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第16話『では、行ってきます』

闇神教の人たちを追い返して、トーマス君とシンシアちゃんの無事を確かめた私は、ようやく一息ついてこれからの事をルークさん達と話し合っていた。


しかし、孤児院にウィルお義兄様が飛び込んできた事で空気は一変する。


「イザベラ!」


「あら。ウィルお義兄様。どうかされましたか? その様に慌てて」


「……すまない」


「え?」


「すまない。イザベラ……!」


「ウィルお義兄様! しっかりして下さい。何を謝っているのですか」


床に膝をつき、頭を抱えながら涙を零すウィルお義兄様に私は何故か酷く嫌な予感がして、椅子から立ち上がった。


胸の奥でドクドクと鼓動が早くなる。


呼吸も何故か落ち着かなかった。


「あ……わ、分かりました。フラーお姉様と喧嘩をしたのでしょう? それで、私に仲直りの手伝いを頼みに来たのですね? ま、まぁお二人にとってはこの世の終わりの様に感じるかもしれませんが、喧嘩というものはどこの家庭でも……」


「フラーが死んだ」


「……は」


え?


何を言っているのか理解できない。


いや、だって。昨日一緒にお話ししたばかりなのに。


そんな、あり得ない。


「じょ、冗談が上手いですね。ウィルお義兄様は。その様な嘘を言っても、私は信じませんよ。だって」


「本当の事だ。イザベラ。昨夜。フラーは殺された」


「嘘です!! そんな事! 私は信じない!!」


「イザベラ……」


「お姉様が殺された!? いったい誰が! どこの誰がその様な事をするというのですか!! フラーお姉様は誰にだって優しくて! 平和そのもので!! 光で!! 私には勿体ないくらいの素晴らしいお姉様なんです……! そんな嘘を言わないで下さい!!」


「……すまない」


私は感情のままに叫び、ウィルお義兄様を責めたが、ウィルお義兄様は謝るばかりで嘘だと言ってくれなかった。


それが。


それがまるで! お姉様が亡くなった事を本当の事だと言っているかのようで。


私は頭がおかしくなる様な感覚で足をふらつかせた。


「落ち着けイザベラ。冷静になれ」


「……ルークさん」


「すまない。グリセリア殿。今のイザベラにその話を受け止める余裕はない。また後日に頼めるか?」


「あ、あぁ。そうだな。すまない。私も大分動揺していた様だ。まずは落ち着いてから」


「っ!!」


私は、私の感情を無視して進んでゆく話に苛立ちを覚えてルークさんを振り払ってから転移魔術を使った。


向かう先は当然イービルサイド家だ。


「待ちなさい!! イザベラ!!」


オリヴィアお姉様の声も振り切って、私はやや乱暴な転移でイービルサイド家の庭に転げながら落ちると、何とか立ち上がって家に向かって歩き出した。


家は綺麗だ。


昔から何も変わらず、派手過ぎず、地味過ぎず、静かなままそこに存在している。


「……そうだ。お父様とお母様なら真実を知っているはず」


私はまずお父様とお母様に会おうと、家の中に入った。


だが、そこに広がっていたのはこの世の終わりの様な光景であった。


壁や床には多くの血が飛び散っており、玄関近くには騎士が一人倒れていた。


「……クロード」


朗らかな青年騎士であるクロードは、私が帰ってくるといつだって笑顔で迎えてくれたというのに、今のクロードは怖い顔をしたまま宙を睨んでいる。


その瞳はもう何の色も浮かんでおらず、ただ虚無が広がるばかりであった。


「お父様、お母様……お姉様」


私はクロードの目を閉じて、せめて傷だけでもと体を癒すと、クロードの両手を握り合わせた。


そして、クロードの近くで扉に寄りかかる様にして倒れているナンシーに駆け寄って、その体に触れる。


だが、ナンシーの体は痛めつけられ、直視する事が難しい状態だった。


「……ナンシー。ごめんなさい。ごめんなさい」


ナンシーは年の離れた妹が居るのだと。


今度の給料で、妹にプレゼントを買ってゆくのだと言っていた。


私はナンシーの体も癒してから部屋の中に入った。


ここは客間なのだが、入った瞬間倒れそうになってしまい、何とか壁に体を支えてもらう。


「お、おか……あさま」


一目で生きている訳がないと分かる状態。


テーブルの上に寝かされたお母様は、どれほどの苦痛を味わったのか目を見開き、涙と血を流している。


あぁ。


あぁ……!


お母様がいったい何をしたというのか。


何故? どうして?


癒しても、元通りになど戻らない体をそれでも癒し。私はせめてお母様が悲しくない様にとカーテンを引きちぎってお母様の体に掛けるのだった。


それから、廊下で、様々な部屋で変わり果てた姿になってしまった人たちを見つけ、癒し、苦しさに息を吐き出す。


ここは、世界の終わりだ。


心の中で、ジワリジワリと何かが広がって行く。


昨日の比ではない。


まるで私を食らい尽くす様な何かが、確実に私を蝕んでいた。


「……お父様」


そして、一階の一番奥にあるお父様の書斎で、私はお父様を見つけた。


いや、本当にお父様だったのかどうか。それは分からない。


ただ、お父様がよく着ていた服と、いつも大事にしていたお母様とおそろいの指輪を付けた手は見つかったから、きっとここに居たのはお父様なのだろう。


今ここにあるのが、赤い跡と、獣が暴れまわった様な跡が残るばかりだが、それでも分かる。


ここにお父様は居たのだ。


ここで……殺されたのだ。


あぁ。


胸の奥で、何かがトクンと跳ねた。


頭の奥で、何かが私に囁く。


しかし、私はそれらを全て無視して二階に上がっていった。


そこに最悪の絶望が広がっているとも知らずに。




「……」


私はそれほど荒れていない二階に来て、お姉様の部屋の前で立ち尽くしていた。


何度も、何度も来た事のあるこの場所は、私にとってこの家で一番思い出深い場所だ。


幼かった頃の私は、一人で眠っている時、窓の外の暗闇が怖くて、何度もぬいぐるみを抱きしめながらフラーお姉様の部屋に来ていた。


まだ小さな手で必死にノックをすると、お姉様が扉を開けて、驚いた様な顔で私の名前を呼んだのだ。


『どうしたの? イザベラちゃん』


『あのね。あのね。おねえさま。おそとから、こわいおとがするの』


『あぁ。今日は風が強いですからね。じゃあ一緒に寝ましょうか』


『うん!』


病気で苦しい時でも、私はお姉様の傍に居たがって、よくお父様とお母様を困らせていた。


それでもお姉様はいつだって私を柔らかく抱きしめてくれて、安心させてくれたのだ。


「お姉様。入りますね」


私は軽くノックをして、少し間を開けてから中に入った。


そこにあったのは、廊下とは違い、酷く荒らされた室内と……ベッドの上で眠るお姉様だった。


恐らくはウィルお義兄様が既に入ってお姉様を清めて下さったのだろう。


ウィルお義兄様だって辛かったろうに、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


「お姉様……」


しかし癒しの魔術を持たないウィルお義兄様では多くの事が出来ない。


顔の周りは綺麗になっていたが、体の方は酷い物だった。


辱められたのだろう。


痛めつけられたのだろう。


弄ばれたのだろう。


あぁ。


あぁ……。


私はお姉様を抱きしめながら涙を流した。


抱きしめたお姉様からは以前の様な温かさや柔らかさは感じず、冷たく固い。


まるで凍り付いている様だ。


「お姉様」


誰だ。


いったい誰がこの様な事をした……!


胸の奥から燃え上がる感情は、黒い炎となって燃え上がる。


全てを焼き尽くしてやると、私の中で何かが吠えた。


それはおそらく私自身であったのだろう。


怒りと、絶望と、憎しみが生み出した私自身だ。


そして私はその怒りを向ける先を見つけてしまう。


壁にお姉様の血で刻まれた文字を見つけてしまったのだ。


「……闇の世界よ、来たれ」


口の端から血が溢れてくる程に唇を噛み締めて、その憎しみを瞳に映した。


「闇神教……!」


その名を口にした瞬間、私の中から黒い何かが溢れ出し、部屋を覆い尽くした。


それはオリヴィアお姉様と同じ闇の魔力で、オリヴィアお姉様とは違う、世界に対する憎しみに染まった物だった。


そして、闇の魔力は私の願いを受けてこの部屋で、この家で行われた惨劇の記憶を私に見せる。


「どうやら、間違いは無いようですね」


私はフラーお姉様の体を癒し、少しでも綺麗なベッドの上にフラーお姉様を寝かせる。


そしてその頬を撫でながら最期の別れをした。


「フラーお姉様。申し訳ございません。私のせいでフラーお姉様を巻き込んでしまいました」


「本当は今すぐこの命でお詫びをしたいくらいなのですが、もう少しだけ待っていて下さい」


「全てを終わらせてから……私もそちらへ行きます」


私はフラーお姉様に言葉を掛けてベッドから立ち上がった。


そして部屋から出ていこうとしたのだが、不意にフラーお姉様の声が耳に届く。


『イザベラちゃん! 悪い子は神様の世界に行けないよ! 怖い場所に行く事になっちゃうよ!』


それは、まるでこの場所に残るお姉様の意志が私に語り掛けている様であった。


夢か幻か。


分からないが、お姉様にまだ名前を呼んでもらえる事は、少し嬉しかった。


「それは……残念です」


『イザベラちゃん!!』


「では、行ってきます」


私はお姉様の部屋の扉を閉じて、その扉に寄りかかり、天を仰いだ。


そして闇の魔術によって知った闇神教の本拠地へと転移する。


「……皆殺しだ」


私自身を覆い尽くすほどの殺意を持って。

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