第7話『お姉様は好きな方と結婚されるではないですか!』
オリヴィアお姉様とルークさんが言っていた『エースブ』という名前について調べていた私であったが、どれだけ古い資料を漁っても、それらしい答えは見つからなかった。
個人名かと思うのだが、話の流れとしては闇の精霊の話から出て来たから闇の精霊の名前なのだろう。
「……精霊に、名前?」
「どうしました? イザベラちゃん」
私は部屋の明かりで照らされた本を見つめながら考える。
精霊に名前が存在するのかどうかを。
「イザベラちゃーん? どうしたのですかー? 本を読むのは止めて、お姉様とお話したくなりましたか?」
「あり得ない」
「っ!? あ、あり得ない!? そんな酷い事言わなくても良いじゃないですか! ねー! ねー! イザベラちゃん!」
精霊に個別の名前があるという事は精霊ごとに意識があるという事だ。
「イーザーベーラーちゃーん!」
私は左右に揺れながら読んできた資料と、魔術の構成と、精霊の関係を……って!
「なんですか! さっきから!」
「だってぇ」
「だってじゃありません。人が考えごとをしているのに、それを邪魔するなんて淑女のする事ではありませんよ!」
「むー。分かってます!」
「分かってるなら良いですけど」
私は再び腕を組みながら考え事をしようとした……が、今度は私の腕を抱きしめ、無言のまま訴えて来たお姉様が居た為思考を中断する。
構って欲しいのかな。
お姉様も勉学の時間だと思ったのだけれど、もう飽きてしまったのか。
「お姉様」
「なんでしょうか! イザベラちゃん!」
「私は忙しいので、一人にして下さい!」
「むー!」
「唸っても駄目です」
「ん-!!」
「むくれても駄目です」
アレも駄目、コレも駄目と言ったら遂にお姉様は限界を超えて、涙を滲ませながらジッと私を睨みつけてきた。
まぁそんな顔をしても可愛いだけなのだが。
「分かりました。ではお姉様とお話させて下さい」
「はい! 良いですよ~! お姉様が! 何でも答えてあげますね」
「では、精霊と魔力、そして魔術の関係について話しましょうか」
「え」
「そもそも精霊という存在は、人と魔力を繋ぐ橋渡しの様な存在だと認識している訳ですが、実は……」
「は、はわ、はわわ」
私の話にお姉様は目を回してしまい、結局お姉様をそのままベッドに寝かせようとしたのだが、私の服を掴んだまま離さなかった為、私も一緒に眠る事になってしまう。
そして、後日。
私はお姉様に呼び出され、庭の茶会テーブルの席についていた。
別に急ぎの用では無いから良いのだけれど、調べ物が途中だったから気分は微妙だ。
それに何よりもお母様がお姉様によく似た顔で微笑んでいるのが気になる。
何か嫌な予感がするな……。
「あのー。お母様」
「何かしら? イザベラさん」
「今回はどういう趣旨の会なのでしょうか? お姉様に呼ばれただけでよく知らないのですが」
「親しい方だけの小さな会ですから、あまり気にしない様に」
ふむ。
妙な言い回しだ。
お義兄様大好きなフラーお姉様がお茶会を開き、そこに私やお母様が呼ばれる事はあるが、その際は、お義兄様が参加される事や、お義兄様のご実家の方……グリセリア家の方が参加されると言うハズ。
それを言わず、親しい方と区切った。
妙だ。
何かあるのでは無いだろうか。
このままここに居るのは危険なのでは?
「……お母様。申し訳ございませんが、私、用事を思い出しましたので、部屋に戻りますわ」
「許しませんよ。イザベラさん」
「何故です! 親しい方がいらっしゃるだけの茶会であれば、私が居なくとも良いでしょう!」
「それは……」
私の追及にお母様は困った様に視線を逸らし、私は怪しいと目を細めた。
やはり何かを隠している。
なんだ? 何を隠しているんだ。
知られると私に都合が悪い……っ!? そうか!
「殿下ですね?」
「っ!」
「やはりその反応! 殿下をお呼びしたのですね! であれば余計にこんな所には居られません! 私は部屋に帰らせていただきます!」
「なりません! イザベラさん! 大人しくここで待ちなさい!」
「こんな騙し討ちみたいな事をして! 許されませんよ!」
「陛下も殿下も貴女が聖女として活動する事もお認めになると仰っているのです! 大人しくなさい! イザベラさん!」
「人が居ないところで勝手に話を進めて!」
「結婚とはそういう物です!」
「お姉様は好きな方と結婚されるではないですか!」
「それは偶然相応しい相手と心を通わせたという話です。フラーさんの努力もあります」
「私は一人で生きてゆきます! 見合いなど受けませんよ!」
私は腕を掴むお母様の手を振り払って、何とかこの場所から脱出しようとした。
しかし、全てが遅かった。
何故なら、私が立ち上がり、部屋に戻ろうと視線を動かした時、その視界の中にキラキラと輝く笑顔を浮かべるお人好し代表選手の様な姿の殿下が入ったからだ。
「くっ」
「やぁ。久しぶりだね。イザベラ」
「え、えぇ。お久しぶりですわ。殿下」
爽やかという言葉がおそらくは世界で一番似合う殿下は、酷く自然な仕草で私の前に来ると手を取り、唇を落とす。
なんとまぁ所作の美しいこと。
恋愛に生きている人ならば容易く落ちてしまう様な魅力がそこにはあった。
しかし、私は聖女という役目に生きる女。
そんな容易く落ちはしない……!
「さぁさぁ殿下。お座りください。イザベラさんも、ね?」
「えぇ、分かりましたわ」
私は正面に座る殿下を見据えながら、淑女らしく美しさを示しながら座り、軽く挨拶などをして話を始めた。
とはいってもまずはここに居ない主催者についてだが。
「ところで殿下。お姉様は」
「あぁ。フラー嬢なら、ウィルに自慢の庭を見せたいと言ってね。バラ園の方に向かったよ」
「殿下を置き去りにして、でしょうか?」
「そう。面白い子だね。フラー嬢は」
私は思わず倒れそうになる衝撃を受けながらも、何とか意識を強く保ち、笑顔を浮かべて謝罪をした。
お母様もフラフラしているから同じ気持ちなのだろう。
殿下がおおらかな方で本当に良かった。
殿下を置き去りにして婚約者とイチャイチャしてるとか、大分正気ではない行動だ。
しかし、まぁ。そんなフラーお姉様だからこそ多くの方が求めたのだけれど。
可愛いからね。本当に。
何をするにも一生懸命で全身で愛を振り撒いている人は。
しかも一途だし。
お義兄様が婚約者に決まった際にはどれだけの人が泣いたのだろう。
ちょっと興味があるな。
「でも、僕の興味は今フラー嬢には無いからね」
「……はぁ」
「っ! あらあら。どうやら私は邪魔な様ですね。後はお若い二人で。おほほほほ」
殿下が意味深な事を言った結果、お母様は意味ありげな笑顔を浮かべてから席を離れ、バラ園の方へ向かっていった。
恐らくはお姉様にお説教をするのと、こちらに近づけない様にと動いたのだろう。
まったく素晴らしいお母様だと思う。
本当に。
「おやおや。気を遣われてしまったね」
「そうですわね」
「では、君のお母様の願い通り、結婚するかい? イザベラ」
「ご冗談を」
私はお茶を飲みながらそう殿下に返した。
お茶会はまだ始まったばかり。
面倒な攻防を私は開始するのだった。