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首なしライダー・パート2



 敵か味方かで言えば、首なしライダーってのは多分、人類の敵だ。いるのといないのでは、きっといない方が良いんだと思う。けど、俺に限って言えば、首なしライダーは別に敵だとは思えない。いてもいなくてもどっちでも良い。だから、いても良いんだと思う。まあ、耐性だな。最近になって都市伝説に巻き込まれて、それでも何とか生きていられて、こいつら化け物に対して耐性が出来たんだ。それか、麻痺してるか。

「う、わ」

 俺は、乗った。バイクに乗った。首なしライダーが体をずらして、シートに俺が座れる分のスペースを作ってくれた。メットしてねえから犯罪だけど。ああ何たる事だ。でも、都市伝説だし。道路交通法がどうのって通じる相手じゃないのが救い。しかし、なんつーか、意外と怖い。自転車の延長線上みたいな感じと思ってたが、今からこれが物凄いスピードで走るんだよな。

 と、首なしライダーは自分を指差す。

「……あ、も、もしか、して、掴め、って?」

 こくこくと、何度も頷くライダー。少し嬉しそうなのは気のせいだろうか。いや気のせいだ気の迷い。男と二人乗りだなんて俺歴史の中でも屈辱的なイベントの部類に入る。

 まあ、振り落とされたら嫌だから掴むんだけど。恐る恐る触ってみると、首なしライダーの体は意外と細かった。そういや、一人でバイクを起こせなかったぐらいだからな。気のせいか、何か女みたい。しかし俺は今までに女性の肉体に触れる機会がなかったので、比較対象が思い浮かばなかった。あくまで妄想。

 瞬間、振動がケツに伝わる。体が後ろに持ってかれそうになり、さっきよりも強く、ライダーの腹に手を回した。

 風を切り裂いて、ぐんぐんと速度が上がっていく。景色が入れ替わり立ち代わりで、変わっていく。線になっていく風景を横目、薄目で見る。まともに目を開けてられないからだ。恐いからじゃない。風が強いからだ。風が強いからだっ。

「は、やっ……」

 自分の知っている景色が得体の知れない何かに変わっていく。街灯の明かりは糸みたいに細くて、頼りない。何もない真っ暗な世界が俺たちを包んでいるように思えた。

 これは、魔法だ。俺はそう思う。普通に生きてて歩いてりゃ……部屋に閉じこもったままなら、見る事の出来なかった世界。見ようとも、見たいとも思わなかった。そうか、そうなんだ。 ふと、首なしライダーの背中を見る。

 こいつはきっと、魔法にとりつかれちまったんだと、唐突に閃く。そりゃそうだろうな。体を切り刻むように強い風。スピードが上がっていくと、そのまま空に浮いちまうかのような感覚を覚える。これさえあればどこにでも行ける。どこまでも行ける。知ってる町並みすら知らないものに変えちまうんだ。なら、こいつに乗って知らないところへ行きたくない、筈がない。諦められる筈がない。もっと速く。もっと遠く。もっと長く。もっと、もっと走っていたいに決まってる。だから首なしライダーは死ぬまで、死んでもこうして走り続けているんだ。

「たの、しい?」

 答えは返ってこないと知っていた。それでも俺は問い掛けずにはいられなかった。

「た、楽しい、よね」

 正直言って、羨ましい。

 向こうに大口が見えた。彼女はとっくに自転車から降りていて、それは即ち勝負が終わった事を示している。

 首なしライダーの、負けだ。

 卑怯な手を使おうが足を引っ張ろうが、勝ちは勝ちで負けは負け。それ以上でも以下でもない。

 首なしライダーが顔を上げた。持ち上がったヘルメットは小刻みに揺れている。泣いているんだろうか。それとも怒っているんだろうか。……あ。いや、違う。違うっ、違う!

 声は聞こえない。でも、分かった。俺には分かる。首なしライダーは笑ってるんだ。楽しくて、声を張り上げて……!

 ゴールが目の前に迫った時、俺は首なしライダーに回していた腕に力を込める。もう、終わっちまうんだな。

「……え?」

 首なしライダーが、こっちを見ていた。

 何も言えないくせに、何を見ているか分からないくせに。でも、そう、彼女(・・)は……。



 ケツが、いてえ。

「あははははははは! 大丈夫ソーメ……く、あはははははははは!」

 ゴールしたあの後、すぐ、首なしライダーはここからいなくなった。この世界から消えちまった。レースで負けたから、とか。そういう都市伝説があるとは聞いてないけど、奴は都市伝説らしく、自分の決めたルールに従ったのだろう。

 つまり、ゴールした瞬間ライダーは消えて、彼女の持ち物であるバイクも同じく消えた。乗っていた俺はそこから振り落とされる形で、コンクリートに投げ出される寸法だったのさ。あああもう!

「あははははははははははっ!」

 大口、笑い過ぎ。何を面白がってやがる。

 まあ、良いか。だってそうだろ、くだんがどうにか出来なかった都市伝説を、俺と大口の二人がかりとは言え、そして実は俺が何もしていなかったとは言え、この町から追い出せたんだ。これは褒められても良い働きだろう。認められてもまだ足りないぐらいの手柄じゃあないのか? はっはっは、くだんさんにはお礼を言ってもらわないとなあー。

 そんな事を考えてニヤニヤしている内、向こうから何かが近付いてきていた。……ああ、トラックだな。やべえやべえ、早く退かないと。

 あれ?

「何やってんのソーメン君? そこにいたら危ないよ」

 ええいお前に言われんでも分かってるっつーの! けど、けど!

「……か、体が、う、ごかな……」

「えー?」

 大口は自転車を車道の脇に置き、俺の体を弄繰り回す。上半身は動くのだが、足が道路に吸い付いているみたいに離れない。ここから一歩も動けない。

「冗談、だよね?」

 俺は急いで首を横に振った。良いから早く助けてくれよ!

 ヘッドライトが徐々に近付いてくる。まずい、まずいまずい! まずいぞこれ! どうして!? 何でだよ!?

「あ、もしかしてレースに負けたから?」

 負け、って。おい、おいおいおいおいちょっと待てよ。負けたのは首なしライダーであって俺じゃないぞ! つーか負けたら事故るのは確定なのかよ!? 俺じゃねええええよ! 俺がレースしてた訳じゃねえから!

「う、わ、うわ……」

 声が出ない。ぎゃあと叫びたいのに喉が震えてて上手く話せない。大口は俺の体を引っ張ったりしてくれているが、無理だ。一ミリだってここから動ける気がしない。

 近付くトラック。俺の姿が見えている筈なのにクラクションを鳴らさない。多分、乗ってるのは普通の人間じゃないんだろ。そうなんだろ? マジかよこれが都市伝説のルールって奴かよ。終わってる。

「そっ、ソーメン君、私逃げて良い!?」

 ちょ、おま! ふっざけんなよ大口、こうなったら一緒に死のうぜ! 嫌だあ! 一人で死ぬのは嫌だ嫌過ぎる!

「私まだやりたい事とかいっぱいあるよ!?」

 俺だってあるわ! う、嘘。嘘だろそんなのって……、た、助けて。助けて!

「く、だん……!」

「お待たせした」

 横合いから小さな人影が飛び出した。そう認識した次の瞬間、大型のトラックが動きを止める。いや、止められている。タイヤが空しく空回りを繰り返し、耳障りな音を立てていた。

 こんな事が出来るのは一人しかいない。トラックを両腕だけで押さえ付けられる奴なんて、この世に一人で充分過ぎる。

 少しずれた厚手のニット帽。真っ黒なパーカー。ホットパンツと言うか太もも。

 くだん、だ。くだんが助けに来てくれたんだ。

「くだんちゃん! 大変、見てっ、ソーメン君は動けないの! お腹が減って背中とくっ付いちゃうみたいに、ソーメン君の足と道路が仲良しこよしで!」

 ちょっと黙ってくれないかな大口さん。

「問題ない」と、くだんはこちらには振り向かないで言い切った。男前過ぎる。

「……ソーメイ、今の時間は?」

「え、と……」

 ええ、こんな時にまでかよ? いや、けど、都市伝説を撃退する戦いの中で、俺の役割はこれなんだ。最近はそう思うようにしている。唯一の仕事だ。俺の存在理由。痛い立ち位置。

 手は動くので、ズボンのポケットから携帯電話を取り出して、時刻を確認する。

「ろ、六月、にじゅ、二十四、に、日、午後のじゅ、いち時、四、十二分」

「君に感謝を。ではくだんは予言する。『六月二十四日午後十一時四十三分、首なしライダーは炎上の後、四散する』」



 最初から最後まで俺たちは、と言うか、大口は勘違いしていたらしい。

「あれー? 今のが首なしライダーだったの?」

「そう。くだんはあの都市伝説を追っていて、ようやく見つけた」

「でもさ、ライダーってバイクに乗ってる人の事を言うんじゃないの」

「そうとは限らない。ライダーには運転手、と言う意味がある。トラックの運転手にもライダーという言葉は当てはまる」

 俺はもう気が抜けて、ガードレールに背を預けてへたり込んでいた。

「手強い相手だったとくだんは思う。目には目を、歯に歯を。やはり、くだんもトラックで追い掛けるべきだったと後悔している」

「くだんちゃんがトラックの……? でもさ、ブレーキに足が――ううん! んーん! 何でもない! 何でもないよっだからその目は止めてよう!」

 はあ、疲れた。超疲れた。良かった、生きてて良かった。あと、漏らしてなくて良かった。そしたら今頃大口には笑われてるだろうし、くだんには……想像するのすら怖い。いや、とにかくすっげえ怖かった。バイクに乗るのは楽しかったけど、やっぱ、まだ早いよな。免許取りに行く勇気もねえし。

 しかし。

 しかしだ。アレじゃね? ちょっとパターン入ってきてねえ?

「……く、首なしライダーも、ふ、二人いたんだね」

 一筋縄じゃいかねえってのは分かってるが、数増やせば良いってモンでもないよな。口裂け女は三人。トンカラトンは二人。んでもって、今度も二人。次あたり、とんでもねえ数の都市伝説が出てきたりな。

「……? ソーメイ、くだんはソーメイが何を言っているのかが把握出来ない」

 いや、だからさ、首なしライダーも二人いたんだなって話。

「何故なら、首なしライダーは一人しかいなかったから」

 は?

 俺と大口は顔を見合わせる。お互い、何を言おうとしているのかが分かった。うん、いや、いたじゃん。

「くだんちゃん、首なしライダーは確かにいたんだよ。赤くて、おっきいバイクに乗ってた人。私たちはついさっきまで、その人とレースをしてたんだから。えっへへ、しかも私の勝ちー」

 くだんは小首を傾げる。

「赤い、バイク?」

「そうっ! すっごいかっこよかったんだから! でもそんなかっこいい人に勝った私はもっとかっこいい!」

 俺に視線を向けたくだんは口を開き掛け、閉じる。何か言おうとしているのだろうけど、迷っている様子だった。

「く、くだん?」

「くだんはもう一度言う。首なしライダーは一人しかいなかった。だから、ソーメイたちが会ったのは、首なしライダーではないとくだんは判断する」

 ん?

「ただし、都市伝説の首なしライダーとは別種の首なしライダーであると、くだんは推測する」

 大口は笑顔で首を傾げている。多分、意味が分かっていないんだろうな。

「……つ、つまり?」

 つまり、俺たちが会ったのは確かに首なしライダーなんだろうけど、くだんの追っていた首なしライダーとは別のモノ。そんでもって、都市伝説を潰す筈の彼女が、都市伝説の存在に気付かない訳がない。見落とす理由がない。

「ん、くだんは一つの仮説を立てた。つまり、ソーメイたちが見た首なしライダーは……」



 零時を回って家に帰ると、どっと疲れが押し寄せてきた。早くベッドに入りたい。そう思って自室の窓を開ける。

「お帰りクソ」

 もはや、突っ込む気力すら湧かない。俺は妹を無視してベッドの上で横になった。

「あんたさ、窓の鍵開けっ放しだったんだけど? ねえ、自宅警備員なんでしょあんた。犬以下の働きしか……犬と比べたら犬が可哀想か。とにかく、せめて自分の部屋の戸締りぐらいはしっかりしなさいよ。泥棒とか強盗が入ってきたらどうするつもりなの。そりゃあんたから死ぬから構わないけど、静まで殺されたらどうするつもり? ちょっと、聞いてんの? 聞いて、聞けよ馬鹿! 静を無視するなんてニートのくせに生意気っ、あんたが生きる為にどれだけの酸素が必要だと思ってんのよ! 死ね! 死んじゃえ! あんたが生きる為にどれだけの二酸化炭素が排出されると思ってんのよ! つーか今更だけどクサッ! ゴムの焼けた臭いとか、何だか油臭い! もう何なのよあんた、生きてるだけでどれだけの迷惑を静に掛けてるのか分かってる!? それとっ、静はまだ前に締め出された事について謝ってもらってない! 外がちょっとずつ暗くなっているのを見ながら、お腹空いてるのに入れない! 部屋に! 静の苦労があんたには分からないってワケ!?」

 うるさ過ぎて、逆に何だかこう、子守唄代わりに丁度良いような気がしてきた。

「え?」

 妹が間抜けな声を出す。

 この馬鹿はとんとんと、眠ろうとしている俺の頭を叩き、

「ねえ、窓の外にいるのってさ、あんたの知り合い? ほら、何かヘルメット被ってたんだけど。うわ、何か気持ち悪い」

 そんな事を言った。

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