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メリーさん



「あー、アレアレ、スズキさんっては自称出来る女だからー」

 少女が楽しそうに話をしている。相手は彼女の近くにはいない。遠く離れたところから、携帯電話を使って会話しているのだ。さして珍しい光景ではない。大して目新しい場面でもない。日本全国津々浦々、どこにでも見られる光景だろう。

「だよねだよね、そう思うよね? 私もあの人はちょっと苦手なんだよねー。え? 苦手っつーか嫌い? あははっ、かもしんなーい。あの子暗いよねー、私らのグループ入ろうとしてるけどさ、正直うっとーしくない?」

 楽しそうに陰口を叩く。この場にはいない者の名を挙げ、槍玉に挙げて。さして珍しい話題ではない。性別問わず、敵と言うのは実に心地いいからだ。仮想敵を作り上げ、グループ内の意思を統一し、その結び付きを強化する。誰だって行う事だろうし、咎められるほどのものでもない。精々、その会話を聞いたとして眉を顰めるのが関の山、といったところだろう。

「え、無視するの? あ、はは、ですよねー。ん、それ、じゃ、明日から無視しよっかー。ん、んー? あー、シオやコマダにも後でメールしとくー。あは、明日どうなるかマジ楽しみー。どんな顔してくれるのかな、あいつ」

 これも日常だ。当たり前のように行われ、何事もなかったかのように流れていく日々。彼女の人生にとって、特に強く印象に残る場面でもない。

「はいはーい、じゃ、また明日ねー」

 通話を終了し、少女はベッドに倒れ込む。少し、疲れていた。スズキさんに悪い事をした――するのだろうと想像し、罪悪感と倦怠感が小さな体を包み込む。

 苛めの対象となるスズキというクラスメートに、少女は何の恨みも抱いていない。苛立ちさえ覚えた事がない。何故なら、スズキはただ単に、傍にいるだけなのだから。目立たない。口数が少ない。言ってみれば空気のような存在なのだ。

 しかし、敵となる者に理由は要らない。苛める側が、明確な理由があってこいつは敵だと断ずるのではない。何となくと言った気持ちで、曖昧で不明瞭なまま敵にするのだ。こいつで良いや、と。

 それでも、そうしなければならない。学校生活において、友人とは得難いものだ。温い関係こそが日常を日常足らしめる。もしもスズキを無視する事に反対していれば、少女本人が苛めのターゲットになっていたかもしれない。

「……ま、いっか」

 それ以上深くは考えずに少女は瞼を閉じた。罪悪感は掻き消えて、残った倦怠感に身を任せる。

 と。

 携帯電話が鳴った。ディスプレイに番号は表示されていない。非通知である。現在の時刻は午後十一時。心当たりはない。が、もしかしたら友人の悪戯かもしれない。訝しげに思いつつも、少女は通話のボタンを押し、携帯電話を耳に当てた。

「……もしもし?」

 何故か、声が震えている。

『あたしメリーさん』

「はあ?」

 少女は驚いた後、笑った。どうやら友人の悪戯で間違いなかったらしい。声まで変えて、実に涙ぐましい努力だ、と。

「えー、誰ー? もしかしてシオ? つーか、私眠いからさー」

『あたし、メリーさん』

「だからー、もうばれてるってば。あんまししつこいと寒いっすよー?」

『あたし、メリーさん』

「だからー」

 眠たいと言うのは事実だ。少女の声に苛立ちのそれが混じり始める。

『今、ゴミ捨て場にいるの』

 一体どこのゴミ捨て場を指しているのか、少女には判断出来ない。

「ゴミ……? ちょっと誰なの――……は? 切れたし」

 言いたい事だけを言われ、一方的に通話を切られてしまった。結局、誰の悪戯なのかは分からないが、いや、分からないからこそ性質が悪い。

「……何なのよ」

 だが、可愛い悪戯ではある。舌足らずで甘い声。もしかしたら、友人の内の誰かに妹がいて電話を掛けるように頼んだのかもしれない。そう考えれば、まだ許せる。納得が出来る。

 ベッドの上で寝転んで、もう一度瞼を閉じた。睡魔はどこかへ去ってしまったが、こうしていればすぐに眠れるだろう。

 ……と。

 再び携帯電話が鳴った。枕元の電話を取り、ゆっくりとした動作でディスプレイを確認する。やはり、非通知だった。悪戯の相手から、先ほどの詫びだろうか。少女は何も考えずに携帯の蓋を開ける。

「はーい、もしもーし。メリーさんは今どこにいるんですかー」

『あたしメリーさん』

「だーかーらー分かってるって。で、誰?」

『今、中学校にいるの』

 途端、少女から血の気が引いた。嫌でも自分の通う中学を思い浮かべてしまう。まさかと思ってしまう。

「あ、あんた誰なのっ?」

 問うが、電話はまたもや切られてしまった。

 ――――まさか。

 じわじわと、真綿で締められるような恐怖。少女は恐怖している自分に苛立ち、枕に顔を埋めた。

 今、学校にいるからなんだと言うのだ。何がメリーさんだ。使い古された都市伝説。誰もが知っている悪戯の定番ではないか。

 そうやって、そう思って、そうであれと願って自らを奮い立たせる。

「あ……」

 少女は思い立ち、携帯電話の電源を落とした。最初からこうすれば良かったのだと安心したが、ここまでする事もなかったのではと、少しばかり自己嫌悪する。何を恐れているのか、自分にも良く分からない。が、これでとりあえずは眠れそうだと自分に言い聞かせる。

「…………え?」

 携帯電話が、鳴った。

「え、嘘……?」

 電源は落とした筈である。だから、鳴る訳がない。

「なんでっ!?」

 それでも、鳴っている。少女の顔色は青くなり、暫くの間固まった。悪戯では済まされない。悪戯にしては手が込み過ぎている現象に、彼女の思考が止まる。ディスプレイに表示された非通知の文字がいやが上にも少女の不安を煽っていた。

 鳴り止まない電話。電源を落とそうとしても何の反応も見せない。意を決し、少女は三度目の通話に応じた。

『あたしメリーさん』

 通話口から聞こえる幼い声のボリュームが、急に増したように思えた。

『今、あなたの家の前にいるの』

「――ひ!」

 携帯電話が手から滑り落ちる。少女は立ち上がり、カーテンを勢い良く開けた。二階にある少女の部屋からは、不審者どころか、人影さえ見当たらない。だが、心臓は一向に早鐘を打ったままだ。

「じょ、冗談でしょ……」

 ただの悪戯だと、この期に及んでも尚、そうやって自分に言い聞かせる。

『今、あなたの家の中にいるの』

 漏れる声。少女にはその言が信じられない。ドアの開いた音はしない、鍵だって掛かっている筈なのだ。

「い、嫌っ……」

 通話を切ろうとするが、少女の携帯電話は一切の操作に応じない。メリーさんと名乗る者の声は聞こえず、何か引きずるような、不気味な物音だけが通話口から響いている。

「はっ? な、何これっ? 何なのよ!?」

 やがて、その物音も消えた。

 ごくりと、少女が息を飲み下す。

『あたしメリーさん、今、あなたの部屋の前にいるの』

 もう、形振りなど構っていられなかった。これが悪戯だとして後で笑われても良い。怒られても良い。

「お、お母さん! お父さん! 起きてっ、お願いだからあっ! 助けて!」

 必死で声を張り上げる。

「お母さんっ! 気付いてっ! なんで!? なんで!? 聞こえてないのっ!?」

 母親の寝室は少女の部屋の向かいに位置していた。だが、反応はない。押し寄せる恐怖と苛立ちから、彼女は携帯電話を壊さんばかりに握り締め、その感情をぶちまけた。

「だっ、誰なのよあんたっ! なんでこんな事するの? どうして私なの! お願いっ、もうやめて!」

 その問いに答える代わりに、


『あたしメリーさん、今あなたの後ろにいるの』


 通話口からは甘い声で、最後の言葉が。

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