちょうだい。シスコンじゃないなら、断れるわよね」

 うえーめんどくせえ。つーか妹だけじゃなくてお前だって部屋に入れたくねえんだよ。なんか、彼女面してる感じが鼻について仕方ない。

「……もう、帰ってよ。ま、また、今度相手するから」

「なっ、ななな何よその言い方。どうしてあなたが上から目線なのよ!?」

 メリーさんは窓を開けて、桟に足を掛ける。

「調子に乗るな人間のくせに!」

 彼女は窓の近くにいた俺の頭を狙って拳を振り下ろした。

 まあ、けどごめん。体は勝手に動く訳で。俺はメリーさんの攻撃を避けて、彼女の両足を掴んだ。

「え、あ、嘘っ、嘘よねあなた、だってそんな事したらあたし怪我する……!」

 ぐらぐらと揺さ振って、えいやと外に突き飛ばす。ぐええとか、女とは思えない悲鳴を上げたメリーさん。頭をぶつけたのだろうか。済まない、体が……勝手に、うわあああ!

 さーて邪魔者は消えたし、もう片方の邪魔者を消すとしよう。庭にメリーさんを放置するのは躊躇われるが、これ以上妹を放置するのも恐い。

「ご、ごめん、へっ、部屋の掃除をしてて」

「ああ、それでうるさかったの。静ったら、てっきりあんたがトチ狂って暴れ回ってるんじゃないかって期待してた。そしたら遠慮なくケーサツに突き出せたのに。つーかもうその場で撃たれちゃえ」

「あ、はは。そ、それじゃあ、お休み」

「ウォーイ! お休みじゃねえだろ二ート! ねんがら年中休んでるんだから、こういう時ぐらいは静の言う事聞きなさいよねっつーか聞けよ」

 メリーさんよりめんどい。ポマード三回唱えたら消えてくれないかな。

「……ね、ねえ、どっ、どうして僕の部屋に、来たい、の?」

「来たくない! 勘違いすんな馬鹿。他に選択肢がないの。あんた、消去法って知ってる? 知ってるわよね、あんたって真っ先に消去されるような奴だから」

 はーあそりゃ光栄ざますよお嬢さん。

「もう開けてよ。……は、早くしないと……」

「え?」

「何でもないから開けてってば」

 ここで、俺はふと小さい頃の自分を思い出した。具体的には幼稚園児ぐらいの頃を。今となっては『どうして? 馬鹿なの? 死ぬの?』 と思うし、思うしかないんだけど、好きな子にはちょっかいを掛けていたんだよなあ。まあ、ガキだからアプローチの方法を他に知らないのも仕方ない。とにかく俺に構ってくれよ好きなんだーって気持ちを伝えたかったんだろう。伝わらなかったけどな。……元気にしてるかなあ、あの子。

 ああ、それで、まあ、不器用だった俺は妹にも似たような態度で接していた。一番身近で、手っ取り早い悪戯の対象だったからな。好き、ではなかったと思うけど、なんか気になる存在だったんだと思う。と言う訳で兄を持った事を不幸に思うぐらいにプロレス技とか掛けまくったし、事あるごとに馬鹿にしてたし、そん時流行ったアニメキャラの物真似をしたりさせたりエトセトラ。

 つまりいじりたくて仕方ない。俺がバリバリいじめまくってたから、こいつは俺を死ぬほど嫌っている。いや、殺したいほど嫌っている。なのに、ここに来ようとしている。まさか本気で俺を殺そうとする訳ねえし、となれば、やっぱりこいつは何かに恐がっている。びびってやがるんだ。はっはー、弱み握ったり。今までボロクソに言われてきたんだ。久しぶりに反撃してやる。作戦コードは絶対遵守、反逆のソーメイリベンジ2!

「……い、今」

「は、何よ?」

「し、心霊、スポットに、興味があって」

「……っ、へっ、へえ? 流石根暗のお兄さまは違いますねー。くらーい、マジキショいわ。興味ないから、その事について二度と話さないでよね」

「が、学校……って、さ、出る、らしいんだ」

「ひっ。……あ、んん。はん、出るって、何がよ?」

 おいおい気付いてるんだろ? つーか、こんな話でびびんなよな。お化けやら霊を恐がるなんて、最近じゃ、ギャルゲーのヒロインですらありえねえぞ。

「き、決まってる、じゃ、ないか」

「決まってない! 出ないわよっ、何も出ない! もう、もうっ、ホントうざいっ、あんたってどうしてそうなの!?」

 ひゃひゃひゃ。

「死んじゃえクズボロゲキマズソーメン!」

 どすんどすんと、妹はやかましい足音を立てながら、どうやら部屋の前から立ち去ってくれたらしい。

 ふう、そいじゃあ寝るか。



 小一時間くらいだろうか。

「あたし女だけど、あなたは本当にクズだと思う」

 メリーさんを庭に放置していたのは。

「あ、ご、ごめん」

 メリーさんはいつも通りにピンクのジャージ。ベッドの上であぐらをかいてふんぞり返る。

「一歩間違えれば犯罪者よ、あなた」

 お前に言われたくねえよ。

「あ、それより妹と何を話していたのかしら」

「べ、別に……」

「やっぱり、今流行のあの話?」

 流行? いや、残念だけど中学生の流行なんか知らねえし。アレか。携帯ゲームがまた流行ってんのか? たまご……的な。デジタル……的な。ああいうのってブームが数年周期でやってくるもんな。

「あ、知らないのね。ふうん、流石はニート。外界から遮断された生活が羨ましくて仕方がないわ」

「……ど、どうも」

「褒めてないわよ。流行ってるって言うのは、都市伝説よ。昨日殺人事件があったのを知らないの? 全く、あたしの住む街で殺人なんて、許せないわね」

 知らない。つーか、出たよ。また都市伝説。また殺人。今度のは首なしライダーよりもタチが悪い奴らしい。

「ど、どんな……?」

「ベッドの下の男、よ」

 ベッドの下の……? 何だか、限定的過ぎねえ?

「あら、割と有名な都市伝説なんだけれど。話してあげましょうか?」

「……え、遠慮、するよ」

「どうしてよっ!?」

 お前の話は長いんだ。コインロッカーベイビーの時の俺の気持ちが分かるか。どうせ話してもらうならくだんが良い。淡々と、簡潔に話すからあんまり怖くないし、無駄な事を喋らないから分かりやすい。

「ど、どうせ、なら、そ、その、く、くだんが」

「くだんなら来てるわよ」

 えっ、いつの間に。俺は窓を開けてみる。が、誰もいない。メリットのない嘘を吐くなよ、ったく。

「何してるの?」

 お前が、くだんが来てるとか言うからだろ。ベッドの縁に背を預けて、そこにあった漫画を手に取る。瞬間、背中に変な、柔らかい何かを感じた。……まさか。まさか、ベッド下の!?

「う、わあああっ!」

 飛び退くと、ベッドの下から何かが這い出てくる。

 厚手のニット帽。

 灰色のパーカー。

 そして丈がやけに短いホットパンツ。

「ここにもいなかった」

 っていうかくだんじゃん。

「あら、残念ね」

「……!?」

「ん? ソーメイは何か驚いているような顔をしている」

 そりゃ驚くよ! どうしてベッドの下から出てくるんだ! つーかいつの間に!?

「あなたが妹と話している時じゃない?」

「そう。立て込んでいる様子だったから、くだんは先に用事を済ませておいた」

「よ、用事……?」

「くだんは都市伝説を探している」

 いや、それは、まあ、知ってるけど。

「昨日、ベッドの下の男と呼ばれる都市伝説が人を殺した。だから、くだんはベッドの下の男を探している」

「う、うん」

「ベッドの下の男はベッドの下にいる。だから、くだんはソーメイの部屋のベッドの下を探していた」

 まあ、理屈は分かるけど。けど、もし本当にいたら、どうするつもりだったんだよ。いつも通りにいくなら、俺の部屋が血とか肉でぐちゃぐちゃになっちゃうじゃん。……いなくて良かった。

「あ、あの」

「ん、ソーメイはくだんに何か尋ねたいといった顔をしている」

「べ、ベッドの、し、下の男の、話、を。聞かせて、ほ、欲しいん、だ、けど」

「了解した」

 くだんは頷き、ベッドの下から這いずり出た。俺たちの前に完全に姿を現すと、当たり前のようにベッドの上に昇り、メリーさんを退かして布団を被る。

「ベッドの下の男は、本来アメリカの都市伝説」

 へえ、そうなのか。アメリカにも都市伝説とかあるんだ。

「話の大筋としては、マンション、アパートで一人暮らしをしている女性の部屋に友人が遊びに来る。部屋にはベッドが一つしかないので、自分はベッドに寝て、友人は床に布団を敷いて寝た。しかし、友人は外へ出ようと言い出す。あまりにしつこく誘うので仕方なく部屋を出ると、その友人は『ベッドの下に包丁を握った男がいる』と言う、話」

 うわ、こええ。

「また、対象が友人の友人、いわゆるFOAFであったり、姉妹であるケースもある。男が持っている凶器が斧や鎌、そもそも男が隠れているのがクローゼットの中、押入れというパターンもある。アメリカが舞台となっている為か、海外のホテルや山中のペンションという場合もある」

「……淡々と話すわね」

 これが普通なんだよ。

「この話の結末は男が逮捕されると言うものが殆ど。けれど、登場人物が殺されてしまうパターンも良くある。実際、この町で起こったのは後者。ベッドの下の男が殺している」

 ……つーか、それって都市伝説か?

「ん。ソーメイは何か言いたそうな顔をしている」

「と、都市伝説って言うより、その、た、ただのストーカー?」

 ベッドの下の男って、要はストーカーじゃん。つまり不法侵入者じゃん。ただの男じゃん。

「良い着眼点だとくだんは思う。が、ベッドの下、と言うのは確かに都市伝説になり得る」

「そ、そうなの?」

 くだんは「そう」と頷く。

「ベッドの下とは、隙間。ソーメイは隙間に対して何を思う?」

 いや、何も。

「恐怖を感じた事は?」

 恐怖って、ああ、でも、夜中一人で部屋にいる時、ふと、本棚の隙間とか、窓とか、ちょっとした空間が妙に気になっちまう時ってあるよな。誰かがいるんじゃないか、覗かれてるんじゃないか、とか。

「な、何となく、は……」

「そう。普段、くだんたちが生活している場所には必ず、小さな、狭い空間、隙間が存在する。そして隙間女、隙間男と呼ばれる都市伝説も存在している。隙間には、人間を引き付ける何かがあるのかもしれないと、くだんはそんな事を言ってみた」

 隙間、ねえ。まあ、何となく分かるって感じだな。

「……ん、もしかしたら、ベッドの下の男と言うのは隙間男と同類、同一の存在なのかもしれないとくだんは思う」

 ふーん。まあ、この展開はアレだろ。どうせ都市伝説を探しに外へ行くパターンなんだろ。

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