第2話『ではお父様の反対に反対しますわ』
オリヴィアお姉様から正式に祝福を受け、聖女となった私はまず実家へと顔をだした。
「という事ですので、私は家を出ますわ。お父様、お母様」
「……イザベラ」
「何でしょうか。お父様」
「私は前にも言ったが、お前が聖女となる事に反対はしない」
「はい」
「だが、無用に力を使うのは反対だ」
「そうですか」
私の正面に座るお父様は厳しい顔をしながら両手を組んで私を見据える。
でも、その程度の眼光で私を止める事は出来ないわ。
「ではお父様の反対に反対しますわ」
「イザベラ!」
「あらいやだ。大きな声を出さないで下さいな。誇りある貴族の者でしょう?」
挑発する様に放った言葉にお父様は僅かに苛立ちを示すと、テーブルを指で二、三度叩いた。
そして、大きなため息を吐くと緩やかに口を開くのだった。
「イザベラ」
「はい」
「お前はまだ若い。世界の悪意を知らんだろう」
「お言葉ですが、私はオリヴィアお姉様の孤児院のお手伝いを前からしておりますわ。それの王城にも顔を何度か出しておりますし」
「それが何だ。どちらも『まともな人間』しか居ない場所ではないか」
お父様の物言いに、私は思わず勢いで反論しようとしたが、その意味が理解出来ず止まってしまう。
「……お父様。その『まともな人間』というのは、どの様な意味なのでしょうか」
「お前の常識で理解出来る人間という意味だ」
「そういう意味でしたら、王城には身の程知らずの野望を秘めている方もいらっしゃいますが」
「フン」
お父様は私の言葉にフッと笑うと、まだまだ子供だなと笑いながらその言葉の意味を口にした。
「玉座を狙う。上位貴族の座を狙う。その程度はな。常識的なのだ」
「そうですか? 陛下は素晴らしい方ですし。大変不敬な事かと思いますが」
「まぁ確かに不敬だな」
テーブルの茶を飲みながら、お父様は小さく息を吐いた。
「だが、その程度だろう? 所詮は我が身が大事。無茶はしない」
「それは当然のことでは無いですか」
「あぁ。だが、だからこそ『まともな人間』だと言ったのだ。自らが破滅しようと目的を遂げる様な人間ではない」
「……何を言ってますの? お父様は」
「イザベラ。だから言ったのだ。お前はまだ『まともな人間』しか知らぬと」
「……」
「これからお前が世界に向かって歩み出せば、その様な者たちに出会うかもしれん。まぁ、出会わない事を祈っているがな」
お父様の言葉は真に迫っており、私は何も言えないまま黙ってしまった。
そして、お父様も静かになってしまい、そんな静寂の空間にお母様が口を開く。
「イザベラさん。貴女、殿下の事はどうするつもり?」
「どう、と言われましても、婚約の件ならお断りするつもりですが」
「お断りする!?」
「お母様、淑女としてその様な大声を上げるのは……」
「お黙りなさい! 殿下の婚約者に選ばれるというのはとても光栄な事なのですよ!? それを!」
「その様なモノ。誰にでも出来ますわ。聖女という素晴らしい役目は私にしか出来ません」
お母様は両手でテーブルを叩きながら立ち上がると、怒りを私にぶつける。
「イザベラさん! 聞けば聖女というのは癒しの魔術を受け継ぐだけでなれるのでしょう!? ならばそれこそ誰でも出来るではありませんの! だというのに貴女という人は、聖女などになると言って、どういうつもりですの!?」
「それこそ……とんだ戯言ですわ。お母様」
「ざっ」
私の言葉に言葉を詰まらせたお母様を静かに見据えながら、私は聖女というモノの役割を告げる。
「お母様。聖女は明日消えるかも分からない国の王とは比べ物にならないほど重要な存在です」
「あなた! 不敬ですわよ!」
「不敬なのはお母様ですわ。聖女という存在はこれから長く先の未来間で語り継がれる存在ですのよ? その様な素晴らしい存在をたかが等と……あり得ませんわ」
私は怒りのままにお母様へ言葉をぶつけた。
そして、怯んでいるお母様へ更なる言葉を向ける。
「良いですか? お母様。私たちが住まう国は確かに大国です。ですが、大国と言っても、所詮は人間の世界での事なのです」
「……」
「しかし、聖女という存在は人の世界のみに生きる者ではありません。獣人、エルフ、魔族……この世界に生きるあらゆる者たちの希望となるのが聖女! ならば、その価値がどれほどの物か。説明しなくとも分かるでしょう!?」
「獣に敬われても意味が無いでしょう!」
「……お母様」
「とにかくです! 私は貴女の価値が上がるならと、聖女オリヴィアの仕事の手伝いをしても良いと許可を出しましたが、それ以上の事を許した覚えはありません!」
私は頑固なお母様を見据えて、思考を巡らせる。
が、所詮お母様は古い考えの人だ。
私がいくら言葉を尽くしても意味は無いだろう。
「イザベラさん! 部屋で頭を冷やしなさい。貴女にとって大切な物が何か! ちゃんと考えるのです!」
「……はぁ、わかりました」
これ以上の対話は無駄だと判断し、私はひとまず自室に帰る事にした。
部屋に帰って来た私は、ため息と共に荷物の整理をしようとした。
無論それは、この家を出てオリヴィアお姉様の孤児院で暮らす為の覚悟を示した物でもある。
しかし、その覚悟からの行動をする前に、部屋の扉をノックする音が私の耳に届いた。
「……はい。どうぞ」
「ありがとう。入りますね。イザベラちゃん」
「フラーお姉様」
私は部屋に入って来たフラーお姉様に挨拶をしながら、お姉様を椅子にご案内し、自分も座る。
「ありがとう。イザベラちゃん」
「いえ」
「ふふ。お母様とイザベラちゃんの戦いは私の部屋まで聞こえていましたよ」
両手を合わせて花の様に無邪気に微笑みながら話すフラーお姉様に、私は羞恥心で爆発してしまいそうだったが、ひとまず耐えて、何とか言葉を絞り出した。
「あれは……私も淑女としてあまり良くない行動であったと思っております」
「私は別にあの様なやり取りも良いと思っていますよ。イザベラちゃん」
「……そうなのですか?」
「えぇ」
フラーお姉様はその純粋で美しい翡翠の瞳を閉じると、歌う様に語り始めた。
「イザベラちゃん。私は思うのです。人は分かり合う事が出来ると。お母様とイザベラちゃんがどれほど言い争っていたとしても、互いに愛情が確かにあるでしょう? でしたら、仲良しのフリをしているをしているよりも良いのではないでしょうか」
「そうでしょうか?」
「えぇ」
キラキラとした笑顔を浮かべるお姉様はまるで子供の様であるが、発する言葉はある意味で真理を突いた物であった。
が、しかし……私はそれを素直に受け取る事が出来ず、子供の様にいじけてしまう。
「……もし、お姉様の言う通りなのだとしても。私はお母様と仲良しとは思えません」
「ふふ」
「何がおかしいのでしょうか!」
「いえ、ごめんなさい。普段は大人びているイザベラちゃんが子供の様な事を言うから」
「うっ」
私は思わず恥ずかしさで呻きながら、言葉を探すが、良い言葉が見つからない。
そんな私を見て、お姉様はクスクスと笑っていて……。
それが酷く恥ずかしくもあり、そんな風に子供扱いしてくれるお姉様に嬉しさを感じていたりもするのだった。