第17話『少し黙っていただけますか?』
イービルサイド家より直接敵の本拠地へ転移してきた私は、本拠地の屋根の上で周囲を見渡す。
ここに居る人々は、どうやら穏やかな時間を過ごしているらしく、収音魔術を使えば笑い声が聞こえて来ていた。
まぁ、そろそろ夕食の準備を始める時間かと私は笑みを作りながら、魔術を展開した。
まずは本拠地の周囲を覆う様に見えない壁を作る。
この壁を中から外へ通り抜ける事が出来る者は、悪意をもって人を殺めた事のない、人を傷つけた事のない者だけだ。
そして罪を犯していない者は外から中へ入る事は出来ない。
そして、同時に闇の魔術を展開し、闇を喰らう獣を召喚する。
「さぁ、行きなさい。あなた達の獲物は、この場所に居る全ての人間よ」
解き放たれた獣たちは、人を超えた速さで屋根を駆け下りて、地面へと向かう。
『な、なんだ!? ぎゃああ!!』
『離して!! 離してぇえ!!』
先ほどまで笑い声が響いていたこの場所には、今絶望と嘆きが満ちている。
一応、いきなり命は奪わずに、視えない壁まで追いつめてから喰らう様に指示を出しておいた。
だが、それもそれほど意味は無かった様だ。
何故ならこの場に居た殆どの者は壁を通り抜ける事が出来ず阻まれてしまうから。
「ふむ。どうやら壁を抜ける事が出来る者は居ないようですね。嘆かわしい。これだけの人たちがいて、一人も善人が居ないとは」
嘆かわしいと口では言いながらも、私は更に何匹も獣を解き放って、この場所にいる全ての命を駆ってゆく。
若者も、老人も、男も、女も関係ない。
全てだ。
この場所に居る罪人は全て私の手で裁く。
ただの一人も残さない。
誰一人生かしては返さない。
私は屋根の上から転移魔術を使い、獣に対して魔術を使って抵抗している人間のすぐ横に転移した。
そして、家から持ってきたクロードの愛用していた剣をその女の脇腹に突き刺す。
「うっ!?」
「なっ! お前っ!」
「あなた!!」
その若い男女は女が魔術を、男が剣を振って何とか襲われない様にと戦っていたが、女が魔術を使えなくなった以上、もう抑えきれない。
「うわぁああ!! 来るな! 来るなぁ!!」
男が半狂乱になりながら剣を振るうが、もはや意味がない。
私は獣に指示をして、男に体当たりをさせると、そのまま男の目の前で女を獣に喰らわせた。
泣き叫ぶ男を見て、ため息を吐きながら次の場所へ向かう。
この二人も、イービルサイド家に襲撃をした実行犯らしい。
なら、お父様とお母様の様に終わらせてやろうと、獣たちに指示を出して、連中がやった事を連中に返すのだった。
それから、何とか均衡を保っている場所を数で踏み潰し。
命乞いをする人間を物言わぬ体に変え。
勇敢にも戦おうとする戦士の腕を獣に喰わせた。
獣たちは魔力に反応し、獲物を見つけ出しては喰らいつく。
それがどれだけ微弱であろうとも、見逃す事はない。
ただの一人たりとも、だ。
嗚呼。
だが、どれだけ血を、恨みを吐き出そうと、この胸の内で燃え上がる憎しみの炎は消えない。
燃え続けている。
どこまでも。
どこまでも!!
この世界の全てを焼き尽くしても足りないくらいの憎しみが、私の中にはあった。
だから……。
「どこへ行くつもりですか? モルガンさん」
「せ、聖女イザベラ様!?」
私はようやく見つけた闇神教の支配者であろう人物の場所へ転移し、声をかける。
彼は酷く驚いた様な顔で私を見ていた。
「ど、どうしてこの場所に」
「あなた方が私に教えて下さったのでしょう? お姉様の血を使って」
「血……?」
「見ましたよ。あなた方が私の家で何をしたのか。全て、ね」
「記憶を読むという事は、闇の魔術! 闇の魔力が覚醒したのですね! であれば分かるでしょう! 闇の神の偉大さが……っ! あぁぁあああ!?」
「少し黙っていただけますか?」
私はモルガンさんの腕を水の魔術で切り裂いて、黙らせる。
しかし、どうやらそれは失敗だった様で、モルガンさんは痛みに叫び続けていた。
お姉様は、叫ぶ事すら許されなかったのに。
私はモルガンさんの口を水の魔術で塞いで、静かにしてから言葉を投げた。
「そう。モルガンさん達の計画通り、私は闇の魔力に目覚めました」
「……!!」
「ですが、そう。あなた方の計画では心が壊れてしまうハズだった私は、今もこうして無事あなたとお話をしています」
「……っ」
「何故でしょうね。私もよく分からないです。お姉様たちが守って下さったのかもしれません。だから……」
私は右手に魔力を集め、モルガンさんの頭に向けて魔術を放とうとした。
「これで全部おしまいです」
「イザベラ!!!」
「イザベラさん!!」
しかし私の攻撃は放たれる直前に腕を弾かれた事で外れ、壁に向かって放たれた。
その一撃で壁は破壊され、その向こう側にあった部屋も崩壊する。
「器用ですね。オリヴィアお姉様」
「……イザベラさん」
私は気絶してしまったモルガンさんをそのままにして、立ち上がりながら私へと視線を送るルークさんとオリヴィアお姉様へ振り返った。
「お二人もこの場所が分かったのですね」
「あぁ。教会を離れた彼らを騎士たちに追跡して貰ったからね」
「なるほど」
私は二人の隙を伺いながら、どうにかモルガンさんを殺す方法を考えていた。
しかし、二人の姿に油断はなく、静かに武器を構えながら私を見据えている。
「どうか見逃しては下さいませんか? これの命を奪えば全て終わりですので」
「それを僕が許すと思うかい?」
「いえ。思いませんよ。ですからお願いをしているのです」
「イザベラさん!」
「なんでしょうか。オリヴィアお姉様」
「どうか。一度時間を置いて、冷静になって下さい。あなたの本当の願いは、聖女に憧れて、歩み続けたあなたの願いは、こんな殺戮をする事ではなかったはずです」
「……そうですね」
「イザベラさん……!」
目を閉じて、思い出すのは初めてオリヴィアお姉様に会った時の事だ。
ボロボロの服で、全身を泥まみれにしながら、雨に濡れたオリヴィアお姉様を引っ張ってフラーお姉様が部屋に飛び込んできた。
聖女というアメリア様の偉大な名を継ぐオリヴィアお姉様に、どんな無礼を行ったフラーお姉様にも、オリヴィアお姉様は怒る事なく、フラーお姉様のお願いを聞いて、私を癒して下さったのだ。
ずっと、毎日苦しくて、ベッドから起き上がれなくて、辛かった私はあの日、オリヴィアお姉様に救われて、そしてフラーお姉様に救われて、この温かさを今苦しんでいる多くの人に届けたいと思った。
ただ、それだけだった。
優しさを知ったのだ。
温かさを教えてもらったのだ。
ぬくもりを与えられたのだ。
だから……。
だから!!
「だからこそ。あの温かさを奪った者が私は許せない」
「イザベラさんっ!」
「人の優しさを踏みにじる者を放置すれば、この世界は再び闇が支配する物となるでしょう!! だから!! 私は許さない。決して!! 穢させない!! 純粋な人の願いを!!」
膨れ上がる闇の魔力をそのまま解き放ち、私はルークさんとオリヴィアお姉様を吹き飛ばした。
そして、荒れ狂う暴風の中、モルガンさんに向けて闇の刃を打ち出す。
正確に。
その命を間違いなく絶てるように。
人を想う優しき光を消さない為に。
「その願いが叶うなら。私は聖女という名を捨てます」
「イザベラさんっ!!!」
そして、私の刃は間違いなくモルガンさんを貫き、全ての復讐は完遂されるのだった。
しかし、私の中に溢れた闇の力は止まらず増え続け、この場所に集まる憎しみも取り込んで大きくなり続ける。
どこまでも。
どこまでも……!
『イザベラちゃん! しっかりして下さい! イザベラちゃん!』
「……お姉様の声? いや、気のせいか」
私は広がる闇に身を任せ、暗闇の中、意識を失うのだった。