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トン



 自転車を運転するのは本当に久しぶりだった。三十分もペダルを漕ぐと、俺は本当に引きこもりで、運動不足だったのだと認識させられる。しんどい。辛い。

 おまけに、

「もっと飛ばせないかしら? ほら、また車に抜かされちゃったじゃない」

 こんなお荷物背負ってるときたもんだ。

 頼むから、早くトンカラトンを見つけたい。見つけてくれよ俺を。いつまで走れば良いんだ。このペースじゃ隣町まで行っちまうぞ。

「ちょ、ちょっと、休憩したい」

「ええー? まだ走り始めたばかりじゃない。駄目よ、全速前進面舵いっぱーい」

 荷台に乗るのはまだしも調子に乗るな。蛇行運転で振り落としてやっても構わないんだぞ。

「……あ、こ、公園だ」

 小さな公園が見えた。日が暮れたので子供がいなくなっている。と言うか、朝だろうが昼間だろうがあまり人の寄り付かなさそうな公園だ。遊具も少ない。錆びたブランコと、ぐらぐらになっているシーソーぐらいだ。あとは、小汚い砂場。触りたくない。多分野良猫のトイレ代わりになってるだろうからな。

 俺は自転車を止めて、公園の中に入れる。

「止めても良いと許可してないわよ」

 メリーさんを無視して俺はブランコに腰掛けた。ぎいい、と、恐ろしく頼りない音が鳴る。

「仕方ないわね。そんなに疲れてたの?」

「う、うん」

 隣にメリーさんが座った。ぎいぎいと、ブランコが軋む度に彼女は心配そうな表情を浮かべる。

「あたし、重かった?」

「え、い、いや、あんまり」

「あら、本当?」

 まあ、本当。後ろに誰かが乗っているかどうか分からなかった。とは言い過ぎだが、苦痛には感じない。女の子ってこんなに軽かったのかー。そう、ぼんやりと思ってた。

「は、羽根みたいだった」

 メリーさんは目を丸くして、やがて、元の切れ長で意地悪そうな瞳を光らせる。

「あなたのくせに、たまには良い事を言うのね。そうね、重いだなんて言ってたらその足で整形外科に向かう羽目になってたわよ」

 どういう意味だ。特に後半。

「煙草、吸っても良いかしら?」

 ……? 今までそんなの聞いてきた事なかったのに。まあ、拒否したところでこいつは嬉々とした顔で告げるのだろう。『聞いただけよ。馬鹿じゃないのあなた』とかね。

「い、良いよ」

 短く返すと、メリーさんは実に手慣れた動作で煙草に火を点ける。煙が流れてくるが、俺は別段気にしなかった。

「あなたも吸う?」

「い、いや、いらない」

「そ。ヒッキーのくせに健康には気を遣うのね」

「す、好きじゃないだけ、だよ」

 ヒッキーである前に俺は未成年だ。学校には行かないけど、法律ぐらいは守りたい。今更感。

「好きじゃないって事は昔吸っていたのかしら?」

「と、父さんが吸ってて、それで……」

「ああ、臭いが駄目だったのね」

「ち、違う」

「じゃあ何よ」

 父さんが吸っていたから、だよ。

「まあ、別に良いけれど。あなたが煙草を好きであろうが嫌いであろうが、あたしは吸うだけよ」

 煙が線を引くようにたなびき、やがて消えていく。メリーさんは吸い殻を携帯灰皿に押し込み、ブランコの上で立ち上がった。

「立ち漕ぎで勝負しましょうか」

「……い、やだ」

 突然何を言い出しやがる。やっぱり頭に何か沸いてるんじゃねえのか。

「こう、助走付けて、反動付けてジャンプするの。で、より遠くに着地した方の勝ちね」

「や、やだ」

「拒否は認めないわ。やるの、さあほら早く」

 欝陶しいなあ。んなガキみたいな真似出来るかよ。

「あっそう。だったら先攻はいただくわ。素晴らしい記録を叩き出してプレッシャーを掛けてあげる」

 どうせなら、そのままアルゼンチンまで飛んでいけば良い。

 メリーさんはブランコを揺らして反動を付ける。一回、二回、三回。揺れるごとにその振り幅は大きくなっていった。

 ブランコはぎいぎいと鳴いていた。

 やがて、そろそろ一回転しちまうんじゃないかってくらいにブランコの位置が高くなっていく。

 ぎしりぎしりと、ブランコが軋んでいた。

「とっ、飛ぶわよ」

 自分でもちょっとびびってんじゃねえかよ。

 と。ブランコが前にいった瞬間、メリーさんは手を離して飛び上がろうとする。が、

「うっ、うわ……」

 ちょっとばかり高過ぎたらしい。距離を稼ぐって言ってんだから横に飛べば良いのに、何故かメリーさんは縦に、高く飛んでいた。アホである。馬鹿だ。頭が悪いとしか言えない。

 ブランコの手前に設置された柵っつーか、手摺りのようなものに頭を強かにぶつけて、メリーさんは泣き叫んだ。そりゃ泣くわ。つーかあまりにもアレ過ぎて見ていられん。

「あっ、ああ、あ、痛い。痛い痛い痛い痛い。おでこから血が、ああああ」

 地面を転がるジャージの女。この世のモノとは思えん。マジで、こいつ何考えてんだ。格好はヤンキーで喋り方は(えせ)お嬢様で、中身はどじっ娘。……すげえ! 三つの属性を宿してる!

 でも無駄だった。無駄遣いってのはこういうのを指すんだな。



「痛い」

 知ってる。

「死にそう。やばい。もう駄目。ねえ、どうしてあたしは頭を打ってるの?」

 ブランコから飛んだからだよ間抜け。こんなんじゃトンカラトンなんか一生見付からないじゃん。自転車のすぐ傍で三角座りをしているメリーさんのおでこはすげえ赤い。

「そ、そろそろ行こうか」

「どの口で言うのっ!? あたしの様子が……あ、力入れたらくらっとする」

 面倒くせえなあ、もう。俺は特に何もせず、メリーさんの傍に立って頭を掻いているだけだった。水で濡らしたハンカチを手に『お嬢さんお使いなさい』なんてプレイはしない。そもそもハンカチを持ち合わせていない。

 はあ、くだんたちはどうなんだろ。俺らがくだらねえ遊びやってる間に全部終わらせてるのかもしれないな。と、なると、俺はメリーさんを後ろに乗せて町を自転車で走り回っていた。だけ。うわあ、我ながらないな。

「痛い。痛いわああ痛い。この痛みを誰かに分けてあげたいくらいにね」

 きらりと、メリーさんの瞳が光った。

「ぼ、僕のせいじゃ、な、ない、からね」

「分かってるわよ」

 やる事もない。この馬鹿に掛ける言葉もない。そいつが通り過ぎていったのは、ふと、公園の外に目を向けた時だった。

 全身に包帯を巻いている。

 自転車に乗っている。

 片手には刀が握られている。鞘なんてない。思い切り剥き出しになってやがった。

 ……えーと? いや、そりゃアニメや漫画では死ぬほど見た事あるよ? けど、実際にあんなの存在してた訳? こりゃやべえわ。多分、あいつがトンカラトンって都市伝説なんだろう。仮にそうじゃなくても、あんなのがここらを自転車で走ってるってだけで問題ありだ。警察仕事しろよ。

「い、いた」

「はあ? 痛いに決まってるじゃない。何なら受けてみるってのはどうかしら、あたしの痛みを」

 俺は首を横に振る。

「と、とと、トンカラトンだ」

「……カラトントンがいたの?」

「ち、違う。トン、カラ、トン」

 どっちでも良いじゃないと呟き、メリーさんはおでこを押さえて立ち上がった。

「追い掛けるわよ。さあ、漕ぎなさい」

「え、お、追い掛けるの?」

「当たり前でしょ。町の平和を乱す奴は叩いて壊す。あたしがやらねば誰がやるって言うのよ!」

 燃えるのは良いが、俺の知らないところで勝手にやっててくれや。



 まあ、何を言ったところで無駄な時は無駄。俺は結局メリーさんを乗せて自転車を漕ぎ出していた。正直、死ぬほど気は進まない。人に危害を及ぼす気満々の都市伝説に、自ら近付かなきゃならないんだからなあ。

「もっと飛ばしなさいよ。これじゃあいつまで経っても追い付けないわ」

 好都合だっつーの。……おまけに、こいつだもんなあ。くだんならともかく、メリーさんは正直あてにならない。うわーって突撃してぎゃあーってやられるのがオチな気がする。

 通行人の数は相変わらずまばらで、大した騒ぎにもなっていない。トンカラトンが上手い具合に人の目に付かないルートを走っているせいだ。羨ましい。俺にもその力を分けて欲しい。いや、けど、果たして何を狙っているんだろ。奴の目的は仲間を増やすオア刀で斬り殺すの二択じゃないのか? そうするには誰かに話し掛けなきゃ始まらねえぞ。

 そうこうしている内、川原が見えた。向こう岸には犬の散歩をしてるオバサンもいる。まずいんじゃないのか。

「あっ、土手を下って! あいつ下りていくわ!」

「え、ええっ?」

 無茶過ぎだろ! 絶対無理!

「逃がす訳にはいかないわ!」

 メリーさんが腕を伸ばす。さっ、させるか。させてなるものか。ハンドルを奪われたら斜面を真っ逆さまに下っていく羽目になっちまう。折角整備した自転車もろとも俺まで壊れちまうじゃねえか。

「どきなさいよっ」

「や、やめ……」

 あっ。その時俺に電流走る。そうだ。中身はマジでクソみたいな奴だけど、メリーさんだってれっきとした女の子、なのである。つまり柔らかい。この甘くまずくかなりぎりぎりの状況では否応なく体は密着する。つまり胸が当たる。有り体に言えばやべえおっぱいってマジに柔らかいんだ! しかも何かちょっと良い匂いする。シャンプーとかじゃなくて、ああどう言えば良いのか。そう、そう、そうだ。女の子だ。これがガールの香りなんだうおおおおおやったぜ聡明! 生きてて良かった生まれてきて良かった! ありがとうメリーさんっ、俺は今初めてお前に感謝している!

 ……まあ、そんな事考えている内に、とっくにハンドルを握られてて、斜面を下ってて、俺はとっくに自転車から叩き落とされて土手を転がっていたんだけど。



 ボロボロだ。服や髪の毛には土っつーかもはや泥と変な草がくっつきまくっている。全身を打って歩くのもままならない。

 川原にある大きな橋の下、そこにメリーさんはいた。復讐してやりたい。痛い目に遭わせてやりたい。おっぱい揉ませてください。彼女は俺の自転車に跨り、同じように自転車に跨っているトンカラトンと睨み合っていた。

「あら、遅かったわね」

「……だ、誰のせいだと……」

 素知らぬ顔でメリーさんは笑う。ちっ、ち、ちくしょおおぉ!

「がっ、頑張れトンカラトン!」

「あなた気は確かなの!?」

 思わずトンカラトンを応援してしまった。

 その声に反応したのかは定かでない。しかしトンカラトンが動いたのは確かだ。おっ、俺のせいじゃないからな。ともかく、奴は自転車を漕ぎながらメリーさんに刀を向ける。

「トンカラトンと言え」

 メリーさんは自転車から降りて自転車を持ち上げた。持ち……あ、おい。まさか。ちょっと待ってくれ。

「トンカラトンと……」

「誰が言うものですかっ」

 自転車を投げ付けやがった。

 向かってくる鉄の塊に臆して逃げるどころか、トンカラトンは刀を横に薙ぐ。金属が擦れるような耳障りな音が鳴り止むと、俺の自転車は真っ二つになっていた。なっていた。整備したばかりの、丹精込めて愛情を注いだ俺の自転車が。

 スクラップと化した自転車は大きな音を立てて地面に落ちる。

「トンカラトンと言え」

 切っ先を向けられたメリーさんは不敵に笑った。

「やるじゃない」

 やらすなや。てめえ絶対弁償してもらうからな。

 しかし、すげえなトンカラトン。自転車から降りないであんな真似をするとは。まるで自転車とくっついているみたいだ。人車一体。ファンタジーに出てくるようなケンタウロスを連想させる。バランス感覚が異常に優れているとしか考えられん。

 そんなやばそうな相手にメリーさんは、

「町に平和を悪には鉄槌を!」

 馬鹿正直に突っ込むだけ。まあ馬鹿だからしょうがない。正直な分可愛げはある。

 トンカラトンは前輪を上げてウィリーの体勢。そこからメリーさんを潰そうって腹らしい。が、彼女は地面を蹴って跳躍、中空から前輪を蹴り飛ばす。バランスを崩したトンカラトンはよろめいたが、上手く回転して立て直した。

 メリーさんは再び突っ込む。トンカラトンは刀を振るうが、彼女は地面を舐めるように姿勢を低くして回避。そのまま、足を払うかのように後輪を狙った。

 が、トンカラトンは後輪を上げてそれを避ける。すっ、すげえ。

「トンカラトンと……」

「じゃあ言ってやるわ!」

 凄まじい攻防だった。動画サイトにアップロードしたら面白いくらいにコメントがもらえただろう。

「トン!」

 しかし、終わる。

 メリーさんはトンカラトン本体を蹴り飛ばして自転車から無理矢理ひっぺがした。

「カラ!」

 転がるトンカラトン目掛けてメリーさんが走り寄り、無防備な顔面にサッカーボールキック。

「トン!」

 キック。

「トン、カラ、トン! トンッ、カラッ、トンッ! トン! カラ! トン! ほらほらどうしたのかしらトンカラトンと言ってあげたじゃない、何か言いなさいよっ、あたしにっ、お礼をっ、言いなさいっ」

 ひたすらキック。鬼がいた。

 トンカラトンはもう動かない。顔に巻いた白い包帯からは赤い染みが滲んでいた。



「古今東西正義は勝つ。これ常識よね」

 太陽よりも眩しく、午後に吹く風よりも爽やかな笑みを浮かべて、メリーさんは言い切った。その手は真っ赤に染まっていたが、俺は何も言わない。つーか言えない。

「あたしの力、分かってもらえたかしら?」

 それがお前の言う正義か。

「て、手、洗った方が、良いよ」

「そうね。そうしようかしら」

 メリーさんは鼻歌混じりに歩き出す。川で洗うのだろう。血を流すのだろう。

 しかし、派手にやらかしたな。どうなるかと思ったが、蓋を開ければメリーさんの圧勝だった。そりゃもう惨たらしいくらいに。正直、最後の方は思わず叫んでしまいそうだった。もうトンカラトンの命はゼロだよって。

 うん、まあ、これで終わったな。くだんが手を下すまでもない。俺たちだけで充分だったわ、かっかっかっ。と、小物的思考を楽しんでいるとメリーさんが戻ってきた。戻ってきて、俺の服で手を拭いた。ばっ、やめろ!

「あ、まだ拭けてない」

 てめえので拭いてろや!

「あなた、あたしにそんな態度を取っても良いのかしら? 戦いが始まる前、トンカラトンを応援した事を忘れてないでしょうね」

「ぼ、僕の自転車……」

「あら、綺麗に真っ二つね。誰がやったのかしら、くわばらくわばら」

 白を切るつもりかこいつ。クソアマが、てめえ人の物壊す原因作っといてただで済むと思うなよ。

「べっ、弁償してよ」

「トンカラトンに言いなさいよ。くたばってるから聞こえないでしょうけど。お金も持ってなさそうだし」

 ……くだんに言い付けてやる。

「あら、くだんたちよ」

「え?」

 見ると、川沿いを走る自転車の荷台にくだんが乗っていた。漕いでいるのは大口で、かごの中には何かが入っている。目を凝らすと、どうやら包帯のようだった。……包帯?

「ああ、どうやらトンカラトンは二体いたらしいわね」

 ああ、何と酷い。かごの中に入っていたのは、人体の構造とか関節の曲がる限界を軽々と無視されて折り畳まれたトンカラトンだった。

「おーいソーメンくぅーん! あははー、見て見て良いでしょ自転車ー!」

 屈託なく笑う大口。

 俺は力なく笑うので精一杯だった。



 ぽいっと、空き缶でも捨てるような気軽さでトンカラトンが放り投げられる。二体の包帯男だったものが重なった。

「トンカラトンは二体いた。うん、これで一安心だとくだんは思う」

「そ、そうなんだ」

「ソーメイたちが無事で良かった。そればかりか、もう一体のトンカラトンを始末していたとは。くだんは驚いている」

 しかしくだんの表情は変わっていない。

「こ、こいつら、どうするの……?」

「無論、四散させる」

「……ふ、普通に消す、とか、出来ないの?」

 俺がそう言うと、くだんは少し拗ねたような風に口を開いた。

「……ずるいと、くだんは思う」

「ず、ずる、い?」

「この町の人間は都市伝説の存在を認識しないままで終わる。何も理解出来ないまま都市伝説に危害を加えられる。そして、何も知らないまま都市伝説は消える」

 まあ、そんなもんが明るみになったら洒落にならないからな。

「だから、せめて肉片や血痕は残しておく。何があったのかは理解出来なくても、ここで何かがあったとは理解出来る。……言わば警告。くだんは警鐘を鳴らしている」

 それだけ言うと、くだんはトンカラトンに目を向けた。

「ソーメイ、現在の時刻を教えて欲しい」

「……ろ、六月二十一日、午後七時、じゅ、十八分」

「ん、君に感謝を。では、くだんは予言する。『六月二十一日午後七時十九分、トンカラトンは四散する』」

 本当にそうなんだろうか。都市伝説を木っ端微塵にしちまうのは、俺たちに警告する為なのか? くだんは、本当は――。



 時間が時間だ。こっそりと、細心の注意を払って家に帰ったんだけど、玄関の扉を背にした妹と目が合ってしまう。会ってしまう。つーか、どうしてここに突っ立ってやがるんだよ。

「……ど、どうしたの?」

 無視するのもどうかと思ったので言語を介しての接触を試みる。

「死ね」

 失敗!

「帰ってくるのが遅い。ヒッキーの癖に勘違いして外に出ないでよね。迷惑よ」

「ご、ごめん」

 とりあえず謝っておけば何とかなるものだ。

 それより、こいつまだ制服じゃねえか。いかんなあ、学校帰りにぶらつくとは、けしからん。

「ほら、さっさと鍵開けてよねグズ。グズ。グズ」

「か、鍵、持ってないの?」

「はあー? 持ってたらこんなとこに一時間も立ってる訳ないし! ……つーかお前臭くね?」

 そりゃ、まあ土手を力いっぱい転がった訳だしな。

「ほんっっっっとどうしようもないニート! 生きてるの恥ずかしくない? 生まれてきたの申し訳なくない?」

「な、なくないよ」

「いっそもう本当に死んじゃえば良いのに。あ、この辺で死ぬのは止めてね。何か、そういうの見るのすっごいヤだから」

 うっぜええええ。

「ご、ごめん」

「……あ?」

 妹が顔を下げ、俺の顔を睨み付けてくる。チンピラかお前は。

「さっきからごめんごめんって、ごめんで済むと思ってる? 謝れば何とかなるとでも思ってんの? なる訳ないじゃない。済む訳ないじゃない。あんたのそういうところ本当に大っ嫌い。嫌い。どれくらい嫌いかって言ったら、救急車が通る度に『あ、あいつ死んだかな』とか思ってるぐらい。そんなあんたがどんだけ謝ったところで、静の気持ちが収まるはずないじゃない。だから、ね、死んで」

 俺は頷き、鍵を開けた。自分だけが入ったのを確認してから扉を閉めて、鍵を掛ける。

「はあ!? ちょっと!? ふざけんな馬鹿!」

 うん、実に安らかな気持ちである。今日は静かに眠れそうだ。

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