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第20話『……これで、ようやく』(オリヴィア視点)

(オリヴィア視点)




あれから、いくつかの季節が過ぎた。


私は変わらずこの世界に生きていて、誰も居なくなってしまった孤児院で日々を過ごしている。


この命に意味はない。


でも、自ら命を絶つ事は、イザベラさんの気持ちを踏みにじる様で……それも出来なかった。


だから、何もせず、このまま朽ち果てるのを待っていた。




「オリヴィア。起きてるのかい?」


「こんにちは! 遊びに来たわよ」


「ルークさん。ソフィアさん。いらっしゃい。こんな姿で申し訳ないのですが」


「良いの良いの。気にしないで。あ、ちょっと水貰うね。良いお茶が入ってさ」


「はい。廊下の向こうに調理場がありますから……」


「分かってるって! んじゃ、ルーク。私はお茶の準備してくるからトビーはお願いね」


「あぁ。ゆっくり頼むよ」


「りょーかい!」


ソフィアさんは以前と変わらない朗らかな笑顔で手を振りながら部屋から出ていった。


そして私はベッドに座ったまま、まだ赤子のトビーさんを抱きかかえるルークさんを見据える。


「それで、闇神教の件はどうなりましたか?」


「オリヴィアの想像通りだよ。本拠地から発見した非人道的な資料は全て押収。今はべべリア聖国の大教会に隠してある」


「べべリア聖国、ですか?」


「あぁ。例のアメリア様の事で揉めてた聖都だよ。今回の件で、内部分裂をしている場合じゃないと気づいたみたいでね。ようやく一つになって正式に光の精霊、アメリア様。そして聖女の為の国になるそうだ」


「……聖女の為の国。ですか」


「もう二度と、イザベラの様な事を繰り返してはいけないからね。君もそうだが、聖女は責任感が強すぎる子がなるみたいだから。君達の様な子を守る為に存在する国だ。まぁ、ちょっと過保護な人が多いみたいだけどね」


「そうですか」


私はルークさんの話を聞きながら窓の外に目を向けた。


全ては今更だ。と思いながらも。




そう。静かな裏庭には小さなお墓が二つある。


一つはリリィ様の物。


そしてもう一つはイザベラさんの物だ。


あの事件が各国の上層部に伝わった時、ルークさんを含めた話し合いで、イザベラさんの事は正式な記録に残さない事に決めたらしい。


イザベラさんは何もしなかった。


聖女ではあったが、特に目立った事はせず、ただ静かにその役目を終えたのだと。


そう歴史書には書かれるらしい。


これが正しい事なのか、正しくないのか、私には分からない。


でも、こうするしか無いのだ。


「……私達は、酷い人間ですね。こんな風にイザベラさんを追いやって」


「オリヴィア。君は関係ない。決めたのは僕たちだ」


「同じですよ。私は何もしなかったのですから。苦しんでいたイザベラさんを見捨てて、こんな風に家族と引き離して、イザベラさんをまるで居なかった人みたいに扱って……最低の人間です」


「オリヴィア……!」


「……こんな事なら、聖女の力を渡さなければ良かった」


「オリヴィア!!」


不意にルークさんに腕を引っ張られ、頬を叩かれた。


無論本気では無かっただろうが、私の体は痛みを訴える。


「……っ」


「君が、それを言うな。イザベラを巻き込んだ僕たちを恨んでも良い。憎んでも良い。だが、君だけは、イザベラのした事を否定しないでやってくれ」


「でも」


「あの子は、最期の瞬間まで、聖女だった……! 間違いなく。世界の為に、愛する人の為に戦っていたんだ……! そうだろ? オリヴィア」


「ぅ……っ、っ」


ルークさんの言葉に、イザベラさんの最期を思い出し、涙が溢れる。


何度叫んでも、名前を呼んでも、何も反応せず、虚空を見つめながら想いだけを残したあの子を。


私の声も届かず、ただ、小さく強い灯を世界に遺して消えていったイザベラさんの姿を。


「どうして、私は……いつも」


「……」


私は握りしめた両手に涙を零し、消えていった人たちを想った。


アメリア様。


リリィ様。


イザベラさん。


どうしてみんな、私を置いて行ってしまうのだろう。


私はどうして、あの人たちの助けになれなかったのだろう。


「もう、こんな事なら、いっそ」


「オリヴィア」


「……?」


どうしようもない苦しさを感じて零した言葉を、ルークさんの鋭い言葉が捕まえる。


そして私の肩を掴んで、強い言葉で私を暗闇から引き揚げた。


「逃げるのか? オリヴィア」


「……」


「みんな戦っていた。最期の瞬間まで! それなのに、君は逃げるのか!? オリヴィア!」


「……でも、もう私に出来る事なんて」


「次の世代へ繋ぐんだ」


「つぎの、せだい?」


「昨日、シンシアが癒しの魔術に目覚めた」


「……っ! まさか」


「僕はこれを偶然だとは思わない。イザベラが!! 君に言っているんだよ! この世界で! 生きろって! 辛くても、悲しくても! それでもこの世界で幸せになってくれって!!」


「ぅ……ぅぅ」


「今この世界で聖女の力に最も詳しいのは君だ。君が何もしなければ、シンシアはきっと無茶をするだろう。あの子はイザベラの事が好きだったから。イザベラの様に生きようとする」


「……」


「彼女を導けるのは君だけだ。オリヴィア……いや、聖女オリヴィア!!」


「っ」


私は乱暴に涙を拭って、震える唇を噛み締めてルークさんを見る。


「シンシアさんは、今、どこに?」


「ウチで預かってるよ。君はどうする? オリヴィア」


「ここへ連れてきて下さい。私が聖女として『生きていく方法』を教えます」


「……分かった」


自らの右手を撫でて、久しく消えていた力の感覚を思い出す。


魔力の流れを、何度も繰り返し使って、体に染み込ませた癒しの魔術の使い方を体に呼び起こした。


「十年」


「……」


「十年は決してシンシアさんに大きな力を使わせません。構いませんか? ルークさん」


「あぁ。構わない。僕が皆を説得するよ。だから君も十年。シンシアを見守ってやってくれ」


「はい」




そして、十年の月日が流れた。


私は何とか命を繋いで、シンシアさんに多くの事を残した。


聖女のこと、癒しの魔術のこと。


イザベラさんが遺した多くの魔術、願い、想い。


それがどこまでこの世界を照らすか、それは分からないが……私はいつまでも残って欲しいと願ってしまう。


「……これで、ようやく」


そして、私は全ての役目を終えた事を確認し、小さく息を吐いた。


長かった。


今日までの日々は、本当に長かった。


シンシアさんと過ごす時間は私に孤独を忘れさせたが、シンシアさんが見せる光の魔力は、私に忘れられない過去を思い出させる。


夜空に浮かぶ月を見るだけで、涙を流してしまう日もあった。


流れてゆく気ままな雲を見るだけで、胸が締め付けられてしまう日もあった。


朝焼けの眩しさに、全てを投げ出してしまいたくなる日もあった。


それでも、耐えて、耐えて……今日という日を迎える事が出来るのだった。


そう、今日はシンシアさんが正式に聖女として世界に認められる日。


今、シンシアさんは聖国で緊張の中儀式を行っている頃だ。


式典が終わったら、ここに戻ってきて私も聖国へ連れて行ってくれるらしい。


だが、私はそんな場所へは行かない。


私の居場所はここだけだ。


リリィ様と、イザベラさんが居る。この場所だけだ。


二人の居るこの場所で、終わる……。


「おい。オリヴィア。こんな場所で眠っていると風邪をひくぞ」


「……あぁ、レーニさん。来て下さったのですね」


「まぁ、特にやる事も無かったしな。それで? 私に頼み事とはなんだ?」


「実は……リリィ様達のお墓を移動させたいと思いまして。綺麗に転移出来るのはレーニさんだけですから。お願いしたかったんです」


「そんな事か。まぁ、構わないがな。というか、その程度の事ならイザベラに頼めばいいだろう。アイツの方が転移は上手く使うぞ」


「まぁ、そうなんですけどね」


「……喧嘩でもしたか? まぁ、良いけどな。例の場所に行けば、喧嘩をする気もなくなるさ」


そう言うと、レーニさんは転移魔術を使って、孤児院の庭に居た私とリリィ様とイザベラさんのお墓を花で溢れた世界に連れてきてくれた。


「……きれい」


「そうだろう? アメリアがオーガと一緒に作った花畑だぞ」


アメリア様の事なのに、何故か自慢気なレーニさんに微笑みながら、私は腕を組んで笑っているレーニさんに魔術を使った。


「っ!!? 何をする!!」


「忘却の魔術です。発動は、私の命が尽きてから一刻後。レーニさんの中から私たち人間の記憶を消します」


「は、はぁ!? なんでそんな事するんだ! 私の記憶なんて……!」


「きっと、レーニさんが耐えられないと思ったからです。人間と居れば、レーニさんは傷つき続けてしまう」


「……は?」


私は強大な魔術をつかったせいで、立っている事も難しくなり、花畑の中に倒れこんだ。


「オリヴィア!! どうした! しっかりしろ!! オリヴィア!!」


「レーニさん。落ち着いて、聞いて下さい」


「なんだ。疲れたのか? もしくは空腹になったのか?」


「私はもう助かりません」


「っ!?」


「そして、イザベラさんも、十年前に亡くなりました」


「う、そだ」


「嘘じゃないです」


「嘘だ!! イザベラは、まだ子供だったじゃないか。それにお前だって、まだ」


「聖女には、そういう宿命があるのです」


「オリヴィア……! お前まで私を置いていくのか。なぁ、オリヴィア」


「ごめんなさい。でも、私は、いつまでも世界を見守って、いますから.


レーニさんが私達を忘れても、レーニさんを……」


「……オリヴィア」


私はレーニさんに抱きしめられたまま暗い世界に落ちていった。


先ほどまで感じていた気だるさはどこにもない。


ただ、落ちていく先に、明るい何かがある事だけが……私の希望だった。

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