口裂け女・承
そろそろ陽の光が眩しい。うざったい。カーテン越しなんだけれど、鬱陶しい。いっその事、太陽なんか消えてしまえば良い。地球が氷河期になる? 知るか、全部凍れ。皆滅べ。消えてなくなってしまえば良いんだ。
「……あ、くそ」
また死んだ。画面上のキャラが死ぬ度に殺意を覚える。俺の大事な何かが抜け落ちてゆくようだ。つーか、ムズ過ぎだろこのゲーム! どうしてこう昔のゲームってのにはクソゲーが多いんだ。難易度が狂ってる。デバッグとかしっかりやったのかよ。これでゴーサイン出した製作者を恨むね。
もうやめだ。もうやめにしよう。これ以上は精神衛生上よろしくない事この上ない。サイトの巡回も終わったし、やる事も殆どねえし、ちっと眠いな。
「あー……」
そうしてベッドに潜り込む。スプリングが軋み、壊れてしまうんじゃないかと恐怖させられた。
携帯を開く。意味はない。分かってる。新着のメールなんか来ないんだ。だから、時間を見るだけだと言い聞かせる。……もう、七時前か。何だか騒がしいと思ったら、父さんも母さんも、妹も出掛ける為に準備をしているんだろう。
会社へ行く為に。
パート先へ行く為に。
学校へ、行く為に。
皆、外へ行く為に。
「くそ」
平日の朝。俺は、こうしてベッドの上にいる。部屋の中から出ないでいる。ずっとこうしている。こうしていたい。いや、こうしてなきゃ駄目なんだ。家の外どころか、部屋の外にも出られない。トイレに行くにも、廊下から人の気配がするかどうかを確認しなきゃならない。相手は家族だってのに、話したくない。顔だって、目だって合わせたくない。
何でだ。ここは俺の家なのに。とは、思わない。思えない。何故なら、そうするのがいつしか当たり前になってしまったからだ。いつから、だっけ。
「あー……」
考えちゃダメだ。考えたらダメになる。俺は目を強く瞑り、睡魔に全てを委ねた。どうか、目覚めたら世界が終わっていますように。
……ダメだ。寝られん。しかも世界終わってないし。
さっきから外がうるさい。ひっきりなしに、つっても良いぐらいに音がする。どうやら、サイレンの音からしてパトカーのようだけど。ま、何かあったんだろうな。こんな田舎町だけど、悪い奴だっているさ。いて欲しい。どうせなら、俺ごと木っ端微塵に爆発させちまうようなボマーが出てきてくれりゃ良いのに。
いる訳ないし、そんな事起こらない。第一、俺は多分本当は死にたくない。更に言うならこんな事したくない。本当は俺だって外に出たい。学校に行きたい。誰かと話して、遊びたい。そういう気持ちはゼロじゃない。だけど、無理なんだ。
無理なんだから、仕方がない。
「……あ」
目は、いつの間にかとっくに覚めている。現実を理解し、呑み込まれるには充分過ぎるぐらいにだ。俺はあと、何回繰り返せば良い。何日続くんだ。あと、どれくらいで許されるんだ。
一生、まともに外には出られないんだろうなあ。
目。
目が怖い。目が怖いんだ。他人の目が、俺を見ている視線が怖くてたまらない。こっちを見て、ずっと笑っている。
だから、外には出ない。人の目に触れるような場所には出たくない。
でっかいアリが暴れる映画も見飽きたし、格ゲーでCPU相手に永パ決めるのもつまらなくなってきたし、家には皆が帰ってきた。
六月の陽はとっくに暮れて、俺の部屋からは光が消える。唯一、ドアの隙間にリビングからの明かりが漏れ入っていた。が、これは違う。俺には関係のない明かりで、縁遠く、自分から手放してしまった光なんだ。
だから、布団に包まる。
光を見なくても良いように。もう、何も考えなくて済むように。
しん、と、家の中が静まった。その静けさのせいで、俺の目は覚める。
「……あー」
喉がからからだ。どうやら、完全に眠っていたらしい。今は、夜中の二時前ってところか。そりゃ静まるわな。
「よし」
ここからが、ここだけが、今だけが俺の時間だ。俺の動ける時間。外に出ても、まだ大丈夫だと腹を括れる時間で、週に一度の楽しみでもある。何故ならば、今は木曜日になったばかりで、毎週購読している少年誌の発売される曜日なんだから。
こうして、俺が毎週この曜日、この時間に家を出て行くのは家族にばれているのだろう。だけど、誰も何も言わない。言えないし、言いたくもないんだろうし、言っても仕方ないと思われているのだろう。それでも、深夜なのだから、あと、見つかってしまうのが面倒だから、物音を立てないように慎重に着替える。
着替えるったって、Tシャツの上にジャージを羽織るだけだ。上着なんかなくても充分に過ごしやすく涼しい。だけど、どうしても恥ずかしい。肌の上に一枚しか着ていないってのが俺には難しい。どうして妹みたいな女の人はへそとか、その、色々出せるんだろ。根本的に違うよな。
コンビニで雑誌を買うだけなんだけどすっごい緊張する。基本的に、一週間に一度しか外に出ないし、会話しないから(その会話の相手もマニュアルに則った義務的機械的な対応で)咄嗟に声が出ない時が結構ある。なので、小声でアニソン歌いながらコンビニまで行くのがベストだ。
今日はお腹も減ってたし、お弁当も買ってみた。けど、温めてくださいと言えなかった。自分が恥ずかしい。つーか、向こうから聞くのが普通じゃねーの? だから深夜のコンビニ店員は嫌いなんだよ、態度悪いし店員同士で仲良さげに喋ってるし。まあ、深夜にしか行った事ねーけど。
「……はあ」
我慢我慢。部屋に帰ったらページをめくれる。めくろう。めくらいでいか。めくるめく漫画の世界に没頭して、そのまま眠ろう。せめて夢の中でぐらいは強くなれますように。トリケラトプスをぶっ飛ばせるぐらいには。
「――っ!? とっ、と、わあっ」
石に躓いてしまう。日頃部屋の中で寝てるか座ってるか、その二択なのでなけなしの筋肉だって流石に落ちている。踏ん張って、バランスなんて保てるはずもない。
「い、てぇ……」
地面に寝そべり、買ったばかりの漫画と弁当をビニール袋からバーストさせている俺がいた。トリケラトプスどころかその辺の鳥やらオケラにだってぶっ飛ばされそうな俺がいた。
殺してくれ。恥ずかしくて死にそうだ。急いで立ち上がり、周囲を見回してみる。ふう、誰も見ていないのが唯一の救い。何度も溜め息を吐きながら、散らばったものを袋に戻していく。痛い。体が痛い。多分、膝も擦りむいているっぽい。嫌だなあ、帰ってお風呂に入ろうと思ってたのに。絶対痛いぞ、沁みるぞこれ。
「ついてない……あれ?」
おかしいな、箸がないぞ。俺は確かに店員が袋に入れたのを確認した筈だ。やばい、どこだ。箸はどこにある。街灯も殆どないし、地面が全然見えない。くそっ、あ、あれがないと俺は……っ!
「探し物をしているように見える」
「ひっ!?」
急に声を掛けられてしまい、俺の体が震えた。目線を下げたまま、決して声の主と視線を合わせないようにポジショニング。つーか、び、びびったー。いきなりで驚いたじゃねーかよ。しかも、うあ、多分、こけたの見られてたんだろうなあ、うわ、うわうわうわ、俺絶対顔真っ赤だよ。
「あ、え、えっと……」
こ、声が出ない。
そんな俺を見かねたのか、はたまた面倒な奴だと今更気付いたのか。ともかく、ぐいっと、何かが目の前に差し出される。
「あ、こ、これ……」
あ、あった! 箸だ! 良かったあ!
「落ちていた」
「ど、どうも……」
落としたのは俺だけどな。と、お礼もそこそこにそそくさと立ち去ろうとする。うわー、怖っ、人と話すのって怖過ぎる。戦闘民族なんかよりよっぽど怖い怖い。
「待って」
舞って? いや、違うな。待って。待って? どうして俺なんか呼び止めるんだ? 俺は帰って擦り傷の痛みと戦いながら風呂に入って、漫画読んで寝るのに忙しいんだぞ。でも待つ。追い掛けられたら怖いし。もしかしたら、何か礼を出せとか言われるんだろうか。嫌だなあ、まあ、前みたいに財布出して逃げれば良いか。靴下に仕込んである五千円札にさえ気付かれなければ最小限の損害でこの場を切り抜けられる。
「あ、えと……」
振り向くと、そこにはちっちゃい女の子がいた。もう夏だと言うのに厚手のニット帽を被り、だぼだぼの黄色いパーカーを着て、ぱっと見ダウナー系の子。ただし下半身は随分アッパー。そういうものに疎いから仕方ないとは言え、俺は一瞬下着と勘違いしてしまった。それっくらいに短く、薄いホットパンツ。靴は、なんだろう。技術者って感じの人が履いていそうなブーツ、なのかな。いやいや、しかし下半身の半分を露出している。すげえ!
「君は人間だと思われる。この先の道を進むのはお勧めしない」
小さな女の子、なんだけど、彼女の声からは幼さを感じない。何と言うか、はきはきしてて、大人顔負けの頭の良さが滲み出ている。
「しかし、君がそれを辞めたいと言うのなら強くは引き止めない」
肌は白くて触るとすべすべしていそう。そんでもって、小さいんだけど、出るとこ出てるっつーか。いやー、色々とスペック高いなあ、この子。俺なんかじゃあ遠くから見る、もしくはネットのそういうところで眺めるのが関の山って感じの子だ。
「……聞いてる?」
「あ、えと……」
やっべえ、聞いてない。つーか、電波、だよね。電波だよな。電波だよなあ。外見は良いのに、中身がダメっぽい典型的なアレな女の子じゃねーかよ。良く考えりゃおかしいとこだらけだしな。服といい言動といい、可愛くなけりゃとっくに警察に駆け込んでるっつーの。
だから、俺は彼女を無視して歩き始める。箸を拾ってもらったのは助かるけど、この場に女の子がいなければ俺が先に拾っていただけだし、恥ずかしいところを見られた分損した。
「そう。君は選択したらしい」
うるさい奴だな。
……良いや、角曲がって五分も歩けば部屋に着くし。いや、でも惜しかったかも知れねえな。話に乗っかってやりゃ外面は異常に良い子と知り合えたのに。なんて。そんな事が出来るくらいのコミュ能力があれば、俺はこんな事になっていない。こんな時間に出歩いていない。とどのつまり、やっぱりあの子もそういう人種なんだろう。引きこもりと出くわすような時間にあんな格好で外にいて、初対面の奴に電波を飛ばしてくるような奴なんだ。類は友を呼ぶとはこんな感じなんだろう。ひゅー、死にたくなってきたぜ! 大声張り上げてやりたいぜえ! しないけど。あと死にたくないけど。
女の子が言った、それを辞めたいならば、と。『それ』とは、人間を指していたのだろう。
「……あ、え……」
「……? どうして、驚いているの?」
女の子の声が耳に入ってこない。どさりと、持っていたビニール袋が手から滑り落ち、中身がまた落ちていく。ぬるりと、ねちゃりと、そんな音が聞こえた気がした。視線を落とすと、そこにも血が溜まっている。地面に、壁に。もう雑誌は読めない。弁当も食べられない。
俺は、心底から恐怖していたのだろう。映画やゲームでなら何度も見た。けど、生まれて初めて見たんだ。これが、これが……。
「あ、何だよ、これ……」
問い掛けたつもりはない。答えが欲しいとも思わない。俺の欲する真実は、そこら中ばらばらになって飛び散っているからだ。
「君は視力が弱いらしい。ここにあるのは、死体と呼称されてしかるべきモノ」
馬鹿げてる。馬鹿げてる。馬鹿げてるっ。どうして、こんなところに、こんなもんがあるんだよ! やばい、頭まわんねえ。警察? 警察だよな、やっぱり。し、死体、なんだもんな。
「う、ぐっ……」
俺は今、泣いている。臭いが鼻を刺したから、なのかもしれない。けど、足が震えてるのはどう説明すれば良い。やっぱり、怖いんだ。
「くだんの忠告を聞かないからこうなる」
まだ、マシなのかもしれない。何が何だか分からないぐらいにぶちまけられ、散らばった肉の欠片のお陰か、犠牲になった奴の顔を見ずに済むし、鮮明に克明に想像しなくて済む。ただ、ここで誰かが酷い目に遭ったって事だけが分かる。
「泣いているのは辛いから? 悲しいから? ……だから言ったのに」
今は、自分の命があるのを喜ぶべきなんだろう。まかり間違えば、ここで木っ端微塵になっていたのは俺だったのだから。ともかく、帰るんだ。あ、でも、殺人事件なら警察に連絡しなきゃいけないんだろうか。見てみぬふりしたのが後でばれたら……まさか、あれか。俺が容疑者みたいな。
「……あ?」
ちょっと、待てよ。あれ、何か、こう……。
あ、警察だ。そうだ、そう言えば、昼ぐらいにパトカーが走り回っていた。どうして? 決まってる。事件が、警察が動くような事が起こったからだろ。まさか、もしかしてそうなのか?
「くだんの顔に何か付いている。君はそんな事を言いたげな目をしている」
この女の子が、犯人なんじゃないのか。
深夜に出歩く奇抜なセンスをした女の子。都合良く殺人現場に居合わせる奴がいるか? それに、犯人は現場に戻るって聞くしな。
「……あ、その……」
女の子が俺をじっと見つめる。咄嗟に視線を反らした。
「言いたい事があるなら早く言うべきだと思う」
待てよ、待て待て待て待て。俺は今何を言おうとしていた。犯罪者に、しかも殺人犯に『あなたは人殺しですか?』 なんて聞くつもりだったんだぞ。んなの正直に答える奴いるかよ。口封じに殺されちまう。いや、でも、おかしい。俺を殺すつもりがあるなら、出会った瞬間に殺せば良い筈だ。そもそも、落ちた箸なんか拾わなけりゃ、話し掛けなけりゃ俺に姿は見られていないだろう。と、すると、この子は犯人じゃないのか? だけど、ここに何かがあるって事は知っていた。行くなって言ったのは、俺にこれを見せたいと思ってなかったからじゃないのか。つまり、つまりだ、女の子は犯人じゃないけど、ここで何があったのかは、あるのかを知っているって事だ。
「沈思黙考構わない。でも時間はない。君はどうしたい?」
俺は? 俺は、帰りたい。全部忘れて、綺麗さっぱり帰りたい。あと、漫画と弁当を返して欲しい。
「漫画を……」
「漫画。なるほど、戯画の事。それがどうしたの?」
俺は何を言っているんだ。
「あ、いや、ご、ごめん。何でもないから」
「そう」
「とにかく、お、俺は帰りたいんだ」
もう、今はそれだけで良い。疲れたし、早く眠りたい。いや、もしかしたら今が夢なのかも。そうであってくれ。
「帰る場所があるのは良い事。分かった、くだんが送ってあげる」
「……くだんって?」
さっきから気になっていたんだけど、この女の子、くだんというワードを繰り返しているよな。くだんって、九段か? いや、違うよな。なんつーか、僕、だとか私、みたいに一人称っぽく使ってるような……。
「くだんはくだん。ん? くだんが、くだん」
そう言うと、女の子は自らを指で示す。そこから導き出される解答は一つだ。
「あ、き、君の名前なの?」
「さっきからそう言っている」
やっぱり。くだん、と言うのが彼女の名前らしい。字はどう書くのか分からないが、まあ、日本も広いし、そういう苗字やら名前もあるのだろう。
ま、名前は置いといて。
「い、良い。一人で帰れるから……」
俺が言ったのは、これ以上お前に巻き込まれたくないし首突っ込んで来るんじゃねえぞって意味。
「君は良く分からない」
「……あ、そ」
こっちの台詞だ。ゲージ全部使ってでもカウンター食らわせてやりたい。が、これ以上は色々ときつい。慣れない事ばかりで頭が全然回らないや。つーか、マジにどうするんだろう。後で俺がここにいたってばれないよな。
「じゃ、じゃあ……」
また。なんて言い掛けて、俺は白目を剥きそうになる。人と話せたからってついつい調子に乗ってしまう自分が嫌いだ。
もう何も考えない。もう何も見ないし、聞こえない。臭わない。ここで見たのは全て夢で、忘れよう。関係ない。俺にはもう何一つ関係ない。
「危ない」
「……あっ」
そうして、自らをくだんと名乗った女の子から背を向けた瞬間、俺は顔面から血の海に突っ込んだ。つーか突っ込まされた。次いで、ひゅんと音が聞こえる。頭の上を何かが通り過ぎたような、そんな気配だ。
「う、ああ……」
顔が、服が、体中が気持ち悪い。ぬめっとした感触に、嫌でも鳥肌が立ってしまう。
「立ち上がるのはお勧めしない」
つーか、無理。
「……あ、ああ……」
どうすんだ。どうすんだよこれ。全身血塗れで家に帰ったら色々とやばいだろまずいだろ問題あり過ぎだろ。
「ひ、ひひひひっ!」
思考を切り裂いたのは、そんな声。狂ったような笑い声が俺の上から降り注がれる。尻餅をついたままで何とか振り向くと、そこには――。
「ひひひひひひひっ」
「う、あああ……」
真っ白いコート。真っ白いブーツ。暗い夜に浮かび上がる、背の高い女。そんな女が、こちらを指差してげらげらと笑っていた。けど、目を引くのは背の高さでもなければ、気持ち悪いくらいに白い格好でもない。女が持っている、鉈だ。
「動かないで欲しい。くだんが何とかする」
無理、ムリムリ無理無理! こっ、こりゃなんだよ。女の子は俺の前に、盾になるように立っているけど、頼りなさ過ぎて笑えてくる。とにかく、逃げるしかねえ。けど、悲しいかな足が動かない。
「っ、見境がない」
「ひひひひひひひひっ!」
女が振り下ろそうとした鉈を止めるべく、くだんが懐に潜り込み、女の手を押さえている。その動きだけでも凄いのに、自分よりも体の大きい相手に力負けしていない。だけど、いつまでも膠着が続くとは限らない。それよりも、逃げるなら今が絶好のチャンスなんじゃないのか。
「今、何時?」
は?
「くだんは見ての通り手が離せない。君には今が何時なのか正確に教えてもらいたい」
じ、時間?
「急いで欲しい。時計をしていないなら、ケータイは持っていないの?」
そんな事言われても。あ、いや、そうか。携帯持ってるんだっけ。言われるがままに携帯を開き、時刻を確認して読み上げる。
「に、二時、十二……今十三分になったところ、だけど」
「君に感謝を。では、くだんは予言する。『六月三日午前二時十三分三十秒、くだんは強くなる』」
また電波。だけど、くだんの声には力強さがあった。何か惹き付ける、人間離れしたモノがあった。だから、俺は逃げるのをやめて彼女を見ていようと思ってしまう。
「お、あ……」
さっきから驚いたりびびったりしかしていないが、俺はまた驚いてしまう。さっきまでは正体不明の女に(まあ、両方正体不明っちゃ不明だが)力で押されていたくだんだが、徐々に押していく。劣勢から優勢に、自分よりもでかい女を少しずつ押し倒していく。い、良いぞ、そこだ!
「ひ、ひひぃ……っ」
「捕まえた」
「やっ、やっちまえっ」
何だか良く分からないが、どうせ味方するなら可愛い方だ。くだんって子は俺をどうにかするって意思もなさそうだし、とりあえずここはでかい女をどうにかしてもらうのが良さそうだ。
「了解した」
くだんが完全に女を押し倒す。
そして、彼女は腕を振り上げた。
「頭部への連続した殴打にて対象を粉砕する」
「……え?」
すると、くだんはマウントポジションから女の顔面にパンチを繰り出す。実に的確なパンチだ。グローブも付けていない、剥き出しの拳は相手のガードをするりと抜けてダメージを蓄積させていく。恐るべきはくだんの精神力、集中力だ。相手を逃がさないように体を動かしながらも、パンチの早さを一定に保つ。
「……つ、つーか」
もっと不思議な力を使ってくれよ!