第4話『残念ですが、お姉様より私の方が博識です』
一瞬。
それは本当に一瞬の出来事であった。
戦いだと水の魔術で小さなナイフを作ったフラーお姉様に対して、オリヴィアお姉様は指先に闇の魔力を集めて、フラーお姉様の可愛らしいお顔のすぐ近くを矢の様に撃ち抜いた。
ただ、それだけだ。
フラーお姉様は最初何が起きたのか分かっていないという顔だったが、背後を振り返って、綺麗に穴が開いた壁を見て冷汗を流す。
「フラーお姉様。オリヴィアお姉様はかつて魔なる者達と戦っていたのです。フラーお姉様では十人居ても勝てません。というよりも勝負になりません」
「……」
「フラーお姉様?」
「しゅ、淑女たるもの。戦いに精通している必要は無いでしょう。むしろ、イザベラちゃんを危ない場所へ向かわせないという意味では、戦いに不向きな方が優秀な姉であるとも言えます」
「いざという時に自分の身も護れないというのは、どうかと思いますよ。フラーお姉様」
「もー! イザベラちゃんはどちらの味方なのですかっ!」
「今、現状。突然戦いを仕掛けた挙句、図々しく勝ち宣言をしているフラーお姉様の味方ではないですね」
「イザベラちゃん! お姉様は悲しいです!」
両手で顔を覆い、わざとらしく泣いてますよとアピールするフラーお姉様にため息を吐きながら、私はとりあえずオリヴィアお姉様に謝罪をした。
「申し訳ございません。オリヴィアお姉様。姉が騒がしくて」
「いえいえ。構いませんよ。とても元気で可愛らしい方ではないですか」
「まぁ、元気で可愛いという点だけは同意です」
「イザベラちゃん! どうしてお姉様が泣いているのに、オリヴィアさんとばかり楽しそうにお話をしているのですか!?」
「嘘泣きだと分かっていますからね」
「そんな!」
心底驚いたという様な顔でポーズを決めるお姉様に私はため息を吐いて、お姉様に真実を伝える。
「良いですか? お姉様。お姉様は把握されていないかもしれませんが、お姉様が本気で泣くときは、何かに抱き着く癖があります」
「え」
「また抱き着く対象が居ない時は、フラフラとふらついた後、ベッドにうつ伏せになり、メソメソ泣きます」
「……」
「ですから、現在の様にしっかりと立っている状態で泣く事はあり得ないのです……あ」
私はお姉様に嘘泣きの駄目だしをしていたのだが、お姉様はプルプルと震えながら目尻に涙をため、頬を膨らませながら私をジッと見つめていた。
本人は睨んでいるつもりなのかもしれないが、ただの愛らしい人である。
「イザベラちゃんのばか! ばかばかばか!」
「残念ですが、お姉様より私の方が博識です」
「むー!!」
思わず反論してしまったが、フラーお姉様はより大きく頬を膨らませながら怒っている。
いや、まるでこちらにその怒りは伝わらないのだが、怒っている。
それも激しく。
「イザベラさん」
「あ、申し訳ございません。オリヴィアお姉様。騒がしくして」
「それは構いません。ですが、お姉様を大事にしないのはどうかと思いますよ」
「うっ、そ、そうですよね。反省します」
「~~!! イザベラちゃんのばかぁ!」
私がオリヴィアお姉様と話をしていると、いよいよ限界を超えたのか、フラーお姉様は部屋から飛び出して行ってしまった。
泣きながら駆けてゆく背中は追いつこうと思えば、容易く追いつくものであるが、ここで追いついても意味はない。
「はぁ」
「イザベラさん」
「ごめんなさい。オリヴィアお姉様」
「いえ。先ほども言いましたが、私は何も気にしていません。ですが、姉妹で喧嘩をしているというのは、気になりますね」
「はい。ちゃんと仲直りします」
「よろしい」
オリヴィアお姉様は微笑みながら頷くと、さぁと私の背を押した。
そして、私はしょうがないと部屋を出てフラーお姉様の居そうな所を探す事にするのだった。
しかし。
しかしである。
フラーお姉様が孤児院に来たのは初めての事。
泣いた時行きそうな場所など見当もつかない。
その為、一つ一つ部屋の中を確認しなければならないのだった。
まぁ、一応孤児院の外に飛び出したという可能性もあるけれど、転移魔術でここまで来たお姉様が外に飛び出すなんて事出来る訳が無いし。
入り口には門があって、閉まってるからお姉様が外に出る事は無理だろう。
ならば中に居ると思うのだが……中々見つからなかった。
思わずため息を吐いてしまう私であったが、ふとどこからか聞きなれた声が聞こえてくる事に気づいた。
礼拝堂の方だ。
「そう。シャーラは考えました。女の子の笑顔はいつだって最強の武器なんだって」
「えへへ。にこー!」
「えぇ。とても可愛らしいですね。これでどんな殿方もイチコロです」
七色に輝く美しいガラスから差し込む光が、礼拝堂の椅子に座りながら物語を語っているフラーお姉様を照らし、思わず息を呑んでしまう様な美しい光景を作り出していた。
「フラーお姉様」
「あ、イザベラちゃん……! って、そうでした! 私は今、とても怒っているんです!」
「あの? フラーお姉様?」
「プンプン」
お姉様はすっかり機嫌を悪くしてしまい、私の方を見ようともせず……あ、いや、チラチラ見てますね。
気にはしつつ話し合いをするつもりは無いようだった。
仕方ない。
こういう時はお義兄様の出番である。
「分かりました。ではここでしばらく子供たちの相手をしていて下さい」
「イザベラちゃんはどこへ行くのですか?」
「ちょっとしたお散歩です」
「足元には気を付けて下さいね」
「分かりました」
私は素直に頷いてから礼拝堂を出て、お義兄様の住まう邸宅に向かう。
そして、名を名乗ると、すぐにお義兄様の所へ案内して貰え、そのままお義兄様を連れて再び孤児院に戻ってくるのだった。
「フラーお姉様」
「まぁ! もう戻ってきたの? 怪我はない?」
「えぇ」
「それなら、私はまだ怒ってますから、どうぞあちらでお話でも……「フラー」っ!? ウィル様!?」
「あぁ。そうだよ。僕だ。フラー」
「まぁまぁ! まぁまぁ! どうしてこちらへ?」
「あぁ。僕の可愛い小鳥ちゃんが、僕を呼んでるって、君の大好きな妹さんから聞いてね」
「まぁ……イザベラちゃんが? 恥ずかしいです」
「恥ずかしがる君も可愛いよ。フラー」
お義兄様は真っ赤になったお姉様を抱きしめながら、子供には見せられない様な濃密な時間を過ごし始めた。
私は呆然と見ている子供たちを集め、礼拝堂から外へ連れてゆく。
そして、杖をつきながら入ってきたオリヴィアお姉様に改めて頭を下げるのだった。
「あちらの方は……フラーさんの旦那様ですか?」
「いえ。まだ婚約者です。とは言ってもあの様子ですから。何が何でも結婚するでしょうね。二人は」
「そうですか。それは素敵ですね」
「はい。そうですね」
「あら」
「……どうかされたのですか? オリヴィアお姉様」
「いえいえ。てっきりイザベラさんは反対なのかなと思っていたので」
「そんな! 反対なんてしませんよ! お姉様の住み慣れた場所が良いって、わざわざイービルサイド家に入って下さる方なんですよ? そんなの感謝しかありませんよ」
「なるほど。大切にされているのですね」
オリヴィアお姉様は本当に眩しい物を見る様な目で、神に祝福されているかの様に照らされている二人を見た。
もしかして、オリヴィアお姉様も誰かいい人が居るのだろうか。
なら、応援したい。
が、それを聞くのは失礼だろうし……機会を。
「そういえば、イザベラさんは誰か良い人は居ないのですか?」
「私ですか!? 私は、全然そんな方は居ませんが!」
「あら。そうなのですね。それは残念です」
「残念、ですか?」
「えぇ。もし良い方が居るのなら全力で応援しなくてはと思っていたので」
「お、オリヴィアお姉様~!」
「ふふ」
オリヴィアお姉様はいたずらっぽく笑うと、そのまま礼拝堂を背にして自室へと戻ってゆくのだった。
残された私はと言えば、フラーお姉様に自分を重ねて未だ見ぬ素敵な方を相手に浮かべ……!
「もう! 無し! これはなしです! 待って下さい! オリヴィアお姉様!」