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第3話『忘れる事は難しいですね』

結局フラーお姉様との話は夜遅くまで続き、私は何の準備も出来ないまま無駄な時間を過ごしてしまったのだった。


「あら。もうこんな時間ね。そろそろ寝ましょうか」


「そうですね」


しょうがない。


こうなった以上は夜の闇に紛れて脱出しようと私は決意し、お姉様が出て行ってから準備をしようとお姉様が出ていくのを待つ。


だが、お姉様はニコニコと笑うばかりで一向に部屋から出ていく気配を見せないのだった。


「あの、お姉様?」


「何かしら」


「いえ。そろそろ夜も遅いですから寝ませんと」


「えぇ。どうですね」


ニコニコ。


笑顔のまま一切動こうとしないお姉様に首を傾げるとお姉様は衝撃的な言葉を放った。


「あら。イザベラちゃんは寝ないのですか?」


「お姉様が出ていったら寝ますよ」


「あらあら。私は本日この部屋で寝ますから。イザベラちゃんが先にベッドへ入って下さいな」


「は、はい!? 何を言っているのですか! お姉様!」


「姉妹で一緒のベッドに寝るなんてどれくらいぶりかしら。懐かしいですね。イザベラちゃん」


ポヤポヤと妙な事を口走るお姉様に私は叫び声を上げてから、お姉様を追い出そうとした。


しかし、お姉様はフワフワとした笑顔を浮かべたまま面倒な言葉を返す。


「あら。久しぶりに良いではないですか。それとも……イザベラちゃんには何か困る事情でもあるのかしら? 私がこの部屋に居ると」


「うっ、それは……」


「それは?」


「何も、ありませんケド」


家を出ていく、とは流石に言えず私は胡麻化す様に言葉を落とした。


そんな私にお姉様は更に笑みを深めると、椅子から立ち上がり私の腕を取ってベッドにグイグイと引っ張って行く。


正直な所、お姉様は相当に非力だからこの程度簡単に振り払えるのだけど、子供の様に微笑むお姉様の手を振り払う様な気にはなれず、大人しくお姉様とベッドへ行くのだった。


そして、二人で並びながら上を眺めて横になる。


「……ふふ。楽しいですね。イザベラちゃん。子供の時の事を思い出します」


「子供の時の事を思い出すと、酷く狭く感じますが」


「むー。イザベラちゃんは意地悪ですねぇ」


「事実です」


「ツンツン」


「止めて下さいお姉様」


私は頬を突いて微笑むお姉様を制しながらため息と共にベッドの天蓋に描かれた星空を見る。


「ふふ。何を見ているのですか? イザベラちゃん」


「お姉様が描いた星空を見ています」


「あら。あらあら。懐かしいですね。私の自信作じゃないですか」


「そうですね」


子供の頃、体が弱く、部屋から出る事が出来なかった私の為に、お姉様が描いてくれた星空だ。


空には無限の可能性が広がっていると、歌うように教えてくれた。


私の夢の始まり。


まぁ、当時のお姉様はそんな意味まるで考えてなかっただろうけど。


「どうですか? 今見ても、感動で泣いてしまうのではないですか? ふふん」


「えぇ。そうですね。本当に……よくもまぁこんな適当な星空を描けた物です」


「え」


「星々の並びがいい加減すぎます。見て下さい。あの星の並びを、何がどうなっているのか、まるで分からない」


「むー! イザベラちゃんは意地悪です!」


いじけて膨れるお姉様を見て、私はフッと息を漏らしながら部屋に帰りますか? と問うたら何故か腕を抱きしめられてしまった。


何故なのか。


「お姉様?」


「イザベラちゃんは意地悪です」


「いえ、だから……」


「どうして、家を出て行ってしまうのですか?」


「っ!?」


お姉様の言葉に驚いて、私は思わずお姉様へと視線を向けてしまう。


「お姉様……何故」


「分かりますよ。可愛い妹の事ですから」


「……お姉様」


お姉様は強く私に抱き着いて、スンスンと涙を流した。


「私は、貴女が生まれた時、本当に嬉しかったのです。でも貴女は体が弱くて、いつも苦しそうで、でも私には何も出来なくて、何か力になりたかった」


「……えぇ、よく覚えていますよ。お姉様が偶然オリヴィアお姉様が近くの街に来るという話を聞いて、家を一人で飛び出して、オリヴィアお姉様に泣きついたのでしょう?」


「う」


「忘れた事などありませんよ。いつも綺麗なドレスを着ていたお姉様が、ドロドロに汚れて、泣いて、鼻水を垂らして、オリヴィアお姉様のスカートを掴んで困らせていた姿は」


「そ、それは、忘れていただけると嬉しいのですが」


「忘れる事は難しいですね」


「もー! イザベラちゃんは意地悪です!」


あぁ、そうだ。忘れる事なんて出来る訳がない。


あのお姉様の姿を見て、困った様に笑いながら私を癒して下さったオリヴィアお姉様を見て、私はお姉様達の様になりたいと思ったのだから。


夢を持ったのだから。


「……もしかして、私が情けない姿を見せたから、イザベラちゃんは家を出ようと思ったのですか?」


「関係ありませんよ」


「でもでもでも! 聖女オリヴィアの事をお姉様と慕っていると聞きました。イザベラちゃんのお姉様は私なのに!」


「……まぁ、否定はしません」


「もしかして、私よりもオリヴィアさんの方がイザベラちゃんのお姉様に相応しいと考えているのでは無いですか!?」


私は突如として訳の分からない事を言い始めたお姉様にため息を吐きながら否定した。


オリヴィアお姉様の素晴らしさと、フラーお姉様の素晴らしさは違いますからね。


どちらが優れているとか、相応しいとかそういう物は無いわけです。


「イザベラちゃん! イザベラちゃんのお姉様は私だけ、私だけなんですよ? そうでしょう!?」


「まぁ、血の繋がったお姉様は、フラーお姉様だけですね。確かに」


「意地悪しないで下さい! イザベラちゃん!」


「面倒な事を言い始めたフラー様がいけないのですよ」


「お姉様は!? お姉様が消えてますよ! イザベラちゃん!」


「さて。そろそろ夜も遅いですし。寝ましょうか」


私は近くにある魔導具に魔力を向けて、光源を消した。


連鎖的に部屋の中にあった光源が全て消え、部屋が暗闇に包まれる。


「イザベラちゃん!? 返事をして下さい! イザベラちゃん! 私はイザベラちゃんのお姉様ですよね!? ね?」


「もう夜も遅いのですから寝て下さい」


私はお姉様に背を向けて深い眠りの中に落ちていった。


しかし背中の向こうでは大分長い時間お姉様が私の殻を揺らしていた為、中々眠る事が出来なかった。


結局私が眠りの世界に向かう事が出来たのは、それから少ししてからの事である。


だが、本当の悪夢はこれからであった。


そう。この夜に仕掛けたちょっとした悪戯のお陰で、私は次の日も早くからお姉様に叩き起こされ、昨日の事はどういう事かと問い詰められる事になってしまったのだ。




しかも!


お姉様とドタバタ大騒ぎをした数日後。


私は何故かお姉様を引き連れてオリヴィアお姉様の孤児院を訪問する事になってしまう……。


「いらっしゃい。イザベラさん」


「……はい」


「あら。元気が無いですね」


「まぁ、そうですわね」


私は後ろで腰に手を当てながら怒ってますという似合わないポーズを取っているフラーお姉様を見て、ため息を吐いた。


どの様な態度を取ろうが、妖精の様に愛らしいフラーお姉様に恐怖は感じない。


感じるのは愛らしさだけだ。


故に、オリヴィアお姉様もどこか戸惑っている様であった。


「私は! フラー・リィラ・イービルサイド! 聖女オリヴィアさん! 貴女に決闘を申し入れます!!」


「まぁ、決闘ですか」


暴走するフラーお姉様の言葉に、オリヴィアお姉様は手を口元に当てながらベッドに座り驚いた顔で声を上げるのだった。

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