首なしライダー
「く、首なし、ライダー?」
「そうっ、知ってたソーメン君?」
「な、名前、くらいは」
「うんうん、それで充分だよ!」
大口が部屋に遊びに来た。まあ、いつもの事だから気にはしない。いつも通りに格ゲーしたり、アクションゲームで協力しようって言ってんのに俺が狙われたり、飽きた彼女がベッドを勝手に占領したり。
そんなこんなで日が暮れかけた頃、そろそろ妹が帰ってくるので大口には帰ってもらおうと思ったのだが、
「あ、時間だね」
いつもは俺が起こすまでグースカ寝てるくせに、今日に限って独りでに目覚めた。
時間ってのが何の事だか分からないが、起きてくれるならそれで良い。おら、さっさと帰りやがれ。
「それじゃ、行こうよソーメン君」
「は、はい?」
何を言ってらっしゃるのか良く分からない。基本的に大口はマイペースだ。それを言うならくだんだってそうだし、メリーさんだってそうなんだけど、大口だけは輪を掛けてマイペース。マイワールドを形成していると言うか、かなり不思議。
こういう時はとにかく説明を求めるのが吉だ。
「ど、どこに行く、んですか?」
「えー、言ってなかったっけ? 首なしライダーに会いに行くんだよ。ソーメン君も見てみたいよね? だってさ、首がないんだよ!?」
そ、そうだね。首がないよね。首なしライダーって言われてるぐらいだもんね。
と言うか、いるのか。いたのか、首なしライダー。しかし、くだんからはそんな話聞いてないぞ。都市伝説が出たんならくだんが動く筈だろうに。
「くだんちゃんが見つけたらしいんだけど」
ああ、見つけてたのか。
「首なしライダーを見つけて、追っ掛けてたら山を三つ越えちゃったらしくて」
何やってんですか、くだんさん。
「でも、首なしライダーはこっちに帰ってきてるんだって。そんな訳で、早速見に行こう!」
「ば、場所は……?」
「ばっちり押さえてるよ!」
「ぼ、僕の、意思は……」
「さあ、無限の彼方とか此方とかに行こう!」
大口に連れられてやってきたのは、ただの道路だ。俺の家を出て、右に曲がってまっすぐ行く。すると、駅に向かうまで長い直線が続く道路があるんだが、そこ。そこに連れられてた。つーか、ちけえなオイ。首なしライダー、こんな近くに出んの? ケータイで時間を確認すると、まだ六時ぐらいだし。人がいるから外に出たくなかったんだけど、大口の膂力には敵わない。マジで無駄にでかい俺とは大違いだ。
「んん、ソーメン君、どうしてそんな電信柱の陰にいるの?」
だって人が怖いんだもん。人に見られたくないんだもん。ただでさえ身長の高い大口がいて、目立つ。
「……ほ、本当に、首なしライダーなんて、で、出るの?」
「え、出るよ?」
けど、人はそこそこいるし、首なしライダーって言うくらいだからアレだろ。ごついバイクに乗ったりしてんだろ。目立つような真似して平気なのかよ。今までの経験から、都市伝説ってのは大勢の人の前には出てこないってイメージがあるんだけど。
まあ、出ないなら出ないで帰らせてくれるだろう。もう少しだけ我慢するか。
そう思っていた矢先、派手なバイクが信号の前で止まる。すっげえ金掛けてイジったんだろうな。マフラーとか、とにかく先端を尖らせてみましたーって田舎のヤンキー感はどうあっても拭えねえけど。
「あ、ソーメン君ソーメン君、多分、来るよ」
「え、く、来る……?」
大口が指差した瞬間、例のバイクの隣に、真っ赤なバイクが並んだ。乗っているのは……ゲェー、ライダースジャケットを着た細身の男だ。ぱっと見て分かる。奴はリア充だ。ヤンキーと一緒に両方事故っちまえば良い。つーか事故れ。
「あれが首なしライダーだよ」
ん? え?
冗談だろ。理解するのに時間が掛かってしまった。何だって? あの赤いバイクが、首なしライダー? いや、だって誰も気付いてねえじゃん。……いや、そうか。あまりにも普通過ぎて分からないのか。フルフェイスのヘルメット被ってりゃ首があるかどうか見えにくいだろうし。
「ほ、本当に?」
「ホントホント。この大口咲っ、嘘を吐かれても嘘を吐く事はないんだよ。大きいのは口だけじゃないんだよねー、えっへん」
えっへんとか言うなキショいな。
と、信号が変わり、けたたましい音を立ててヤンキーバイクが走り出す。こけろ! あー、こけなかった。その後ろを赤いバイクが付ける。が、すぐに追い抜いた。瞬間、後ろのヤンキーを挑発するかのように蛇行運転に切り替えやがる。
「見えなくなっちゃうね。追い掛けよう」
追い掛けるとか言われても、こっちは徒歩だぞ。バイクに勝てる訳ねえじゃん。
しかし大口は走り出す。そして忘れていた。あいつ、足速いんだっけ。
帰っても良かったんだけど、折角だから頑張って歩いてみる。人目はあるが、陽が暮れてきたので、まあ、まだマシ。あのバイクどころか大口にすら追い付ける気はしないけど、とりあえず歩いてみる。何かあればケータイに連絡が入るだろうし。今の俺はちょっとした散歩気分。いや、外は良いねえ! リリンの生み出した……うわ、何か、向こうの方人だかり出来てねえか?
「あ、いたいたソーメン君!」
人だかりでも、大口はでかいから目立つ。頭一つ飛び抜けているからなあ。
「な、何が、あったの?」
「ううん? 良く見てみなよソーメン君」
まあ、正確には見ないようにしていたんだけどな。パトカーとか、さあ。良く見てみると、道路には横転したバイクがある。さっき見たヤンキーのバイクだ。けどもう、ぐっちゃぐちゃ。辺りには部品が散乱してやがる。あーあーあー可哀想に。金掛けてたのになあ。ひひひ、今日は飯が美味く食えそう。ああ、んん、乗ってた奴は運ばれていったらしいが、ひっでえ有様、生きてたらラッキーって感じだなこりゃ。
「じ、事故……?」
「うん。首なしライダーに負けちゃったからね」
「首、なし?」
「あれあれ? さっきから首なしライダーって言ってたじゃない」
いや、そうじゃなくて。この事故と首なしライダーとどう繋がるのかが分からない。負けたって、事故った奴は首なしライダーに何を負けたって言うんだ?
「だからねソーメン君、分からないかなソーメン君、あのねソーメン君」
うぜえからやめろ!
「あはは、怒った? ごめんごめん。えっとね、くだんちゃんが言うには、首なしライダーにレースで負けたら事故を起こしちゃうんだって。絶対」
レース?
「あ、そ、そっか」
そういや、そんな事になってたっけな。
なるほど、首なしライダーはさっきみたいにバイクに乗ってる奴を挑発してレースに持ち込む。負けちまったらああなる、と。迷惑な話だな。独りで峠を延々上り下りしてれば良いじゃねえか。
「ちょっと面白そうだよね」
「……え、えっと、な、何、が?」
「んん? レース。私もやりたいなー」
レースもクソもないだろうが。免許持ってないだろうし、バイクだってねえだろうがよ。ったくよー、大口さんよー、お前の思いつきに付き合わされる俺の身にもなってくれよな。
「ま、負けたら、あ、ああなっちゃうんですよ……?」
「ふっ、それも敗者の定めと言うものなんだよ。幸い、私には頼もしいマシンもある事だしね」
マシン、だあ? 本当に持ってんのかよ。いや、けど、いつの間にか携帯電話も持ってたしな。大口は金もあるって言ってたし、もしかしたらすっげえチューンアップしたモンスターマシンを持っていても不思議じゃあない。つーか、今更こいつらに対して不思議とか言いたくない。
「ふふん、私の愛馬は凶暴なんだよ」
その日の夜、凶暴な愛馬とやらに跨った大口が俺を迎えに来た。結論から言っちまえば、彼女が乗っているのはモンスターじゃない。ギリギリマシンでもない。と言うか、バイクですらなかった。
「……な、なんですか、それ」
大口は『見て分からない?』 なんて視線をこっちに向けながら胸を張る。
「私の愛馬」
まあ、自転車だった。見覚えのあるそれは、先日、大口がトンカラトンから強奪した(であろう)自転車である。やりやがったこいつ。とんでもねえボケじゃん。ボケ。ボーケ。まさか、こんな自転車でバイクとのレースに挑もうってのか? そりゃあ、二輪車は二輪車だけど。そもそも、首なしライダーがレースを拒否するだろこんなの。
「む、無理、じゃないかな」
「無理な事などあるものか! 無理を蹴って道理を蹴飛ばすのが私の生きる道だもの!」
蹴飛ばし過ぎ。
「とにかくゴーだよソーメン君っ、さっ、後ろに乗って!」
諦めるのを待つか。相手にされなければ大口だって冷めてしまうだろう。第一、首なしライダーがあの道路にいつもと出るとは限らない。ほら、バイクの整備とか。今日はもう良いかなー? だって昨日はあんなに頑張ったしー? なんて日もあるだろう。
街灯の数が少ないせいで、先が見えないくらい真っ暗な、誰もいないだだっ広い道路。直線がずっと続いている件の道路に、俺たちはいた。ちなみに、大口は既にスタンバイ完了済み。自転車で車道に陣取り、点滅する信号を睨み付けている。後はもう、首なしライダーの登場を待つだけだ。出来れば登場は遠慮して欲しい。空気を読んで欲しい。俺の。
「これで赤信号になるの、六回目だぁ……」
珍しく弱気な声を発した大口がその場をぐるぐると回った。幾ら田舎だからとは言え、車が走ってくる確率はゼロじゃないんだぞ。危なっかしいたらありゃしねえ。ああもう、来るなら来る。来ないなら来ないでさっさとしやがれってんだ。すげえ眠いんだぞこっちは。ほら、エンジン音も聞こえてきたぞ。自転車がいつまでも車道に居残ってたんじゃ轢かれちまう。
「きっと私に恐れをなしているんだね。さあ、遠からん者は音にも聞けっ、近くば寄って目にも見よ! ……なんて」
元気だねえ。
「……あ、あの」
「んー、何ー?」 と、大口はにへらーと笑う。締まりのない顔である。
「そ、そろそろ、その、帰りませんか?」
「駄目だよっ、まだ首なしライダー出てきてないじゃない。今帰っても後悔するだけだって」
しねえよ。俺はライダーなんかに会いたくないんだよ。
……しかし、俺の淡い希望は泡と消える。いや、さっきから消えっぱなしだったと言うべきか。さっきから聞こえ続けているエンジン音。だが、何も見えない、車もバイクもない。なのに音だけがしている。
来た。
来やがった。
大口も気付いたらしく、彼女は周囲を見回した後、不敵に笑う。
「勝負しようか、首なしライダー」
エンジン音が鳴り止んだ。刹那、大口の隣に大型の赤い色をしたバイクが現れる。裏から表に、影から光に。首なしライダーはそこに、突然出現する。こいつらに理屈はいらない。分かっちゃいるが、やっぱ反則だ。
「出てきたって事は勝負を受けるってので間違いなさそうだね」
バイクに跨ったままで首なしライダーが頷く。つーか意思疎通出来たのかよ。走り回らないように説得したら話が済むんじゃねえの? とも思ったが、多分、こいつが出てきたのは誰かの話を聞く為じゃない。誰かとレースをする為に、勝負という言葉に反応してここに来たんだろう。
「うんうん、合意と見て間違いないね。それじゃあね、勝負はここからこの道路の先、直線が終わったところの十字路。そこがゴール、先に着いた方の勝ち。おっけー?」
首なしライダーが頷いた。意外、受けるのかよ。勝ちは見えているような気がするんだが。
「レースのスタートは……」
大口は信号を見つめる。ちょうど、青から赤に変わったところだ。
「次に青になったら、スタート。よろし?」
首なしライダーはゆっくりと頷く。
「……君、少しは何か話したらどうかな。何だか、盛り上がるに欠けるって言うか、て言うか、ちょっと馬鹿にされてるよう」
首がないんだぞ。喋られる訳ねえだろが。
ここの信号ってこんなに長かったっけ。気が遠くなる。早く始まれ。
……大口はどういうつもりなんだろう。まさか、バイクを相手に自転車で、本気で勝てると思っているんだろうか。幾ら彼女の身体能力が優れていても、向こうの十字路まで五百メートル以上はある。レース開始二秒で決着が見えちまうぞ。いや、あるいは勝ちにこだわっていないのか。ただ、首なしライダーと遊んでみたいだけなのかも。でも、負けたら事故っちまうんだし。ああ、もう分からん。
「あ、あ……」
赤から、青に。暗闇にぽつりと光が浮かぶ。
既にバイクは暖まっていたらしく、首なしライダーは全開でマシンを飛ばすつもりだろう。大口は自転車から降りて、今まさに走り出そうとしていた首なしライダーのバイクにドロップキックを放っていた。
「将を射んと欲すれば!」
盛大な音を立てて、真っ赤なバイクはコンクリートへ横倒し。哀れライダーは地面をころころと転がっていく。おい。
「イシシシシ!」
大口は自転車に飛び乗って、振り返らずにペダルを漕ぎ出した。うお、しかも思っていたよりも早い。いや、いやいや、けど、こりゃ卑怯だろ。卑怯千万の騒ぎじゃねえ。万万億万、あの野郎チキチキマシンじゃねえんだぞ。あーあ、首なしライダーは必死にバイクを立たせようとしてるが、すぐには無理だ。決着。こんな形で終わるとは思ってなかったが、大口が何かやるとは思っていた。彼女は格ゲーでも対戦相手のコントローラを抜いちまう奴だったんだ。勝つ為に手段を選ばない。そもそも、勝つ為の手段を他に知らないような気もするけど。
――だから、無理だって。
首なしライダーは必死でバイクを立て直そうとしていた。可哀相だが、今まで好きにやってきたんだから自業自得とも言える。勝負ってのは勝てば良い。都市伝説なんて存在だけで反則もんだってのに、油断する方が悪い。それに、大口はとっくにゴールしているだろう。もう終わり。首なしライダーは負けたんだ。
けど、流石に、なあ?
俺は鬼じゃない。悪魔でもない。都市伝説でもない。首なしライダーにレースで負けた奴は事故をする。けど、俺バイク持ってねえし。ま、つまりこいつがどうなろうと害は被らないって訳だ。だから、少しぐらいの手を貸すぐらいは良いじゃん。
倒れたバイクに近付くと、首なしライダーがこちらを見た。ような気がする。顔がねえから分からねえし、何か言いたくても無駄だけどな。俺はライダーの隣に並び、力を入れる。お、おおっ、バイク重っ! こんなもんじゃなくてもっと軽い奴でも良いんじゃねえのか。リア充死ね。ま、引きこもりで非力貧弱極まりないが、こんな俺でもいないよりマシだろう。
しかし、中々持ち上がらねえぞ。おいてめえ、自分のバイクだろうがもっと本気出せ。この世の中はなあ、俺みたいな奴だけじゃねえんだぞ。倒れたバイクを笑って指差して、写メ撮ってブログに晒すような奴ばっかで構成されてんだ。良かったな首なし、俺がブログの更新に飽きてて。
「う、うくっ……」
まずい手が痺れてきた。何だか足腰も疲れてきた気がする。早く、早く早く。
俺の祈りが通じたのか、車体が少しずつ持ち上がってきた。あと、もう少し……! 頼む、もう手を離したくてしょうがない! いや負けるな俺頑張れ俺困難に立ち向かえ俺!
「あ……」
やっ、た。バイクが、完璧に上がった。持ち上がった。立て直した。けど、うう、腕が痛い。明日は筋肉痛になるぞこりゃ。くそ、頑張るんじゃなかった。
「………………」
あ? 何見てやがんだよ。とっとと行けってんだ。どうせ礼を言う口も下げる頭も持ってねえんだろうがよ。第一、んなもん必要ないけどな。今のは俺の自己満足だ。俺が勝手に、一人で気持ち良くなりたいからやった事なんだよ。
しかし、首なしライダーは俺を見つめたまま動かない(多分)。どうしたものかと、どうなるんだと考えてたら、奴はバイクをぽんぽんと叩き、俺を指差した。……なんだ? まさか、乗れって言ってんのか?
「……ぼ、僕に、の、乗れっ、て……?」
問い掛けると、首なしライダーは何度も頷く。がくんがくんとヘルメットが揺れて、取れちまうんじゃないかと思った。




